このゲームは草原に放り出された所から始まるのです
誤字の報告大歓迎!
感想には返せないかもしれないけれど、それでも大喜び間違いなし!
作者め、ぜってぇにやついてるぞ、間違いない
……狐人という種族そのものは比較的新しい種族だ。
二年ほど前の大型アップデートにより追加された獣人種族で、存在そのものはゲーム内でも以前から認知されていた。この種族の登場により、人型の人族種、耳長種、侏儒族、小人族の四種に獣人種族の狼人、猫人……そして狐人。合計七種族が現行のサービスで使用できる種族だった。――ハーフが存在しないのは幸運だった。そんな事をすればサーバーもキャラクリエイトも人口比率もめちゃくちゃになる。
この七種族の内で最もプレイヤー数の多いのが、耳長種の女性だ。その次に狼人男性、小人族女性、人族種男性……と男性比率もそれなりに多い。なお最も少ないのは侏儒族女性だ。これは仕方がない。
――で。
よく見かけるヒト型にまじり、ケモ兄貴や姉貴達がそこいら中にわんさかしているのがマジェスティック・ファンタスティックの特徴だった。ゲームの世界観にも、なにやら奴隷だの種族交配だの、そういう後ろ暗い設定も見当たらないもので、プレイヤー達は好き勝手ゲームをプレイしていたのだ。
良くも悪くも――アップデートの度には心を躍らせ。
仲間が成長するたび――これこそオンラインゲームだと笑いあった。
種族間の問題らしい問題も、ギスギスした空気も無くって。
「……あれ」
掠れた声が何とも情けなく聞こえた。――自分の声だ。
背中には湿ったような冷たさと、若草と土のにおいが。
目の前には所々にちぎれて飛んでいるまっしろの雲。
それと、黒い毛の生えた鼻。
「……んん!?」
がばり、と起き上がれば爪に入り込む土の触感。あふれ出る植物の香り。風を受けて揺れ動いた墨染の着物。腰には鈴付きの魔導鎚がからん、と澄んだ音を鳴らして。――より一層異常だ。
「え、あれ……と、とりあえず」
コントローラーはどこへふっとんだのだろうか、と手元を見れば、見慣れた片手用コントローラー。いそいそと手に取れば成程自分の愛用品だった。これでステータス画面もセーブも装備選択もできるではないかと思い立って――
「あ、線が切れてら」
どうやら無理であったらしい。腰の巾着にごそりと入れればするりとその影も形も無くなって、またしても間抜けな声が小さく響いたのだ。
「そ、そうだ。焦る必要は無いさ。だいたいこういう時は先人たちがどうにかしていたではないかっ」
どうにか、とは大体あれである。頭に思い浮かべてステータス画面を開くだとか、かばんの中身を見てみるだとか。まぁ、そう言う事だ。そう意識してみれば、見慣れたインターフェイスが視界の邪魔にならないように表示された。――余韻も風情もあったものではない。こんなものを四六時中表示されては困る、と思ったその瞬間には、もうすっかり消えていた。なかなか空気の読めるシステムである――私は安堵した。ついでに落ち着いた。
……改めて自分のステータスを見れば、そこにはいつも通りの自分のキャラクターの情報が載っていた。
NAME:狐叢
種族性別:狐人/男性
基本レベル:100
状態:正常
職業/副職業:導鎚処者/魔導弓士
所持金:2600000000R
最大道具所持数:500
現在道具所持数:116
保有クエスト数:3
課金倉庫数:2
プレミアムサービス有効期限:無期限
おお、と再び安堵する。所持金も倉庫も所持アイテムも元のまま。このアバターには文字どおり全てが入っているらしい。現状の安全確認は出来た。次はクエストジャーナルを覗くとしよう。
クエスト名:目覚めの起床
目を覚ました貴方はひとまず近くにある町へと足を進めた。道中は獣や山賊が出るので日の明るい内に動いた方が賢明だろう。町に付いたら衛兵やギルドの人員に助言をもらおう。貴方が戦いの達人であるならば、敵と戦ってみるのも選択肢だ。
クエスト名:ギルドカード再発行
現在所持しているギルドカードではいらない面倒事を引き起こすだろう。それは貴方の思い出にしまっておくべきだ……受付に向かい、上手い嘘を吐きながら再発行を申請しよう。発行には500Rが必要になる。
クエスト名:両替
