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ユメカガミ  作者: クロウ
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第一話『ユメ』②

 今ではグループの頭脳となった親友、カズキとの最初の出会いは、本当に大したことのない日常の一幕でのことだった。

 小学三年生の頃。学校の体育の授業での出来事だった。

 マコトは、端的に言って運動音痴だ。体育の授業では脇役であり、運動神経の良い主役たちの華々しい活躍を陰で眺めるだけの存在だった。

 その日もいつも通り、体育館の隅で体育座りしてバレーボールに興じるクラスメートたちをぼんやりと眺めていた。


「ふあー、疲れた疲れたー」


 そこにやってきたのはユウナだ。彼女も決して運動神経の良い方ではなかったが、下手なプレイも笑ってくれる友人が多いので楽しく運動しているようだ。


「今日も見学? せっかく楽しいのに、もったいないなー」

「うるさいな。僕みたいなやつが下手なプレイを晒しても白けるだけだろ」


 人気者とそうでない者の不毛なやり取りをしつつ、ユウナも隣に座ってくる。一人でいるマコトを見ると、なんだかんだ言いつつユウナが様子を見にくる。それは、幼馴染ゆえの優しさだろうか。

 嫌がりつつも満更には思っていない。恥ずかしいので絶対に口に出しはしないが、多少は感謝している。マコトはそういうタイプの捻くれ者だった。


「……あ、見てよマコト」

「ん?」


 ふと、ユウナが小さくを指をさす。

 その先には、どうやら一人の男子がいるようだった。


「あいつがどうかしたか?」

「いや、なんかマコトと似てるなって思ってー」


 ちょうど体育館の向かい側。

 坊っちゃん刈りで、メガネをかけた「いかにも」な少年が、マコトと同じような体育座りをしている。


「おんなじだねー」


 同じ。確かにそうだ。あのつまらなさそうな表情といい、居心地の悪そうな空気感も、まったく同じ。

 ただし、彼の隣にはユウナがいない。それが唯一の違いだった。


「ねえねえマコト、話しかけに行ってみたらー?」

「……え? 僕が? なんで」

「だって、寂しそうだしー」

「……」


 寂しそうだから。

 一人ぽつんと佇むあの少年の姿に、自分が重なる。

 もしも自分にユウナがいなければ、あそこに座っているのは自分だったかもしれない。そう思うと、少しだけ放っておけない気がしたから。


「まあ、ユウナがそう言うなら……」


 マコトは、ユウナの言葉を心の言い訳として、重い腰を上げた。どう話を切り出すか数秒迷って、「まあなんでもいいか」と開き直り、俯きがちな少年に話しかける。

 それはマコトにとっては何気ない、しかしカズキにとっては一生忘れられない一言。


「……なあ、君も運動苦手なクチか?」

「え……?」


 それが二人の出会い。何ら特別なことはない。しかし、その些細な出来事がその後一生の友人を生む。

 そういうことだって、あるかもしれない。


☆★☆


 いよいよ夏休みが始まった。

 校庭には運動部が駆け回り、遠くからかすかに聞こえてくる吹奏楽部の青春の音がセミとハーモニーを奏で、夏を演出する。

 そんなキラキラとした青春とは正反対に、埃っぽい空き教室に集まった四人の男女は、難しい顔を突き合わせてうんうんと唸っていた。


「なるほど、それでユウナが生きてるかもしれないってわけね」


 口元に手を当て、男衆による先日の成果について思考を巡らせるアスカ。

 ユウナが生きているかもしれないという彼等の結論は一つの希望ではあるが、あまりにも都合が良すぎて嘘っぽくも聞こえる。アスカからすれば、半信半疑であった。


「たしかに、ユウナ以外神隠しに遭った記録が残ってないのは少し腑に落ちないわね。というか、おかしいわ」

「やっぱりそう思うよね。意図的に隠されている……ってのは、ボクの考えすぎかもしれないけど」


 カズキがそう思うのも無理からぬことだった。それだけ、ユメカガミに関しては何が正しいのか判断がつかないのだ。


「なあ、結局ユメカガミってなんなんだよ。俺にゃ全然分かんねぇよ」


 難しいことが苦手なコウスケは早々に理解を放棄したようで、机に突っ伏して文句を言う。


「それに、今後はどうすんだ? このまま一生資料館で調べてても拉致があかねえぞ」


 そんな文句ばかりと思われたコウスケの発言は、意外にも現状を正確に捉えていた。結局のところ、ユウナにたどり着くための方法は分かっていないのだ。資料館で調べられることは粗方調べてしまったし、新しくどこに手をつけるかは、一つの課題と言えた。


「……なあ、一度行ってみるべきじゃないか?」


 思考の行き詰まったマコトは、恐る恐る打開策を切り出した。

 行ってみるべきではないか。それはつまり、鈴鳴神社――そこに祀られているというユメカガミを直接見に行こうという提案だ。しかし……


「あんた、それ本気で言ってる?」

「や、やめといたほうがいいんじゃ……」


 この村では、ユメカガミの祀られる鈴鳴神社には近づかないのが常識とされている。伝えられ方は家庭によって異なるものの、皆小さい頃から親にそう教えられてきた。物心つく前からそうだから、誰も疑問に思わずに従ってきた。


