中編。駄菓子屋さんでお返し選び。
「なに買ってくれるのかなー。わくわく、わくわく」
白屋に入って早々。寿瑠は、疾のセンスに任せるつもりの口振りな割りに目移りしたようにキョロキョロと、陳列棚を見回している。
そのおちつかなさは、カイゼル髭のような跳ね方をしている寿瑠のツインテールが、ひょこひょこと左右に動くことからも簡単にわかる。
「みるちゃん。言ってることとやってることが合ってないよ」
夢美に突っ込まれたが、
「お返しはお返し。わたし、毎日ここでお菓子買ってから帰っててね。それを選びながらわくわくしてるんだよ」
と気にした様子がまったくない。流石の夢美も、そうなんだ と苦笑い。
「まさか……栄養が全部胸に行ってるんじゃ?」
起伏の無い自分の体形と大人顔負けの寿瑠の体を見比べて、夢美がはっとしたように呟いた。
「なに?」
「えっ、あ、ううん。なんでもない なんでもない アハハ」
ごまかし笑う夢美を、変なの とちょっと怪訝そうに見た寿瑠。再び物色を開始した。
「や……やめておこう。みるちゃんが特別なんだ。きっと、そういう体質なんだ……でも、おやつは買おう、うん」
いくつか駄菓子を睨むように眺めた後で。納得しつつも納得しきれず、それでもなんとか自分をごまかした夢美であった。
「へぇ。ホワイトデーシーズン限定の味なんかあったのか」
一方の疾は、ダークイナズマーと言う一個30円のチョコレート菓子の並んでる場所で、品定めをしていた。ちかごろ人気が出始めた物で、多種の味と腹持ちの良さ、そしてなによりその値段が人気の理由である。
「んーっとじゃあ、小説にはこれだな。スタンダードとブラストポッパーと、んでもってこの限定のスイートホワイトを……二個ぐらい買ってやるか」
言いながら商品を手に取って行く疾。
「ずいぶんと買うのだな、疾風の申し子よ」
左横から特徴的な声がかけられて、おうと左手を軽く上げて言葉を続ける疾。
「だって、小説食いしん坊だろ? 絶対一個じゃ満足しないと思ってさ。百円ちょっとならそう財布に痛くもないしさ」
「限定品以外も買っているのはなにゆえだ?」
「ミルクチョコが嫌いだった時の保険。それに高いの買えっつってたろ? 数で補おうと思ってな」
「なるほどな」
「で、お前はホットメンタイと あれ?」
ダークイナズマーホットメンタイ味。辛子明太子パウダーがちりばめられた一風かわったこのフレーバー。
最近レギュラー商品へ格上げされた味だったりする。
「その四角いのって、たしか綺羅綺羅万象チョコだよな?」
「ああ。この間発見してな。十周年記念で転生発売しているらしい。みろ」
袋を学二に見せられて、なるほどと疾は頷いた。そこには大きく「転生! 綺羅綺羅万象チョコ」と書かれていたからだ。
「お前、そういうコレクション系の奴買わないと思ってたぞ。意外だな」
「こういう、この世界にないような 戦闘するための武具を身に着けているイラストを見ると、どうにも手が伸びてしまってな」
僅かに遠い目をして言う学二。しかし、
「流石は厨二病」
疾そんな友人の微妙な表情の変化には気付いていない。
「でも、その気持ちはわかるぜ」
「そうか」
若干驚いたような声色で、少しだけ目を見開いた学二にああと頷いた疾は、
「あんまし買いすぎるなよ。お財布事情もだけど、いつ飽きて紙切れに見えちまうかわかんないからな」
とそう水を差す。
わかっている、と少し寂し気に頷く学二。
学二のリアクションに首を傾げた疾だったが、すぐに気を取り直した。
「しっかし、リバイバルしてたなんてなぁ。懐かしいよな、キラバン」
同意を求める調子の、声色の弾んだ疾。
「そうなのか?」
学二のポカンとした間の抜けた声に、マジかよっと苦い顔になる。
