準備期間
いつか設定欄を作りたいなぁ
そこまで書けるかどうかって話だけれど
「さて、先ずは自己紹介といこうか」
「わかったよー」
「おなかすいたのだー」
「……店主。チキンの焼き串を三……いや、六つ頼む」
所変わって、ここはこぢんまりとした酒場。路地裏の人気の無いような、ひっそりとした場所。――隠れ家的名店とかそういうものではない。単に立地条件が悪すぎたのだろう。店主は脂の滴る肉串を木の皿にのせ、テーブルの上に置いた。ぱっ、とそこから一つ消えた。
「はぐはぐはぐ! もぐもぐもぐ!」
「…………いやほんと、ごめんね?」
「気にすることは無い。腹が減るのは当然だ。……お前も食え。元気が出るぞ」
「うん……あ、おいひぃ」
焦がした香ばしい匂いに誘われ、シャトーも肉を口に運ぶ。じゅわり、と小さな口の端から肉汁が溢れ出て来るが、それを慌てて舐め取っている。その表情も喜びに満ち溢れていて、年相応のかわいらしいものだ。
シオの方は言うまでも無く、一心に肉を齧っている。串ごと喰いちぎりそうな勢いである。木のコップに注がれている水を思い出したかのように飲み干して、こちらと目が合った。
「……たべないのかー? おいしいぞー?」
「……いや、いい。お前達が食べるといいぞ。腹が減っているんだろう?」
「いいのかー! ひさしぶりのごはんだぞー! わーい!」
頼むからこちらの心を痛めつける様な言葉は止めて欲しい。
食事も満足に摂れないだとか、そういうダメージは歓迎しないぞ。寒空の下で震えて眠るとかそういうのも無しだ。――普通にそう言う事をしていそうだから、この類の発言には気を付けよう。
「さて、俺の事を話すとしよう……狐人の狐叢という。元々冒険者ではあったが、ギルドカードが使い物にならなくなってな、それで再発行をしに来た……その折にお前達と出くわしたという事だ」
まさか、ギルドに到着と同時にもめ事が目に入るとは思いもしなかった。それに自分も巻き込まれたりするとは当然思っていないし、強引に金目のアイテムで解決する事になるとはこれっぽっちも思っていなかった。
「コムラさん、ね。私はシャトー……あの受付嬢が言っていた通り、猫人と耳長族の半族種だよ……いやぁ助かったよー。あのお金はいつか必ず返すから」
「別にいい……それを理由に変な対応をされても困るからな」
「おぉー太っ腹だねー。やさしい人に巡り合えて嬉しいよー」
「おにーさんはすきだぞー! おいしいものをごちそうしてくれたからなー!」
まぶしすぎる笑顔をこちらに向けるシオ。頼むから食事を大好きの理由にするのは止めて欲しい。心が抉られそうだ……。
「シオはシオっていうんだぞー。よろしくなー!」
「あぁよろしく……さて、冒険者になろうと思っていたらしいが、お前達の得意な事は何だ? もしくは得物でも構わない」
見た所、背にも腰にも武装らしきものは無い。となると拠点に置いてきたのだろうか。二人ともそれ程筋肉は身に付いていない故、余り重い物は扱わないだろう。短剣、クロスボウ、弓矢、魔法……軽量装備がウリの高機動職だろうか。
「んー、私は色々できる様にしたよー。ナイフの扱い方、気配の消し方、薬草の育生場所とか鉱脈探しも出来るよー」
「んん? シオはさがしものがとくいだぞ! あと、ビューンってとぶやつをつかうのがとくいだぞ!」
「飛ぶやつ? つまり弓矢か」
「シオさんはクロスボウの扱いが得意なんだよー。探し物っていうか、光り物をよく見つけて来るんだよねぇー。お金とかさー」
「成程。つまり……シオの職業は弓士スキルに対応していると。シャトーは技巧士が当てはまるな」
クロスボウそのものはゲーム内にも存在していた。リロードの遅さが致命的だが、その欠点を補うほどの利点もある。弾速は矢よりも速く威力も高い。更に敵をよろめかせる効果を持っている。遠くからの援護攻撃に適した武器だ。
