かかしの願い
信号機の金属と材質が似ている。とてもしなやかで高跳びの棒に似ていた。
これで飛んで来たのか。俺は窓から外を見下ろして息を飲む。
暗闇の駐車場に人がいた。いや人なのか? ボンヤリと目が光っている。
白いライダースーツの首元をはだけさせた――喉に黒い二重線が入った人間たちが――マンションを幾重にも覆っていた。どこかで見たようないでたちだ。
黒い喉……そうだ。武利木慶喜さんと似た格好だ。
「あれも――尾路異の知り合いか?」
「違うの。あれはノドグロ。魔法使いの心臓を……食べるために狙っているんだよ」
かかしは震えてうずくまった後、ナイフを逆手に握った。何度も深呼吸している。
「今――行きます!」
「おい待てよ!」
かかしは目に涙を浮かべた。
「オズヌさんは早く逃げて。お願い……」
傷だらけの少女。すりむいた手足。なんで思い当たらなかったんだろう……。
この子は何かに追われてきたのだ。何も食べず何も飲まず。ただ――ゲンロクの森を越えてここまで来たのだ。
下にいるのは『お化けと敵対する』お化けたちなのだろうか? かかしは子ウサギのように肩を震わせていた。命懸けで戦う覚悟……だから黒さんに謝ったんだ。
かかしの力では俺だけならともかく、2人は守れないかもしれないから。
勇気があるじゃないか。どうやら誤解していたようだ。
「このおまじないをすればあなたも助かるかもしれない。黒さんは私が守るから……早く目を閉じて……! 今からおまじないのキスをします」
かかしは俺のおでこに唇を寄せ……ごつ。歯がぶつかった。
「俺の頭は石頭で有名だ! むしろ凶器と言っても良い! 気をつけろ!」
かかしは顔を真っ赤にして泣き始めた。
「は……初めてだったの……じんじんします……」
人の気配がする。黒さんが小さくドアの隙間を開け俺達を見つめていた。
「青春の過ち。坊ちゃまの成長を写真に収めてみました」
「黒さん。覗かないでください」
「はい。かしこまりました」
俺はその場に座って息を吐いた。片目を開ける。
「話を聞かせてくれないか。俺はゲンロクの騎士見習いだ」
かかしはぽろぽろと泣いた。
「私の話、ここの人たちに理解してもらえなくて……聞いてくれたのは貴方だけなの。お兄ちゃんを助けてください……」
それがかかしの願いだった。