「分からないけど……でも、行かないと何も始まらないと思うんだ」


 マコトとしては、何か行動していないと落ち着かないというのも本音だった。

 見たものしか信じないタイプの彼は、鈴鳴神社やユメカガミに関する話も懐疑的だ。だからこそ「鈴鳴神社に近づくな」という大人の警鐘もあまり信用していない。さすがに一人で近づくようなことはしていないが……。


「俺ぁ賛成だぜ。ここでああだこうだ言ってるよりよっぽどいい。いつかは行かないといけねえわけだし、それならさっさと行ったほうが話が早いだろ」

「………………まあ、それは一理あるわね」

「え、ええ!? アスカまで……」


 皆の視線を集めたカズキは、あわあわと口を動かしている。

 カズキが鈴鳴神社を怖がるのは、彼の気質として弱気なタイプというのもあるが、それ以上に家柄が大きな要因だった。

 カズキは、この村では比較的由緒ある家に生まれた少年だ。木造平家建ての三世帯住宅で、祖母に可愛がられて育ってきたのが彼という人間だった。

 祖母はこの村の歴史に詳しい人物で、鈴鳴神社に関する伝承も祖母伝いに教わった。生粋のおばあちゃんっ子である彼は当然その影響を受け、過度にユメカガミを恐れている──そういう部分は少なからずあるだろう。

 ……とはいえ、話の流れに逆らえるほどの自分を持てる彼でもなく。


「どうなっても知らないよ……」


「はぁ……」と一際大きなため息をつくのだった。


☆★☆


 アスカの部活が終わるのを待ち、夕方。ひぐらしの輪唱を背に、四人は畦道を歩いていた。

 鈴鳴神社は村の外れにある。近づけば近づくほど、ただでさえ少ない人気がなくなっていく。


「ちょっと、これ本当に道合ってるの……?」


 畦道から森に入り、獣道のような細い道を進んでいく。

 人が通った形跡が全くなく、歩きにくいことこの上ない。村の人間は誰も近づかないのだから当然といえば当然か。アスカが文句を言うのも当然の悪路であった。


「こんな場所なんて聞いてないわよ、あたし……っ」

「あー、そういえばアスカは怖いの苦手なタイプだっけか」

「っさいわね! 無理なものは無理なの!」


 思わず突っ込んだマコトに対して泣きそうな声で返したものの、あまりに自信なさげで迫力は皆無だ。特に何があるわけでもないのにしきりに辺りを見回したり、腰が引けたりしているところを見るに、こういう雰囲気が本当に苦手なのだろう。


「や、やっぱりやめておいたほうがよかったんじゃ……」

「今更何弱音吐いてんだ、カズキ。せめて一つでも手がかりを掴む、だろ?」

「そうだけどさぁ……」


 そんなアスカに影響されてか、カズキも未だに及び腰だ。全く意に介さず進むコウスケの背後に隠れるようにして歩いている。

 学校からは徒歩で十分程度。距離自体は大したものではないが、何より歩きにくさと不気味さが体感時間を長く感じさせる。

 とはいえ、歩いていればいつかは辿り着く。


「見えた……」


 木々をかき分けた先。薄暗い森の中に、その神社はぽつりと佇んでいた。

 こぢんまりとした拝殿が、森の中にポッカリと空いた空間に収まっている。一体何年前の建物なのか、建物は苔むしていてボロボロだ。参道の石畳もずいぶん緑に侵食されており、古臭さを一層加速させた。

 

「こ、ここにあの鏡があるのよね……」


 皆が見据える先。拝殿には、階段を数段登った先に両開きの戸がある。ユメカガミがあるとするならば、まず間違いなくそこだろう。


「……」


 顔を見合わせる四人。その沈黙が「誰があそこを開けるんだ」という意図を秘めているのは明らかで、当然誰も行きたがっていないことも容易に察せられた。


「……言い出しっぺだからな」


 その沈黙を破ったのはマコトだった。

 そもそも、ここに来ようと言い出したのはマコトだ。責任を持つという意味も込めて、彼はその役に自ら立候補したのだ。


「……」


 誰かが生唾を一つ飲んだ。

 マコトが拝殿に近づくたびに、緊張感が高まっていく。触れてはいけない禁忌に触れるような感覚。例えるならば、立ち入り禁止のテープを越えて進むような、妙な居心地の悪さ。


「開けるぞ」


 マコトは戸に手をかける。

 ギギギ、とまるで悲鳴のような音で軋む。そして、その奥には──


「これが……ユメカガミか」


 本当にあった。それが最初の感想だった。実は鏡そのものも存在しないんじゃないかと心のどこかで思っていたマコトだったが、その予想は裏切られることとなった。

 鏡自体は、大人の背丈ほどもある円形のものだ。この寂れた拝殿に置かれていながら、その鏡面にはただの一つも曇りがない。まるで見えない結界に守られているかのようで、気味が悪い。

