実る悪意
「将軍!! 前線でアンデッドが!!」
幕僚達と最終確認を行っていたバーリング将軍の下に伝令が駆け込んできた。その様子にバーリング将軍や幕僚達はさっと視線を交わした。
バーリング将軍や幕僚達も大量に発生したアンデッド達を駆除したことは一度や二度ではない。
アンデッド系の怪物は決して珍しいものではない。スケルトン、動く死体などは意思がないために正直な話、一般的な兵士レベルでも十分に対応可能なものなのだ。
アンデッドの強さは瘴気の量によって決まるため、意思のない死体達ではただ単に面倒な害獣と変わらないというだけであったのだ。
しかし、今回の伝令の慌てぶりは単なるアンデッドに対するものではないのは確実だ。それがバーリング将軍達を困惑させたのだ。
「落ち着け、たかがアンデッドだ。対応できないようなものではないだろうが!!」
幕僚が伝令にそう怒鳴りつける。伝令は怒鳴られたことに萎縮する事なくきっと怒鳴りつけた幕僚を睨み返すと逆に怒鳴り声を上げた。
「落ち着け!? 何を言っている!! あんなアンデッドなんか見たこと無い!! あんた達はあのアンデッドを見てもそんなことを言えるのか!! 巫山戯るな!!」
伝令の怒鳴り声に幕僚は驚きを隠せない。軍において上下関係は絶対的なものであるはずなのにそれを完全に無視した伝令の返答であった。
それが逆にバーリング将軍に事態の深刻さを知らしめていた。
「前線はどのような状況だ?」
バーリング将軍の重々しい声に伝令は自分の言葉の意味をこの段階で気付き顔を青くしたが、それでも将軍に何とか返答する。
「武装していなかった約八百が我が軍に突撃してきました。激突寸前に武装していなかった者達が突如、巨大なアンデッドの騎士に変わると我が軍の前線を蹂躙し始めました」
「なんだと?」
「すでに前線は崩壊しています。シブス大隊長が立て直しを図っております。バーリング将軍のご指示を仰ぎたく」
伝令の言葉にバーリングは一つ頷くと幕僚達を見回した。バーリングの視線を受けた幕僚達も表情を引き締めると頷いた。
「出るぞ!!」
『はっ!!』
バーリングの言葉に幕僚達も簡潔に返答する。
(儂自身が前線に立ち兵士達を鼓舞するしかない)
バーリングは戦歴豊かな将軍であり、時として前線で命を張ることが兵士達をどれほど鼓舞する事になるかを知っていたのだ。
そこに新たに伝令が飛び込んできた。
「シブス大隊長戦死!!」
「何だと!?」
バーリング将軍の声に驚きと失望がブレンドされた声が発せられた。
(いくら何でもシブスが持ちこたえられぬだと?)
バーリング将軍が敵を前に幕僚達と作戦の最終確認を行えていた理由の一つがシブスの能力の高さであったのだ。そのシブスがこの短期間で討たれたという事実はバーリングにとって想定外の事であった。
「ひぃぃぃぃ!!」
「嫌だぁぁぁぁぁ!!」
「止めてくれぇぇぇぇ!!」
「アンデッドなんかになりたくない!!」
絶叫の中に所々、気になるフレーズをバーリング達は聞いた気がした。今何かとてつもない事が起こっている事を察したバーリングは意を決したように天幕を飛びだした。それに幕僚達も続く。
「な……」
そこにはすでに軍としての秩序を失い恐怖に満ちた顔で逃げ惑う部下達の姿があった。いや、それだけではない。その背後から、巨大な騎士達が手にした大剣を容赦なく振り下ろし、兵士達を肉片に変えていたのだ。
そして本当に恐るべき事はその後であった。肉片となった兵士達に、所々に武装した者達が触れると、その死体は巨大な兵士に姿を変えていたのである。
「これはこれは偉大なバーリング将軍ではないですか」
そこに周囲の惨状の場をまったく考慮しない呑気な声がバーリングにかけられた。声をかけられた方向を見るとバーリング将軍だけでなく幕僚達も凍り付いた。
「クルム……ザルブベイル」
バーリング将軍は思考回路がまとまらない状況であったがクルムの名を口にした。
「ええ、その通りだよ。バーリング……貴様らがやった我が領への蛮行の報いをくれてやりたくてね……」
クルムの声には隠しきれない憎悪の感情が込められていた。その憎悪の巨大さと禍々しさにバーリングも幕僚達も背中にゾワリとした何かが走る感覚を感じた。
「お、お前は……お前達は死んだはず!!」
バーリングの疑問の言葉にクルムは嗤いながら言う。
「ああ、死んださ。だからこそ俺達はアンデッドになってお前達に復讐に来たんだよ」
「……」
「あの日、お前達が何をしたかは俺達は絶対に忘れる事はない。見てみろ」
クルムはそう言うと周囲を見渡す。殺戮は未だ継続中でありしかも終わる気配は全く見えない。
「いいざまだな。降伏した我らの前で家族を嬲り殺した貴様らを決して許さぬ。皇帝の勅令をかさにやりたい放題やった貴様らへの報復……まさか謝罪などすまいな?」
クルムがそう言い終わると放たれる威圧感が一段階上がったかのようにバーリング達には思われた。
「あ、あれは皇帝陛下の命だったのだ」
幕僚の一人がクルムに言う。その瞬間である。クルムは発言した幕僚の顔を掴むとそのまま持ち上げた。バーリングも幕僚達もその事に気づいたのはクルムが幕僚の顔を掴み上げてからの事である。
クルムの動きに軍人である彼らがまったく反応出来なかった事は彼らの抵抗の意思をおるには十分な説得力を持っていた。
「誰が発言を許した? つけ上がるなゴミ虫が」
クルムはそう言うとそのまま幕僚の顔面を握りつぶした。顔を握りつぶされた幕僚はそのまま地面に落ちるとピクピクと痙攣していたが数秒後に動きを止めた。
「誰の命令かなど些細な事だ。下らん事を言うな」
クルムの言葉に幕僚達はガタガタと震えだした。彼らにとって死という生物に対する最大の恐怖が具現した存在がクルムであったのだ。
「……何をするつもりだ?」
バーリングがクルムに尋ねた瞬間にクルムは先程の幕僚のようにバーリングの顔面を掴み上げると感情の全くない声でバーリングに告げる。
「口の利き方に気を付けろ。貴様の態度一つでカワイイ部下達の処遇が決まるのだぞ?」
「どういうことだ? いや、ですか?」
バーリングが言い直した事でクルムはバーリングを掴んでいた手を離すとそのままバーリングは地面に座り込んだ。
「簡単な事だ。貴様らが役に立てば良い……それだけのことだ」
クルムの言葉にバーリングは弱々しく頷いた。それを見てクルムは頷くと家臣達に視線を移した。
「それではバーリング将軍達には早速働いてもらうとするか」
クルムの言葉が絶対的な権威を持ってこの場に響いた。
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