悪夢のはじまり8
「おい、なに叫んでんだよ。なんかあったのか?」
一ノ瀬だ。
いつも寝汚いあいつが起きてきた。くそっ、俺はそこまで大きい声を出していたのか。
すたすたと二段ベッドを降りてくる音が聞こえる。
「開けるぞ。」
一ノ瀬がドア越しに声をかけてきた。
これはだいぶまずい状況ではなかろうか。
この洗面所には鍵なんてついちゃいない。
心臓の音がバクバクと響く。
手足の先が冷え切って体が動かない。
為す術もなく、俺はただドアが開いていくのを見ていた。
「どうした、宮永?」
眠そうな顔と声だ。欠伸をしながら腹をかいている。全く呑気なものだと少し苛立つくらいにリラックスしている。そこに俺が危惧していた、知らない女を見つけた時の緊張感なんてものはなかった。
「おい、聞いてんのかよ。オレ起こされたんだけど?」
「あ、ああ…すまない。すこし寝ぼけていたようだ。なんでもない。」
「なんだよ………ふわーぁ」
苛立った様子で一ノ瀬はベッドに戻っていった。その後ろ姿を見てそっと息をつく。
どうやら一ノ瀬は俺のこの顔を宮永剛として認識しているらしい。その原理は全くもって不明だ。男として認識されてるかさえよくわからないが、もしそうだとしてもそこまで違和感はない。ここは男子校だし、高校の寮で男女が同室になるのはあり得ないだろう。
それに俺の見た目もどちらかといえば中性的だ。元の顔に比べればだいぶ女性らしいが、可愛い顔の男だと言っても通用するだろう。女子にしては背も高いほうで一ノ瀬とほとんど変わらなかった。幸か不幸か胸も大きくない。
もし女だとバレたらどうなるんだ。男子校に女子が紛れ込んでたなんてパニックが起きそうだ。すくなくとも退学、そしてこの寮から追い出されるのは間違いない。両親が家を売り払ってイギリスへ旅立った俺には帰る場所がないし、親戚の家に泊まるにしてもどう説明すればいいかわからない。
がんばって女であることを隠し通そう。堂々と男物の制服を着ていれば、みんな騙されてくれるんじゃなかろうか。
……はっ。制服のサイズはどうなっているんだ。
今まで疑問にさえ思っていなかったが、寝間着のサイズは今の俺の体にぴったりだった。他の服のサイズが合っていたとしてもおかしくはない。いや、おかしいかおかしくないかで言えば、今朝起きているすべてのことがおかしい。
脳裏にふと夢に出てきたおかしな男の名前が浮かんだ。