技工士は……戦闘に適しているとは言い難い職業だ。短刀を扱えるのは何もこの職業だけではないし、剣の扱いも剣士に劣るだろう。その分技術面と素早い動きで敵を翻弄しつつダメージを与える場面が多く見られたものだ。この職業に見合う武装は大抵、状態異常の付与された物だ。技工士のプレイヤー達は麻痺付与だの猛毒付与だの二重属性武装だのを喜び勇んで振り回していた。回避性能に極振りしたプレイヤー程、度し難い変態はいなかった。
「まぁ、ここまで話し合った仲だ。お前達の装備品の資金は此方が出そう。その程度のことは出来る」
「いやいや、流石にそれはさせる訳にはいかないよ」
「装備やアイテムをケチれば待っているのは、死だ。良く言うだろう? 死ななきゃ安いってな。せっかくできた縁だ。そんな事で失う訳にはいかんのだよ。俺はお人よしだからな」
「ほーんと、変な人だねー。物好きさんめ」
「なにー? シャトーはおにーさんがすきなのかー?」
「いやまぁ、好きか嫌いかで言えば好きだけれど」
「おぉー、おそろいだなー!」
「おそろいだねー」
「仲がいいんだな、お前達は」
店主に金を払い、店を後にする。
商業区画では人が密集し、騒音で溢れかえっていた。呼び込み、謳い文句、値切り交渉……それらは耳をすませば鮮明に、別々に聞こえてくる。そうした声の中には有益な物も交じっている。
「新鮮な魚だ! 朝に獲れたばかりだ!」
「そこの冒険者さん、この店でアイテムを補充していきなよ! ポーションが出来上がったばかりなんだ」
「幾らでも金は払う。俺にはもっと頑丈な武器が必要だ」
「そんな規模の話は俺には無理だ。第二区画のドゥーの親父に言ってこい」
「最近、鍛冶屋の奴らは怠けてばかりだ。お前を除いてな」
「聞いたか? この辺りでゴブリンとオークの群れが集結しているって」
「何? って事は消耗品と武器が大量に必要になるな」
「この辺りで一番薬草が取れる場所は何処だ?」
「最近はポーションの品質が酷いな。もっと高純度の物は無いのか?」
「山賊団の頭が死んだらしい。どうも、一撃で……しかも魔法で殺されたって話だ」
「この町にそんな魔術師がいたか? もしかするとパーティに組み込めるかもな」
「そういえば、商会が宝石類の納品を促進していたな。ついさっき、ギルドから晶石が出たらしい」
「どの属性だ? 場合によっては中央から出張ってくるぞ」
「…………」
「おにーさん、どしたのー?」
「クエストは何も、依頼された物を受けるだけじゃないんだ。今後『○○が不足する』という情報が上がれば、一足先にそれを確保する事も視野に入れる。そうすれば多少値を上げてバザーで売れば利益になる……需要と供給のバランスをどれだけ掌握できるのかを含め、できるだけ多くの手札を握っておくのは当然だ」
「へー。という事は、おにーさんはこれからどうするのか決めたって訳かなー?」
「おぉー、おにーさんは……よくわからないけどすごいのだ!」
「さて、たった今得られた情報で重要な事は三つだ」
町の外ではモンスターが集結しつつあるという事。
町の中ではアイテムの質と数が更に不足するという事。
道具を揃えるには町の外へ行く必要がある事。ただし期間は極めて短い。
「遠くない内にモンスターの襲撃がある。それまでにお前達の装備を整え、技術を持たせ、戦えるようにする……何か希望はあるか」
「そうだねー……どれだけの時間、私達は外に居られるのかな? 町に帰ってくるのは絶対だとして」
「城壁前の篝火が左右合わせて五本灯されるまでには帰ってくるべきだな。それ以上長居をするべきではない……夜になると当然、空気中の魔力が濃くなるからな。それを吸引した獣やモンスターが凶暴性を増す事になる」
『大規模侵攻』程ではない『襲撃』クエスト規模にはなるかもしれないが、それでも気を抜く訳にはいかない。今回のパーティメンバーは以前と異なり初心者そのもの。更に言えば、生身の肉体を持つヒトである。運命共同体を見殺しにする勇気は無い。
