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みんなよくかけるなぁ……

いや、ネタそのものはあるんだけどね。ブーストかかるのが遅いっていうか(言い訳

サウスウォーターの港町は大抵のプレイヤーが一番初めに辿り着く拠点になる。この街を拠点としたプレイが大抵のプレイヤーに好まれる傾向にあり、時間経過によって見る事のできる日没イベントはグラフィックと思えない景色であったと記憶している。にゃあにゃあと鳴く海鳥の声に耳を澄ませば聞こえる波の音、人々の喧騒や生活音が混ざり合って、ゲームの中とは思えない程に『リアル』が感じられたものだ。夜間の状態になると、建物内部からランタンの明かりや暖炉の炎によって、町全体がオレンジ色で溢れかえるのだ。

 そこからは毎日がお祭り騒ぎだ。NPCもプレイヤーも入り乱れて、ジョッキを手に呑み歌いの大騒ぎ! チャット欄はあっという間に流れていくのだ。町の外へと冒険へ出かけるプレイヤー達、外から帰ってきたプレイヤー達、手に入れたアイテムをバザーに出品して売り買いが行われていたり、鍛冶場で自分の装備を作る等……各々の町で同じような事が行われていたが、それがこのゲームというものだった。


 ゲームの外見と同様の、白レンガで造られた城壁がようやく目の前に見えてきた。広大な草原の前方にどん、と建てられた城壁と、その内側の町。陸と海に挟みこまれた、それなりの規模の町。ろくに舗装もされていない、土がむき出しになった道が城門から伸びている。門を見れば、見張りの衛兵が交代をしていた場面であった。

 自分と同様、港町へと向かっている集団が前方にあった。茶色い毛の馬に荷車をかせ、おそらく持ち主の男が荷台に乗っている。護衛と思われる四名の人物が、左右を挟んで周囲を睨んでいる。あれは実に効果的な索敵方法なのだろうが、実際どうなのだろうか……現代日本ではそういう場面には出くわさないのが常識である。


――荷馬車の左側、少し影のできた茂みが不自然に動いたのを自分は見逃さなかった。風こそ吹いているが、少なくとも枝が幾つも折れる様な強風ではないし、ああいった小さな樹木と草陰には大抵、獣が潜んでいたりするのが鉄板であった。というより、ゲーム中にそういう小さなイベントが発生するのだ。――茂みからモンスターが襲い掛かるという、実際出くわすと大変危険なイベントが。

 そうこうしている内に、問題の茂みへと荷馬車は近づいていく。それにつられて潜んでいるモンスターの全容も段々と明らかになる。――ライオンか、或いはトラのような猫の特徴を持った獣が、ぎらりと荷馬車を睨んでいる。目的は無論、馬か護衛と持ち主の肉――或いはその両方だろう。運の悪い事に左側の護衛達――弓を背負った男と杖を持った男の二人では、近接戦闘がろくに行えないのだ。一体どうやって目と鼻の先の相手に攻撃をすればいい? 彼らにはその手段がそこまで多くないのだ。杖で殴り、矢を刺してみたり、懐のダガーで応戦するのだろうか。それであの獣が引き返すとは到底思えない。

――茂みはもうすぐ近くだ。


「ああもう、仕方がない。ちょいと手を貸してやるか」


 全く、もっと気を引き締めておけよと思うのだった。





 それは突然の事だった。

 そこまで危険とは思えない道のり、自分達の様な少人数でも簡単だと思える依頼内容、見合わない高額な報酬……そういう『旨い』依頼を仲間が持ってきた。それが始まりだった。とある村から一番近く町まで護衛を行ってほしい……至って普通の依頼内容だった。実際、その村から町までの道のりはそれなりの危険はある。逆に言えば、それなり程度の危険しかなかったのだ。これまで何十、何百と多くの奴らが通った道だ。集中力が散漫し、疲労により歩みは遅くなる。少し先を見れば町が見えるからもう安心。そういう考えがどうしても頭に沸いてくる。そうしてその考えはじわりと全身を侵食していく。

