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この世界にドロシーはいらない  作者: 新藤 愛巳
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芯師(しんし)

 おじいが引退して、この町にお化けが溢れたのは三年前だ。その後、黒さんを拾って今に至る。人に歴史ありというヤツだ、お化けの暴れた痕跡を消す事に必死になった俺は技巧レベルを着実に上げ――結果マンション修理のスキルも上がっていた。


 見違えるようだと黒さんは褒め称えた。

 かかしは俺の席でご飯を食べている。手には王冠型のあざ


「オズヌさん……ごちそうになって……ごめんなさい」


 彼女は顔を隠すようにうつむいている、相変わらず細い声でしゃべる子だ。

 黒さんは人差し指でかかしを指した。


「お腹の音で彼女を発見しました。黒はよい家政婦です」


 不名誉な見つかり方だった。かかしはますます小声になる。


「……すみませんでした!」


 恥ずかしそうに黒さんに頭を下げる。


「いいのです。一人増えても二人増えても同じことなのですから」


 かかしは顔面を真っ赤にして震えた。


「空腹で天井をぶちぬきました~。ごめんなさい~!」


 ごしゃっ。謝りすぎてテーブルに激突するかかし。


「坊ちゃまの残り物を食べさせました。ごめんなさい!」


 どしゃっ。負けないようにテーブルに激突する黒さん。


「突風に舞いあげられてごめんなさい!」


「タンクに穴を開けてすみません!」


 最終的に二人は土下座して謝り始めたので、俺は二人を床から引き剥がした。


「やめないか。顔も身体も女の命だ。もっと大事にしてくれ!」


 黒さんは目を潤ませて感嘆した。


「名言でございます。坊ちゃま。顔も身体も女の命! このわたくしの下着にその文字を書きくわえておきます」


「よし! その状態で事故にあうなよ!」


 かかしがうんうんとうなずく。


「オズヌさんの言葉は恥ずかしい魔法みたいだね……静かに心にしみいるの……」


「いや、それは黒さんの言葉だ」


「黒さんは良い事を言うんだね……静かに心にしみいるの……」


 俺は静かに深呼吸した。


「君たち、むやみに謝らないでくれ。黒さんの落ち度じゃない。それにかかしも」


「どうして? ……謝らなくていいの? 私、この建物を壊したのに……」


「壊そうとして壊したわけじゃないだろう」


「う……うん。そうだけど」


 俺はかかしにほろほろシチューを差し出した。


「まだお腹が空いているんだろう? かしこまるな」


 彼女は黒さんがアイロンをあてた俺の洗濯物を指さした。


「オズヌさん、デニムが破れているよ」


「なんと!」


「オズヌさん、直しましょうか?」


「ああ、助かるけど……」


「それにね。私オズヌさんに話したい事があるんです! 聞いてくれますか?」


 俺は黒さんを見た。黒さんは大きくうなずく。


「黒さん。ちょっと隣の部屋に行ってくれないか?」


「かしこまりました」


 かかしはとても恥ずかしがり屋のようだ。


 主体が無く純真でもろい。


 力になりたいけど……どうなるんだろう、俺のおしゃれデニム。


「かかし……何か俺に話があるのか?」


「うん。オズヌさんはお伽の国ゲンロクを知っていますか?」


 かかしは深呼吸をした。


「私……ゲンロクの住人なんです。そこの『お化け』なの。でも、オズヌさんはゲンロクなんて何の事かと思いますよね? 霧の向こうに広がる世界で『惑わせ』がいっぱいいて、『人食い』がいっぱいいて『妖精』もいっぱいいて……『王様』が大変なの! お願い! 助けて!」


 俺は呆然とした。この子は何を言っているんだ? お伽の国の住人など黒さんの冗談ではないのか? ゲンロクなんて俺の手を引いたおじいの歩き間違いじゃないのか?


 常識的な思考が一瞬、俺を支配した。ゲンロクを信じる心の裏側で……俺の中に長年、息づいてきた否定が頭の中に静かに溢れだす。たどり着けなかった場所がそんなに簡単に現れるはずがない。俺は深呼吸し、静かにカフェモカに口をつけた。落ちつけ、落ちつけ。俺は子供のころにそこに通っていたんだぞ。


「驚かないの? ゲンロクだよ。お伽の国だよ。『人食い』や、『惑わせ』が存在する街だよ。危ない街だよ。もっと驚いてほしいの! 信じられないとか、常識の範囲で物を言えとか、俺は普通だからそんな事には関われないよ……とか! お医者を紹介してやるだとか! 今まで……みんなそう言いました」


 かかしはテーブルの陰に隠れて呟く。俺は動揺して飲みかけのカフェモカをこぼした。

 マグカップを転がし、液体をこぼし、洗いたての俺のシャツでカフェモカを拭く。


「その……本当にあるのか? ゲンロク?」


 捜していた場所があると聞いても実感が湧かない。

 お化けが住む街ゲンロク。火佐賀屋の兄はそこへ迷い込んだのだろうか?


 そしてこの子は本当にお化けなのだろうか。


「うん。嘘じゃないです……私たちは『お化け』なの……」


 かかしは首を一回転させた。ゲンロクの住人=お化け。考えた事もなかった。


 ゲンロクの住人全員が俺を狙っているのだとしたら――頭が痛くなってきた。


 俺は黒さんの作ったブラマンジェを一気に三個、平らげた。一息つく。


「すまない。動揺した。今まで色々すまなかった。今までお化けは俺の敵だったからどう接していいのか解らないんだ」


 ごしゃっ。心から頭を下げる。全力で謝るとかかしは顔を真っ赤にして小さく笑った。


「そう言ってくれた人は……初めてです」


 小柄のかかしは俺を見上げた。


「私、こっちの人は冷たい人ばっかりだと思っていたの」


「まあ中には手厳しい奴もいるけどな……」


 火佐賀屋様みたいに。かかしは曲がったスプーンを宝物のように握りしめる。


「私は一生懸命捜していたの。本物の魔法使いを」


「さっきのアレは将来、孫に好かれる素敵な『おじい』になるための手品で……」


「手品でも何でもいいの。超能力でもいいから……本物の魔法使い――尾路異さんの居場所を教えて欲しいんです……」


「おじいはただの……叔母さん……」


 かかしはマーカーを取り出した。マンションに置かれたステンレスの流しに点線を描く。

 ナイフの形をした点線。かかしはそこからステンレスのナイフを取り出した。


 そして大きく深呼吸した。強く握りしめる。


「私は尾路異さんを命がけで守りに来たの!」


 ながしにナイフ型の穴があいている。俺は思わず拍手する。ぱちぱち。


「後で直してくれますか? かかし」


「ごめんなさい、ごめんなさい~!」


「かかし。それこそが真の魔法じゃないか」


 俺の手品とはクオリティーが雲泥の差。本物だ。家の隅にうずくまりかかしは呟く。


「これは芯師の術なの。ものごとの本質をとらえ、物にする技で――ゲンロクからこの国に来た人は芯師の技が使えるようになるの」


「芯師か……黒さんが言っていたな」


「私は今――責任ある立場にいて……何をどうしていいかわからなくて……だからこっちの世界の魔法使いを迎えに来たんです! 尾路異さんの居場所を教えてください……! お願いします……」


 俺はマンションの外を見た。とんでもなく長い棒がうちのマンションにもたれかかっているのがわかった。彼女がどこからか取り出してきたものだ。芯師の術で。

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