「って、そっか。俺達発売当時三 四歳だもんな。俺みたいに、見せてくれる人がいなきゃそう手が出るもんでもないか」
「と言うことは、貴様にはいたのか?」
「ああ、いたぜ。仁武和也って先輩、知ってるか?」
「貴様がカズヤ兄ちゃんと呼び、仲良さげにしていた生まれ早き者だな」
「そうそう。ティル・ナ・ノーグ挟んだ隣町の高校行くから、引っ越すって言ってたな」
「こちらからでは時間がかかるのか?」
「みたいだな。せっかくだし、俺もキラバン、記念に一個買うか。どこにあった?」
「すぐ左だ」
「え、マジで? ああほんとだわ」
発見した疾、ドミノ倒しのようにいくつか並んでいるそれの中から、真ん中辺りのを一つ抜き出した。
「さて、後はミニマムちゃんか。うーん、どんなんがいいかなぁ?」
すぐ近くにいるが、疾は当人になにがほしいのか尋ねる気がない。
「妙なところでまじめだな。聞いてしまえばいいだろう、すぐ近くにいるのだから」
「お返しって言うぐらいだし、俺のセンスで選ぶべきだろ?」
「そういうものか?」
「俺はそうだと思ってるぞ」
ダークイナズマーゾーンを離れて、疾はクッキー系の商品が並んでる場所に移動する。
「ミニマムちゃん、なんか こういうのサクサク食ってんの似合いそうだからな。食ってるの小動物っぽそうで、和む絵になる気がする。まあダークイナズマーでもサクサク食うことには変わりねえんだけど」
などと言いながら、どれにしたものかと商品を眺めて行く。
「これにすっか」
「詰め合わせか。あまり多いと受け取られないのではないか?」
「そうか? 別に一人で一日に食わなくてもいいだろ?」
「こういうものは、大概もらった相手個人に返すものだ。それも一度に食べきれる物にする。それが習わしだと聞いたがな」
「ああそう? んじゃ、これでいいか」
ガサッと疾は、普通のチョコにホワイトチョコ そしてマーブルチョコの三枚が一袋に入った物を手に取る。
「返しはするわりに、その選定はてきとうなのだな」
「まあな。突発イベントだし、俺にとっては」
「貴様らしい。どうでもいいことには、本当にどうでもいいと言う反応をするからな、貴様は」
レジに向かう疾に続きながら、学二は小さく息を吐いた。
「いらっしゃい。このダークイナズマーは寿瑠ちゃんにでしょ? よく見てるのね」
レジにいた女性に、ニコニコと茶化される疾。
「隣の席だし、あっちからよく絡んで来るしな」
言われたところでびくともしない疾である。
「ちゃんとその相手に合わせてお返しする。めんどくさいと思うのに、平気でやるのね 疾君は。はい、全部で340円ね」
「んじゃこれで」
言って財布から四枚の小銭を置く疾。しかし受け取らない女性は、クスクスと楽し気だ。
「なに笑ってるんだよ白木さん?」
「だってそれじゃ、百七十円だもん」
上品に、けれど楽しそうに言われて、疾はレジの代金置き場を見た。
「……マジかよ」
女性 白木の言ってることが事実とわかり、疾はいっきに顔を真っ赤にした。
「ハッハッハ、珍しいな疾風の申し子。貴様がそんな失態を演じるとは。魔弾の雨が降るぞ」
「お前が大笑いするのも、槍が降るほど珍しいぞ」
十円玉二枚を財布に戻し、百円玉二枚を改めて取り出しながら、疾は棒読みで言い返してやる。
「どうした疾風の申し子、突然感情が抜け落ちたような声を出しおって」
疾の会計が終わったのを見て確認した学二が、言葉の後にレジに商品を置き 自分の会計を始める。声色は不思議そうである。
「てめえのせいだよ魔王様」
歯軋りしながら言い返した疾。学二の特徴的すぎる口調から、疾は出会ってすぐ学二に魔王様と言うあだなをつけており、今でもこうしてたまに呼んでいるのだ。
疾は、ザッザと不機嫌丸出しで、友人の少女二人の方に向かった。