 そうして仲間の一人が呟いて『しまった』。

「ここまで来ればもう大丈夫だろ? 少し楽にしようぜ」

「……まァ、少し位なら大丈夫だろう」

「おい、しっかり見張っていろ。まだ先があるんだぞ」

 そう言い放ったが、もう遅かった。

 誰も彼もが『もう大丈夫』と思っている。楽な方へと傾く思考を変える事は本当に難しい。

「そうは言うがなアレン、もう町はすぐ先だろう。少し位気を休ませても――」


――がさり。

――グゥゥルルルルルルッ。


 不吉な音から始まり、恐ろしい唸り声が耳から脳へ、そして体中へと染み渡るのに数秒。もはやそれで十分だった。それだけで一人を殺しきるのに十分すぎる時間だった。

 突風の様に草陰から飛び出た大きな影はたちまち、魔術師――ホプキンスへと跳びかかった。鋭利な牙を剥きだしたまま、あいつの喉に喰らいついた。あいつは、もう一言だって喋らずになすがままだ。もうこの時点で、俺の頭の中は混乱と思案とでごちゃまぜの混沌になっていたのだ。――次は誰だ? 一体誰が食い殺される? いや、ホプキンスには悪いがあいつにはもう少し敵を引き寄せて貰おう……そう考えて『敵』を見た。


「――あぁ」


 駄目だ。

 死ぬのだ。

 それだけが脳裏にふつふつと、とめどなく溢れ出るのを感じる。……キラーサーベル。中型の獣型モンスターだ。草原があり、草食動物の生息する場所には大抵生息している――上位捕食者。その性質により群れで遭遇した場合の生還率は極めて低い。純銀級シルバークラス冒険者のチームでも出くわせば、けが人は必ず出ると言われるほどの凶暴かつ食欲、そして……『うごくもの』への異常な執着。相手が生きているなら必ず殺し喰らうと評される残忍性。枯草色の毛、煌めく瞳。視線はあいもかわらず俺達を見ている。その逞しい身体には傷跡がそこいら中に有る。群れの長か、長だった固体か。いずれにせよ――


「……なんだよ、こりゃあ」


 俺は抜いた剣を下げてしまった。余りにも目の前の敵は強大過ぎた。それは誰が見ても同じことを考えるだろう。依頼主の親父も、俺の仲間も、全員が同じことを考えている。――視界の先に見えるサウスウォーターが酷く遠く感じる。弓士のシアンはしゃがみ、荷馬車の陰に必死に隠れている。魔術師のレベッカは俺の後ろで震えている。依頼主の親父は顔を青くして動かない。馬は――何事かと理解すらできていない。 

 ちくしょう。ここまでかよ――


「グァゥゥゥウゥゥッ!!」

「くそったれ――」


 世界が遅く流れていく。――ああ、悪くは無い人生だった。悔いはありすぎるものだったが。跳びかかってくる獣に成すすべなく、俺は目を閉じた。



――――ギュバッ!!

――――パァン!!


 何かが恐ろしい速度で通り過ぎる音。

 何かが破裂し、溢れ出る音。

 顔に降りかかる、温かい水。

 ゆっくりと目を開ければ、自分のすぐ近くに――キラーサーベルの死骸。


「あ、は……、えっ?」

「一体、何が起きたの……」

「わ、ワシ等は助かった……のか?」

「何がこんな事を……? 頭が吹き飛んでやがる」


 シアンが駆け寄り、無事かどうかを尋ねてくる。曖昧に「あぁ」と答えれば、やはりこいつも「お、おぅ」といまいち理解できない様子だった。――そうしてようやく、キラーサーベルの死骸へと視線を向けた。……頭部がさっぱり無くなっている。正確には、上顎から全部だった。喉の奥も頑丈な牙も残っているが、やはりそこだけが見当たらない。


「ね、ねぇ……アレン……貴方の頭にある、それ……」

「へ、……あぁ……」


 ふと思い出し、重くなった頭に手をやる。ずるりと落ちたそれは、行方知れずだったキラーサーベルの頭部のかけらだった。――どうやら、温かなものの正体はこれらしい。


「やぁ、やぁ。随分と大変な目に遭ったらしいじゃあないか。同情するよ、本当の事さ」


 すたすたと散歩でもするかのように俺達に近付いてきた『そいつ』に、俺達は視線を向けた。――真っ黒な毛並、すらりと整った獣の頭部、ふわふわの尾、薄黒い布の服、珍妙な形の杖を背負った――


「ふ、狐人族フォクシー……?」

「いかにも。私は狐叢コムラ。存分に感謝したまえよ、少年」


 眼を細め、不思議な笑みを浮かべた狐男がそこには居た。

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