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兵士にキレる

 遠くから兵士が歩いてくるのが見えてくる。やたらと大きな馬車を引き、その後ろに村人を連れながら。

 俺たちは空れを出迎えるように、宿の入り口の前で待つ。


「ほら、お姉ちゃん。笑顔だよ」

「そうね」


 顔のこわばりが抜けないランの手をクロがつかんで、それでようやくランは笑みを取り戻した。

 やれるだけのことはやった。文句は言われないはずだ。

 兵士の列が俺たちの前で止まる。その後ろにある馬車が開き、中からブクブクと太った男が顔を出した。

 こいつが例の貴族だろう。ジッと目を細め、舐めまわすように宿を見る。


「なんだこのボロ小屋は?」


 それが奴の第一声だった。馬車の上から俺たちを見下しながら。

 えっ、と小さくクロが声を出す。ランの顔がどんどん青ざめていく。

 兵士たちの後ろに続いていた村人たちが、ざわざわとどよめきだした。


「こ、これは……」

「黙れ! 平民がファシネウス様と直接口を利けると思うな! 頭が高いぞ!」


 とっさに説明しようとしたクロに向かって先頭の兵士が剣を抜く。向けられる切っ先に、クロは上ずった声を上げた。

 おいおい。貴族様は馬車だってのに、まだ俺たちの頭が高いってか?

 頭の中だけで悪態をつく。最初にランが膝をついて、俺とクロもそれに続いた。

 ぬかるんだ土の感触が気持ち悪い。


「言いたいことがあるなら私に言え」


 兵士が順に俺たちの頭を指し、言い放つ。考えていた中で最悪の状況だ。

 やれるだけのことはやったはずだ。まさかランを止めなければよかったなんて言うのか?

 冗談がキツい。たとえランが体を売ったとしても、奴らがそのつもりなら結果は変わらない。

 そう、初めから全部、主導権は向こうなんだ。


「ここはボロ小屋ではありません。先代から続く宿です」

「何? 聞こえんぞ」

「ここはボロ小屋ではありません!」


 ランが吠える。地面についた両手は土を固く握りしめていた。


「貴様、顔を上げろ。目を見て物を言わんか」


 頭を下げろと言ったのはそっちなのに、今度はこちらを見上げろと要求する。

 そこまで俺たちを惨めに扱いたいか。そんなに優越感が欲しいのか。

 キッと顔を上げたランの目を見て、兵士は表情を醜く歪めた。


「なんだその生意気な顔は!」

「ここはボロ小屋ではありません! 私たちの大切な居場所です! 訂正してください!」

「貴様、無礼な!」


 兵士は一歩ランに近づき、剣を持っていない手を振り上げる。

 クロが目をつぶった。


「やめろ。騒がしいぞ」

「はっ」


 その手が降ろされようとした瞬間、貴族が止める。兵士は敬礼のポーズをとり、一歩下がった。

 貴族の目がランに向けられる。


「娘。ボロ小屋と言った非礼は詫びよう。しかしこれは、どうにかならんか」

「どうにかというのは、どういう意味でしょうか」


 オウム返しをするランに、貴族は手に持った棒でトントンと自分の頭を叩く。

 それはまるで、馬鹿にでもわかる説明を考えてます、とでもいうようだ。


「まず場所が悪い。ここは鉱山の近くではないか。余はここに更に大きな宿舎を作り、鉱山夫たちを住まわせようと考えている。この場所はそれの邪魔になるであろう」

「は、はい」


 ランの返事は鈍い。

 当たり前だ。そんなの全部こいつの都合じゃないか。


「あとは見た目だ。先代から続いているというが、老朽化が酷い。見てられん。余は美しくないものが嫌いだ」

「それは申し訳ありません。ですがこれでも精一杯やったつもりです。どうか……」


 そう言って、ランは頭を下げた。慌てて俺とクロも頭を下げる。

 こんな奴に下げる必要はないのに。なんで、どうしてこうなった?

 同じ疑問が頭をめぐる。


「ふーむ。仕方あるまい。余から一つ提案がある」

「なんでしょうか」

「ここに宿屋を建て直すが、その持ち主をお前たちに預けよう。好きに名乗るがいい。金は私の方から払う。悪くない金額を約束するぞ」


 ああコイツ、何もわかってないんだな。

 結局自分の要求を押し付けていることに変わりはない。ランの話を聞いていたら、どこが重要か少しでもわかるはずなのに。


「ファシネウス様! しかしそれでは」

「良い。余は民に不満を感じてほしくはない。いずれ()()()()と戦う為に、民の協力は必要不可欠だからな」


 なんだ? 今なんて言った? 山の向こうと戦うだって?

 乾いた笑いが出る。ここに軍隊を連れてきたのも、今までの疑問のすべてに納得がいった。

 初めからコイツはこの宿屋の場所を自由に使うつもりだったんだ。戦争のために。

 ここには鉱山があり、きっと武器や鎧に使うための素材がさぞ沢山出るんだろう。そのためにここに宿舎を作り、鉱山夫を住み込みで働かせて効率を上げる。

 最近大きな宿屋を作ったのはいずれ兵士を泊まらせるためだ。ここで武器や鎧を整え、そのまま山を越えて戦争に行く。

 ここに兵士を連れてきたのはその下見。そして村人を黙らせるための圧力。


 初めから何をどうやっても、意味がなかったんだ。向こうがそのつもりなのだから。

 山の向こうと戦争したとして、この村はどうなる? 最前線だぞ? 攻め返されたら?

 そんな都合も、こいつらは一切考えてないのだろう。いざとなれば撤退すればいいだけなんだから。


「なんと寛大なるお言葉! 早く答えろ! 娘!」

「……お断りします」

「何? 今よりも多くの金と良い生活を送れるのだぞ!?」

「お断りします! ここは何よりも大切な父の形見! 壊すなんて、私は嫌です!」


 ランは気高く立ち上がり、兵士に向かって言い放った。クロがこくこくと、何度も首を上下に動かす。

 貴族が長く重いため息をつく。


「おい」

「はっ!」


 不機嫌さに満ちた声を合図に、先頭の兵士が片手を上げた。

 俺たちの周りを兵士が取り囲み、手足を掴んで地面に押さえつけてくる。


「きゃあ!」

「やめてください!」

「大人しくしろ!」


 動きを封じられた俺たちに、貴族の冷たい一言が降り注いだ。


「燃やせ」

お待たせしました

次回キレます

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