馬鹿にキレる
悪い癖だ。
思ってることのすべては伝えられず、どこかにわだかまりがある。疑問や不安を抱えたまま忘れようとして、しかし決してそのままにできずに中途半端に動いてしまう。
だからこうして夜も眠らずに、部屋の窓から夜空を見上げていた。
静かに扉を閉める音。顔を落とせば小さな明かりを持って宿から出ていく人影がある。
「やっぱりな」
俺はすぐに部屋を出て、とぼとぼと歩き出す影を呼び止めた。
「どこに行くんだ」
「……あなたには関係ない」
「関係ある。俺に話を聞かせたのはお前だろ、ラン」
口調を変えたのは俺を惑わすためだろうか。俺の言葉に影は振り向いて、明かりでその姿を晒す。
大人の憂いを帯びた表情。体を包む長いローブ。俺の予想はあっていたらしい。
「どこに何しに行くんだよ。今は寝る時間だ」
「話し合いに行くだけです」
「こんな夜中にそんな恰好でか? 俺はそういうのを話し合いとは言わないと思うぜ」
体のつくりをすっぽりと覆い隠すようなローブは、その下に着ているものをうまく隠している。だからこそ、ろくでもない事を考えてるんだろうなとわかった。
俺の言葉にランは眉を吊り上げた。
「何度でも言います! あなたは関係ない!」
「……じゃあ聞くけど、クロも関係ないのか」
「っ! あなたに何がわかるんですか!」
悲痛な叫びが夜に溶ける。ランはきっと初めから自分だけで話をつけるつもりだったんだろう。
だから俺たちに宿の掃除という役割を与え、達成感と疲労感を与えて、眠らせた。
問題に直面した時、人は何かをしなければと思うから。逆に言えば、何かをしたならきっと上手くいくと信じ込む。
その感情はよく知っている。
「あなたに何ができるんですか!」
「それは、まだわからない。何があったのかちゃんと教えてくれ」
俺の言葉に、ランはぽろぽろと泣き出し始めた。
「クロやタモヒサさんに言った話はウソではありません。全部本当です。ただ……」
「ただ?」
「村の代表として貴族の方とやり取りをしていた神父様が言うには、ファシネウス様はとてもキレイ好きだと聞きました。今晩も新しい宿の方に泊まられています。もしかすれば古くて小さなここは不必要だと判断されるかもしれないと、おっしゃっていました」
「それはもしかしたらって話じゃないのか」
「わかりません。今回の話もあまりに急なことです。軍を連れているのも道中の護衛か、何か考えがあってのことか。私は、ここが無くなる可能性が少しでもあるのが、怖くて」
涙を必死にこらえてランは言葉を紡ぎだす。思わず肩に手を添えると、それが小刻みに震えているのだとわかった。
「大切なんです」
言葉が、俺の胸にも突き刺さる。
「ここは父から受け継いだ大切な場所なんです。失うことは考えられません」
「親父さんたちは、なんで居ないんだ」
「少しの間村を出るといってからそれっきりです。すぐ帰るという言葉を信じて待っていましたが、もうそれも諦めました」
クロが極端に嘘を嫌っていたのはそういう理由があったのか。
次第にすすり泣く声が漏れ始めて、ランの体から力が抜けていく。
「私たちはこれ以上どうしたらいいんですか? この場所がなくなったら、私たちはどうすればいいんですか? 誰かが私たちを助けてくれるんですか?」
「ただランが心配しすぎているだけだ。そのなんとかって貴族だってここを潰したりなんてしない。いざそうなってもきっと村のみんなが助けてくれる。大丈夫だ。きっと上手くいく」
「本当に、そうでしょうか。神様は本当に、私たちを見ていてくださってるんでしょうか」
俺の慣れない励ましより、涙交じりの絶望の方がよっぽど確かに聞こえた。
「大丈夫だ。神様だって、きっと居る」
どこまでも最悪の予感がちらつく。根拠のない肯定。決して本心などではない。だけどここで止めなければ、今のランは何をするかわからない。
こういうときに自暴自棄になるのは、俺は誰よりも知っている。
だから彼女の望む、彼女の最も嫌いな嘘をつく。
ただ裏切られた時の痛みが大きくなるだけなのに。
「そう、です、か」
最後の方は涙でぐしゃぐしゃになって聞き取れなかった。泣き崩れるランのそばで、その背中に手を添えることしかできない。
やがて、ランは泣き疲れて眠ってしまった。ずっと気を張っていたんだろう。無理はない。
「大丈夫だ。上手くいくんだ」
もう聞こえないとわかっていながら、俺はつぶやいた。
そうでなくては救われない。そうでなくてはおかしいんだ。
ランをおぶって、宿の中に戻る。
夜明けが近い。日の光が運ぶのは絶望なのだろうか。希望なのだろうか。
ポイント、ブクマありがとう御座います
めちゃくちゃ嬉しいぜ




