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これからはキレず

 ランとクロの溌溂とした声が響き渡る。宿屋は前よりもずっと繁盛していた。


「クロ! ちょっとこっち来てー!」

「はーい!」


 心の底から楽しそうな、年相応の声。

 肩の荷が下りたのだろう。ランは前より笑うようになった。


「おーい、注文!」

「わかりました!」


 二人に負担をかけすぎないように、俺もここで働かせてもらっている。一応ランには「そんなことをしなくてもこんな場所でよければ好きに使ってください」と言われたが俺だけ何もしないというのは少し悪い気がした。

 あの日以来、この村に兵士が来たことはない。一応俺が殴り飛ばした奴はギリギリ生きてたみたいだが、ファシネウスとかいう貴族の姿はまだ見つかっていないらしい。

 アイツが吹っ飛んだ方向は最初にクロが襲われていたあの方角らしいから、今頃ゴブリンにでも襲われているのかもしれない。

 もしくは、俺の蹴りで即死したか。

 少なくとも、アイツの姿を必死に探す兵士はどこにもいなかった。


「失礼。私の方にもいいかな」


 ちょうど注文を聞き終えて厨房に向かおうとしたところを、太い腕に遮られる。


「何度言われても、この店に決闘なんてメニューはないぞ」


 低い声と筋肉の鎧をまとった大きな体。肌にはいくつもの傷が走っている。

 騎士アモン。主を失い、鎧を脱いだヤツの姿は俺が思っているよりもずいぶんと若かった。見た目20行ってるか行ってないかぐらいだ。


「フ、今すぐ貴公に勝てるとは思っていない。ただ修行の相手をして欲しいと言っている」

「それも無理だ。あんたの期待に答えられるとは思えない」

「そうか……。では今は、私も回復に専念するとしよう」


 どうやら本当に料理を注文したかったらしく、俺は慌ててメモを取った。

 傷の回復と国に帰る準備のため、兵士たちは別の大きな宿屋の方に泊まっているらしい。

 悪いことをした、なんて決して思っていないが、傷をつけたのは俺だ。申し訳ない気持ちが多少ないわけではない。

 アモンはそんなこと、気にも留めていないみたいだが。


「そういえば、貴公に言伝があったのだ」

「ん? なんだ?」

「アスカという娘がお前を呼んでいる。あの岩のところで待つ、らしいぞ」

「そうか」

「今さっき、ここのすぐそばでの事だ。急いだほうがいいやもしれん」


 なんか、あまりいい予感はしないな。足が進まない。

 だが急ぎの用事なら片付けておいた方がいいだろう。


「あいよ」


 早々に会話を切り上げて、ランに一言入れてから店を出た。俺がいなくても一応店は回るだろう。

 日は頂点を過ぎ、沈む方向へと傾き始めている。

 村の中央へと歩く道の途中、ちょうど座りやすい岩の片方に、アスカは腰かけていた。


「早いナ。仕事切り上げてきてくれたのカ」

「お前が急いでいた風だったからな。一応、恩もある」

「恩? 私がお前にレベルやスキルを教えなくても、お前はあの人間たちを殺していタ。違うカ?」

「……殺してねぇよ。アイツ以外生きてる」

「生きているのは相手が実戦用の鎧を着ていた結果ダ。そしてそれも、かろうじて生きている程度」


 鋭く笑いながら、アスカは俺の顔を覗き込む。


「お前は手加減しなかっタ。敵が生きようが死のうが関係なイ。圧倒的な力を刻み込まれた人間はもう二度と戦場に立てないだろウ。それは、殺したのと何が違うんダ?」

「生きていれば……生きていけるだろ」

「それに価値があると思ってるのカ?」


 いや、全く。その生き方に意味がないのは誰よりもよく知っている。

 だからそれを問いかけるアスカもきっと、俺と同じ穴のムジナなんだろう。


「お前と話すのは、正直楽しくない」

「そうカ。残念だナ。ではこの提案も断られるカ」


 言葉に引っ掛かりがあって、俺は顔を上げてアスカを見た。まっすぐと見つめられる。

 のぞき込んだり見下ろしてきたりではない、対等な目線で。


「私と一緒に来ないカ。私にはお前の力が必要ダ」

「俺の力がいるって、なにかしでかすつもりか?」

「その話はまだできなイ。お前が約束してくれなければナ」


 どこまでも一直線の目。真摯さとか、純粋さとかそういうのではない。強く深く濁った意志そのものの瞳。

 自分の意志で自分の運命を切り開くという、絶対の決意。

 それはきっと俺が目指していて、そしてついに手に入れられなかったものだろう。


「早く答えロ」


 迷う意味などない、と言わんばかりに急かされる。

 だから俺は何も考えずに、ただ口から零れ落ちる言葉に任せた。


「それはできない」

「断言すル。私の提案に乗らなければ、お前はずっとこの村で生きていくことになル」

「それでも、いい」

「……私は、お前が別の世界から来たと信じるゾ」


 信じる、なんて言葉とはまったく真逆の攻撃性。

 つまり、お前は第二の人生もそうやって生きるのか? と。

 そう言われているんだ。


「いい。ただ幸せならそれでいい」

「そうカ。お前がそう言うなら、私は止めなイ。悪かったナ」


 バサッ!! と、激しい衣擦れのような音がする。

 いつの間にか地面に落ちていた顔を上げると、アスカが未だにジッと俺の顔を見つめていた。

 その背中からは、大きな翼が生えている。


「お幸せ二」


 その翼を一度羽ばたかせただけでアスカの体はどこかへと消えた。

 初めから何もなかったかのように、俺の目の前にはただ岩の影だけがある。


「幸せが、俺が一番欲しかったものなんだ」


 赤く焼けていく空を見上げて呟く。

 俺は幸せに生きる。この世界で。

 やっと俺は、それを掴んだんだ。

多少強引ですが終わります

ありがとうございました

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