「この町のポーションは買う必要は無いな。俺が作り、用意すればいいだけの話だ……空き瓶は必要になるから、見かけたら拾っておいてくれ」
「へー、おにーさんってば薬も作れるんだねー。凄いやー」
「魔術的な事は俺の専門分野だ。これでも仲間内では一番の腕だったんだよ」
十二人の小さなチームだった。それぞれが得意な事を極限まで極めた、十二の極地。十二の究極。
剣を、槍を、斧を、鎚を、弓を、弩を、拳を、鍛造を、強化を、精製を、付術を、魔法を。
その内の付術、精製、魔法に最も長けたメンバーこそが、この狐叢だ。ポーションによるドーピングに加え補助魔法によるブースト、敵への弱体化支援。俺の仕事は大方そこまでだった。後は後方射撃による援護攻撃と絶え間ないブーストを行うだけで、超絶強化された武装を持ったメンバーが蹂躙するという悪夢が発生するのみ。
あぁ、敵が可哀想な抵抗をしている間にも、此方は絶え間なく強化されている。その一振りで敵が呆気なく崩れ落ちる様は見ていてとても気持ちが良かった。とても、とても!
「それ以外であっても、教えられる事は山ほどある。武器の使い方。スキルの使い所、効果的なアイテムの使い方、効率の良い金稼ぎ……覚える事は山ほどあるぞ」
「うぅー、むずかしいのはにがてだぞー」
「まぁまぁ。私も頑張るから、シオさんも頑張ろうよー」
「さて、先ずはお前達の装備を探すとしよう。このバザー通りでも、或いは専門に扱う店でもいい」
探しているのは武器と防具の両方だ。もしかすると掘り出し物があって、付術が施された魔法のアイテムがある……かもしれない。ゲーム内で用意された大部分の『魔法の武装』は随分としょぼい効果だったのを覚えているが、その様なアイテムの相場を知っておかなければならないのだ。
「おう、らっしゃい! 狐人のにーさん、ちょいと見ていきなよ!」
「む、ここでは武器を売っているのか」
「ふぅん。大体が鉄か、鋼鉄って感じだねぇ」
「……このダガーはどこの作品だ? 鋳型の様だが……」
「んー、ごめんなぁ。そこまでは分からないなぁ」
店主の親父が謝ってくる。――そういえば、この町全体で獣人への差別を行っているのかと思ったが、今の反応を見るにそうでもないらしい。
「店主。この町では獣人と半族種への差別が起こっているらしいのだが……」
「んん? そんな訳無いだろう……そんな事をしてみろ。この町はあっという間にそいつらの信頼を失うんだ。商人であれ冒険者であれ、それこそお上の連中にも獣人はいるんだからな。……あぁ、あんたらもしかして……ヘミングのお気に入りに当たっちまったのか?」
「……そいつは、耳長族で、金髪で、眼の色は緑色だったか?」
「あっちゃー。そいつは面倒な目に遭ったもんだ! そいつがこの町のギルドマスターのお気に入りでねぇ……あんたら獣人と半族の怒りを買っているんだよ、もう何年もだ。それで副支部長とその部下たちがどうにかしようとしているんだが、上手くいっていないみたいだねぇ」
「そうか……」
「そっかー、良かったよー。この町の皆が皆、ああいう人じゃないってだけでも安心だよー」
それはいい事を聞いた――と同時に、クエストが発生した。
クエスト名:浄化作用
サウスウォーター支部のギルドマスターの蛮行は、やがてギルドそのものの信頼を失墜させるだろう。
証拠や根拠は幾らでも出てくるだろうが、それを誰に渡すのかはあなたの自由だ。
ギルドマスターの処置に成功すれば、今よりずっとマシになるのは明らかである。
クエスト名:襲撃
サウスウォーター周囲で、小型から中型のモンスター達が集結しつつある。
襲撃クエストでは敵の殲滅が必須条件として設定される。
準備の為の期間はまだまだ残っている。貴方は準備を始めるべきだ。
(……ほう、そうきたか)
内心、好都合だとほくそ笑んだ。