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この世界にドロシーはいらない  作者: 新藤 愛巳
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エピローグ

 後日、俺とかかしはノドグロの森へ出かけた。流れた街は元通りになった。


 俺と黒子さんたちが二週間奮闘して建物を再建した。流れたネッコ族が返ってくるまでまだまだ時間はかかるだろうが……。


「武利木さん。妹さんが呼んでいるよ」


 王様に許された武利木さんは木の上から飛び降りた。武利木さんは存在を取り戻しつつある。かかしは顔を真っ赤にして兄の前に立った。


「お兄ちゃん。ごめんなさい!」


 武利木さんはほほ笑んだ。


「お前の心がゆるぎない大樹になるのを待っているよ」


 それが武利木さんのメッセージだった。かかしは大声で泣く。


「この世界にもうドロシーなんていらない。要らないよ、オズヌさん……」


 要らない。本当に要らない。妖精は去り、かかしは本当の王様になった。

 俺はもう必要とされない。それは嬉しい事だった。かかしは強い笑顔を見せた。


「ありがとう、オズヌさん。私はこれから一人で何とかやってみます。だから時々は会いに来てください。縁野小角として。これがゲンロクの通行証です」


 俺は緑色の魔法の鍵を受け取った。かかしは俺の胸に顔を埋める。


 かかしの顔には決意がみなぎっていた。いい顔だ。心なしか少し大人びて見える。


「大切にするよ。かかし、またな」


「はい」


 かかしは泣いた。それは何の涙かわからなかったけれど、俺は温かい涙だと思った。


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

 ひと息ついて……うつし世に帰った俺はいつものようにゲンロクの井戸に通う。栓を抜き、悪意を流し、街灯の先、道の先でいつもの時刻、いつものように彼女と出会う。


「やあ。火佐賀屋様」


「縁野くん、聞いて驚いてほしいの。行方不明の私の兄が帰って来たの」


「そっか」


「またどこかに行くけど私の所為じゃなかったみたいなの。心配して損をしたわと思ってみる。取り越し苦労ね」


 火佐賀屋様の兄……火佐賀屋日向ひさがやひゅうがさんは高野山を抜け出して海外のNPOで働いていたそうだ。先祖伝来の火佐賀屋家のお寺はお弟子さんが受け継ぐようだ。


「縁野くん。馬鹿な縁野くん。私のためにゲンロクまで行ってくれた馬鹿な縁野くん!」


 火佐賀屋様は嬉しそうな真っ赤な顔をしていた。


「ありがとう……と思ってみる」


 俺は耳元でささやかれたので硬直した。


「かかしを助けてくれてありがとう。おかげでなぜかしら、気持ちが軽くなった気がするの。自分でも不思議なんだけれど――」


 あの夜に出会ってから、初めて火佐賀屋の目元が柔らかく緩む。

 本当の本物の笑顔。


 『顔のない妖精』が浮かべていたような優しい柔らかい微笑みで火佐賀屋様は俺を見た。


 彼女の目は闇落ちなんてしない――普通の力強い人間の目に戻っていた。


「貴方とは私が友達になってあげる。私が退屈させない。だから毎日楽しく学校に通ってくればいいと思ってみるから……だから……だからね」


 告白でもされそうな雰囲気に俺は戸惑った。声も裏返る。


「ひ――火佐賀屋」


「なあに? 縁野くん、いきなり呼び捨てにするなんて馴れ馴れしいよ?」


「頼みがある。今度、靴下を脱いでくれないか。グラビアポーズで」


「仕方のない人ね。今度プールで見せてあげる。しかしジロジロは見ないでよ。恥ずかしいから……」


 火佐賀屋は頬を染めてやわらかい唇を尖らせるので俺はドキドキした。


「火佐賀屋様。水着は見てもいいのにどうして下着を見てはいけないんだろう?」


「縁野くんは世界史を知らないの? 古代ローマ帝国でビキニは女性の体操着だったんだよ! 見ても良いに決まっているじゃない」


「なんて魅力的な体操着なんだ!」


 俺たちは歩きだす。


 火佐賀屋様の手に刻まれた王様の印は消えなかった。


 ゲンロクとは……かかしとは何だったのだろう。


 俺が推察するに、あの場所で俺たちが命懸けで挑んでいた問題は――一人の少女が子どもの頃に抱いた――ただのトラウマだったのかもしれない。


 それを乗り越えようとする力と相対する力の攻防だったのかもしれない。だとしたら俺はただの黒子の一人だったわけだが。


 彼女はいろんなものをひっつけるので真相はわからない。


 火佐賀屋様は心からの優しい笑顔で振り返る。


「縁野くん」


 君が笑うだけで、心臓が早鐘を打つ。脳はドーパミンを分泌し、脳のグリア細胞が忙しく動き出す。それだけでこんなに胸が――足取りが軽くなる。


「縁野くん、私も王様だからついでに守って。新年に年賀状も出ししてあげる。今から私の住所を耳元でささやくから――もしよかったら返事をください。ハガキでいいかしら」


「憧れの、お年玉年賀はがきで!」


「くすくす。七枚送るね。縁起が良いでしょう? それでもしよかったら私を恋人にしてくれないかしら?」


「ええ!?」


「嫌?」


「ううん。いい」


「本当にいいの?」


「いいに決まっているだろうが! お前の足をもっとよく僕に見せろ!」


「こうかしら」


 僕は鼻血を吹いた。


 ああ、恋人っていいな。


 あの世界にドロシーはいらなくなっても、どうやら俺には居場所が出来たようだ。


 俺は『役小角の魔法使いかもしれない』という本を閉じる。


 家に返って、秘蔵のフルーツバームクーヘンとマスカットティーを頂こう。

 何でも自分の物にしてしまうくっつけ屋の君と一緒に明日の話をしよう。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

感謝です。

もっと良い作品にしたいので感想があったらよろしくお願いします。

あなたの心に残る作品になりなすように。

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