 ユメカガミ。

 伝承でしか知らなかったその鏡は近寄りがたい雰囲気に包まれており、マコトは思わず後退りした。しかし──


「だけどこれ、普通の鏡だよな……?」


 コウスケの言う通りだった。

 鏡はたしかに只者ではない雰囲気を纏っていたが、言ってしまえばそれだけだ。

 神隠しなどという都市伝説のような出来事が起きる気配もなく、その鏡はただ沈黙を保っている。

 恐る恐る拝殿の中を覗き込む一同。

 曇りなき鏡面に映るのは四人の童。己を見つめる己。もう一人の自分。

 鏡一枚越しに、現実と反転したもう一つの世界がそこにあるかのようだった。


「……」


 マコトは、意を決して拝殿の中へ足を踏み出した。


「ち、ちょっと! 大丈夫なの?」

「分からない。けど、ここまで来て収穫ゼロのまま帰るわけにはいかないだろ」


 アスカの静止をよそに、マコトはユメカガミへと近づく。土足で立ち入るのは無作法のように思われたが、靴を脱ぐにはあまりに薄汚れていた。一歩踏み出すごとにギシィ、と床板が軋み埃が舞う。

 思わずマコトは口元を覆いつつ、鏡の前に立った。


「ユメカガミ……」


 見上げるほどの大きな鏡が、なぜこんな場所に遺されているのか。本当にこの鏡がユウナを連れ去ったのか。

 その鏡を前にすると、マコトの胸の内からはいくつもの言葉が溢れてきた。


「もし本当に彼女を奪ったのなら、いますぐ返してくれないか。彼女は……ユウナは、僕らの大切な、仲間なんだ」


 そう独りごちた、ちょうどその時だった。


 りん、と。

 この場にそぐわない、涼やかな音がどこからか響き渡った。

 方位も距離も定かではない──脳みその中で直接鳴らしたような、美しくも不気味な音。


「なあ、いま変な音聞こえたよな……?」

「う、うん。この音は……鈴?」

「ええ、鈴の音に聞こえたわ。誰か、何か鳴らした?」

「いや、俺は何も触ってねえぞ!」


 どうやら、この音が聞こえたのはマコトだけではないようだ。

 りん。りん。

 しかも、その音が鳴り響いたのは一度ではなかった。断続的に、しかも少しずつ強くなりながら音は続いている。

 マコトはその不思議な音を聞きながら、一人ひっかかりを覚えていた。

 この鈴の音、どこかで聞いたことがある。

 どこで聞いたかは全く思い出せないが、なぜか耳に馴染みがある。

 鈴鳴神社に来るのは初めてだ。少なくとも自分の記憶の中にはこの場所に関する思い出はない。そのはずなのに……。

 そうして思考を巡らせていたマコトに、次なる謎が襲い掛かった。


「ぁ、ぐ……っ、頭が……」


 唐突だった。

 強くなる鈴の音色に合わせるように、締め付けるような痛みが脳を支配する。

 視界が揺れる。平衡感覚が失われる。マコトは思わずその場にうずくまった。


「みんな……っ」


 振り返れば、皆も同じようにこめかみを押さえてその場に膝をついていた。

 りん。りん。りん。

 鈴の音の穏やかさに反して、頭痛は酷くなる一方だ。

 まずい。何かよくないことが始まろうとしている。このままここにいてはいけない――理由のない恐怖が皆の脳内を駆け巡っていった。


「は、離れろ……みんな……っ」


 マコトは力を振り絞って声を上げた。

 まさか、これもユメカガミが引き起こす超常現象なのか? これが神隠しの前兆なのか?

 やはりここに来るべきではなかったのか。本心では信じたくはないが、天罰が下ってしまったのか。そしてやはり、ユメカガミに関わるべきではなかったのか──取り留めのない疑念や後悔が思考をかき乱す。そして歪む視界の中、マコトが再び鏡に視線を戻したときだった。


「――――、は?」


 マコトは、さらなる異常に気がついた。

 鏡の中に、誰かいる。

 誰かとは、マコトでもカズキでもコウスケでもアスカでもない。この場にいる誰も、そのシルエットに当てはまらない。うずくまる彼らとは正反対に、そのシルエットはただ真っ直ぐ、そこに立ち尽くしていたのだから。


「お前、は――――」


 そのシルエットは小柄で、おそらくカズキと同じ程度の背丈しかない。まさかと思いマコトは振り返ったが、そこにいるのは見知った三人だけ。つまり――

 その少女は、鏡の中にいた。


「待ってくれ、君は…………っ!」


 しかし、マコトの言葉が最後まで発せられることはなかった。

 視界は閉ざされ、暗黒へと落ちていく。伸ばした手は虚空を掴み、力なく地に落ちた。

 その時にはすでに、鏡の中の何者かの姿はなかった。

 少年たちは『ユメ』へと落ちていく。

 そこは逃れ得ぬ迷宮。現実と虚構の間。

 そして世界は、反転する。

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