貴方はパン一つを購入するのに大きな穴無し白金貨を使うつもりかい? それは自分が金持ちであると公言する様なものだ……ポケットに銀貨と銅貨を入れておく必要がある。山賊のポケットから拝借しておこうか。尤も、返す必要はないだろうが。
「……後ろふたつのクエストは聞いた事がない……もしかすると、やっぱりゲームの中に取り込まれてしまったのか? ……ああ、嫌だなぁ。こんな血なまぐさいゲームに入り込んじゃうなんて」
それなりにこのゲームは血なまぐさい表現で溢れている。攻城戦では血みどろの死体がそこいらに溢れかえる表現をしているし、真夜中には山賊達が小さな村を襲撃している事もある。大抵皆殺しにされているが、今は現実になっている。それだけでは済まされないだろう。
「装備はどうかな? いつも通りのお気に入りかな?」
ステータス画面から装備選択画面へと移動する。
銀糸のリボン
頭用防具:軽装 防御値 +20
重量:1
特殊能力:射撃距離増大(特)
付与能力1:弓術威力+100%
付与能力2:隠密確率上昇+100%
【アイテム説明】
極めて希少なミスリルの銀糸を使った柔らかく頑丈な布。
製法は最早伝わっておらず、過去に置き去りにされている。
魔法の触媒や魔法の伝達が早いそれは見事なまでの価値があるだろう。
しかしこれを女性に送ったとして、売り払われたり奪われたりするであろう事は明らかであり、人はそれを愚かと嗤うのだ。
墨染の羽織
胴用防具:軽装 防御値 +50
重量:5
特殊能力:消音
付与能力1:EP回復速度+350%
付与能力2:回避時無敵時間+5秒
【アイテム説明】
雷によって炭と果てた神樹、その炭を熔かして染められた薄着。
防御性能は皮鎧と比べるまでもなく貧弱であり、戦闘用ではない。
雷はかつて神の怒りと称された超常の産物であり、天の力の宿ったそれは
極めて高い耐魔の御業を宿すのだ。
神聖なる王樹の黒い腕輪
腕用装備:軽装 防御値 +30
重量:2
特殊能力:ステータス補正増大
付与能力1:片手用武器威力+100%
付与能力2:EP消費軽減 50%
【アイテム説明】
雷によって炭と果てた神樹、その残骸を削り作られた腕輪。
熔かされた金が魔術によって装飾されている。
神樹は朽ちてなお霊脈からあらゆる力を吸い上げると云われており、
この腕輪もまた、偉大なる地の力を宿しているのだ。
小粋な草履
脚用装備:軽装 防御値 +10
重量:2
特殊能力:なし
付与能力1:なし
付与能力2:なし
【アイテム説明】
草で編まれた履き心地の良い装備。
靴の様に靴擦れを起こさず、鎧の様にぎこちない動きをする必要も無い。
間違っても防具ではないことは明らかである。
【武器スロット 2/2】
神祭事の導槌(伝説的)
魔導鎚 攻撃属性:打撃
威力 500
重量:15
【アイテム説明】
遥か海の果て、東の孤島にて使用される、祭事の神槌。
槌とは木製のものを指し、これもまたその内のひとつである。
鈴の音が鳴り響く厳かな空間は即ち、神降ろしの神聖なる儀の場であり、
現世の定命では考えもつかない事が起こりうるものだ。
固有技能は『鼓舞』。
鳴り響く鈴の音はたちまちの内に響き渡り、戦士の心を揺さぶるだろう。
神代樹の魔導弓(伝説的)
魔導弓 攻撃属性:射撃
威力 3000
重量:10
【アイテム説明】
霊脈の上にかつて在った樹、その枝より作られた木製の魔導弓。
弦のない弓は総じて魔導弓と呼称され、魔力によって作られた矢が放たれる。
花を咲かせない筈の神代の樹は霊脈の力を根こそぎ吸い尽くし、やがて存在しない筈の実を付けた。
徒花であった筈のそれは最後に、自らを世界へと拡散させたのだ。
【装飾品スロット 3/3】
炎魔晶の指輪
重量 1
特殊能力:炎属性攻撃50%上昇・炎属性ダメージ50%減少
付与能力1:消費EP25%減少
付与能力2:支援魔法範囲拡大
雷魔晶の指輪
重量 1
特殊能力:雷属性攻撃50%上昇・雷属性ダメージ50%減少
付与能力1:消費EP25%減少
付与能力2:設置魔法上限+15
純エーテル結晶の首飾り
重量 1
特殊能力:付与能力性能上昇
付与能力1:魔法属性攻撃上昇
付与能力2:状態異常無効
「ああ、良し……これなら死ぬような心配事も減るだろう……よし、町へ向かうとするか。――ここらの町は……サウスウォーターの港町だったかな」
がさ、と足を動かす度にふわりと青臭いにおいが漂う草原。
ここからすべてはまた、はじまるのだ。