山賊=約100R
待てよ、タグに『ほのぼの』なんてあるが、これのどこがほのぼのしているんだ?
……何? 暮らしがほのぼのだって?
……このゲームの主人公である「プレイヤーキャラクター」の設定は、実際そこまで練られた物ではなかったりする。どうしてゲーム開始地点があんな辺鄙な場で、身に着けている物が普通の服で装備も大したものではないのか――というより丸腰である――とか。考察は散々交わされたが、結局答えは出なかった。公式のストーリー更新にもそれらしい展開は無かったのだ。
ただ――主人公の居た地点より少し離れた地点で、小さな商隊が皆殺しにされたイベントが発生しているので、主人公はこの隊員だったんだという声もあったのを自分は覚えている。クエストジャーナルの三つ目に書き込まれた【両替】とは建前であり――まだ近くをうろついている山賊団を皆殺しにして、戦利品を奪い尽くせという事である。というよりも、そうでもしなければ500Rを集めるなんてことは出来っこないのだ。それこそ民家に忍び込んで、盗みを働かない限りは。
――さて。
「確か、崖の下に三人くらい固まっていたような記憶があるんだよなー……お、いたいた」
しゃがみながら草の陰より「そこ」を覗く。ゲーム内では簡素な椅子に座ってたき火を囲んでいた三人の山賊が、ゲームの通りにそこにいた。――ゲームと違うのは……彼らが簡素な椅子に座って何かを食べている事と、彼らが今『生きて』いる事だった。
「ごめんね、なんて言わないよ。こちらも生きるのに必死でね……君達もそうだったろう?」
だから、あの商隊を襲ったんだろう。
だから次は、君たちの番だ。
インベントリから魔導弓を選択し、装備する。同時に視界の右下には薄い青色のゲージが表示された。――EPの残量はフルの状態で1200。魔導弓は通常攻撃の度にEPを5消費する武器で、一秒につき1EPが自然回復する――が、現在の装備品によって回復速度どころか消費する事も無くなっている。つまり、やりたい放題である。――この状態になるには相当の時間と運が必要になったのは遠い昔の話だ。
――さて。
「……へっへっへ、随分とちっぽけな奴らだったぜ。護衛もほとんどいないし、とんだカモがきたもんだ」
「その分稼ぎが悪かっただろう! もうひとつ位は襲っておくべきじゃないのか?」
「馬鹿を言うな。あらかたはぎ取ってやったんだぞ。こいつらを売り払えば、当分困らない……少し席を外すぞ。見張りを頼む」
山賊の一人が二人から離れ、彼らの視界に入らない茂みへと入っていく。どうやら尿意を催したらしい。これは絶好のチャンスだ――これも、ゲームと同じ動きだ。
「……スキル発動【冷淡な狩人】」
瞬間、時間の流れがゆっくりと――世界そのものがスローモーションのように動き出す。山賊の動きも緩やかなものになり、随分と狙いをつけやすくなった。弓術総合スキル【冷淡な狩人】のその効果。矢を引き絞った状態で特定のボタンを押すと、時間の流れが遅くなるというもの。――しかし今はコントローラーは機能していない。いつも通りコントローラーを扱うようにイメージを行う事で、これまで通りスキルの使用ができる、らしい。
ぱっ、と爪の長い指から実態を持たない矢が放たれる。淡い紫色の閃光は驚くほどまっすぐに飛んで行った。なんて事の無い風に思える自分の心にほんの少しだけ戸惑いつつも、矢は速度を落とさずに真っ直ぐと山賊の男の頭部へと吸い込まれて――あっけなく男を射抜いた。着弾とほぼ同時に風穴が頭部には完成し、侵入した反対側の穴からは血潮と魔力の残滓とが飛び散った。ぐらりと倒れた男は暫く痙攣していたが、それもすぐに動かなくなった。
「さようなら」
この日、誰にも看取られる事無く三人の男が死んだ。
誰も悲しまず、誰も彼らの名を覚えれてなどいなかった。
「ンー……もう少しか。少しだけ小銭が足りないかな」
あれから山賊だの盗賊だのに遭遇する事も無く、至って平和な道のりであった。その分、かばんの中身が増える事も無かったので、このままではギルドカードの再発行に手間がかかりそうだった。
「けち臭いよなぁ……何だって全財産が穴無し大白金貨で提供されているんだか」
未だにこのコイン一つでどれだけの価値があるのかが理解できない。一度全部取り出して数えようとはしたのだが、どう見ても百枚は超えていたのを覚えている。……ざっと二百を超えていただろうか。だとすれば、一枚当たり百万R程度の価値があると想定しておこう。
このゲーム内ではあらゆるアイテムが売買可能な商品になるため、金策の手段はとても多い。限定クエストのクリア報酬であったユニークスキルを習得できるアイテム、自作の装備品や薬品、盗賊家業など……序盤の金策として、適当な弓矢を拾って鹿を狩るという物まであった。鹿の角と毛皮と肉は、ギルドの採取クエストとして登録される事も多かったのだ。
――現在の所持金は元々の手持ちを除いて423R。もう少しだけ足りないのだ。山賊どもから装備をはぎ取っておいたが、懐に余裕はない。やはり鹿でも狩っておくべきであろうか。角は30R、皮は40R、肉は60Rの計130Rがたった一頭分で稼ぐことができる。三頭程度狩っておけば使える金もそれだけ出てくるのだ。
「それじゃあ早速……お、いたいた。……三頭、密集してるなー」
幸運な事に三頭まとめて発見することができた――のだが、一発ずつ矢を放っていては、最初の一頭目に当たった瞬間他の二頭が逃げ出してしまう。これでは台無しになる――ので、焦らずに三頭ともが同じ車線上に重なるまで待つ事になる。魔導弓を装備し、草陰に隠れてスニーク状態にする。現在のスニーク確率は100%+隠密総合スキルの50%で150%。真昼に真正面にでも居ない限りは隠れ通せる程度の数値だ。
そして、数分しないうちにその瞬間はやって来た。一頭が頭を下げ、一頭が少し移動し、一頭が他の二頭に近寄った。それぞれ頭部、上半身、頭部と重なっている。これは紛れも無い好機だ。
「――チャージショット、発射」
魔導弓スキルによってチャージ攻撃は貫通攻撃と変化している。正確に放たれた攻撃は一頭目の頭部を難なく射抜き、二頭目の胸部をぶち破り、三頭目の頭部半ばで消失した。――結果として二頭目だけが未だ生存しているが、それも時間の問題であろう。一頭目に近付き目線を死骸へと向けると、見慣れたインベントリが表示された。鹿の持っている――この場合は取得できる、だろうか――物品が表示された一覧には予想通り、肉に毛皮に角が存在していた……が、見慣れない物として『睾丸』『眼球』『脳』が存在していた。薬品にでも利用するのだろうか。
予想外の事は発生したが、三頭分の戦利品をインベントリへと収納し、町へと足を進める。
もうすぐ先の話だ。