かかし間奏
かかしは妖精の館に飛び込んでその長い廊下をひた走っていた。深呼吸する。
「私が子どもたちを助けます!」
あの時、ドロシーが消えた後、かかしはそう言い放った。
「出来るわけがない」
ネッコ族はそう言った。
「私、変わらないといけないから! 行ってきます!」
そう大声で叫んでここに飛びこんできた。無謀だったと思う。
でも、一歩でも前へ進まないと心が死んでしまうと思った。
通路の右左を警戒し、王の印から取り出した黒の鍵を強く握る。
「ここは妖精の館。武器はこれだけ」
ピエロのお化けやおもちゃたちをかわしながら奥へと飛び込む。
上手に戦えないからかかしは傷だらけだ。それでも進む。恐くないと言い聞かせる。
「誰にも頼っちゃ駄目だ。頼ったら負けだ。自分の力で何とかしなくては」
一番奥の大きな部屋で……リボンのついたガラスの箱に閉じ込められた子どもたちが泣いていた。
「羨ましかった。そんな風に泣きたい。会いたい人が居るからだ。そんなに辛そうに泣くのは。私には会いたい人もいない。好きな人もいない。褒めてくれる人もいない。みんな簡単に人を醜く誤解するから、本当の幸せなんて世の中にはないよ。でも待っていて。貴女は助けるよ。雷子ちゃん。私はその為に来た。あなたのためだけに来たんだよ」
「怖いよ~。妖精に顔を喰われるよ~! やだよ!」
子どもたちの視線の先には鍋がある。かかしは考える事をやめた。
かかしは黒い鍵を巨大な両手剣に変えて――それを引きずりながら歩く。
「動かないで、落ちついて!」
子供たちは顔色を変えた。
「ひいぃ、王様に殺される!」
「それもこれもドロシーが消えたからだよ。助けてぇぇぇ」
かかしは力をこめて鍋とガラスの箱を切り裂いた。
「人の所為にしない!」
そう叫んでわかった事がある。解ってしまったことがある。
「私も一緒だ。一緒なんだ。今まで全部――ネッコ族が悪いのだと思っていた。『顔のない妖精』が悪いのだと思いたかった。他の何かの所為にすれば、そうすれば楽になれると知っていた。ズルをした。その事に気がついて愕然とした。私もみんなと一緒だった」
ふふふ☆ どこからか、忍び笑いが聞こえる。
「全部人の所為にしていた。そうですよね☆ 王様さん?」
かかしはぞっとして振り返った。
「王様さんは腑抜けですね☆ ここは私の家だから、防犯システムは万全なのに☆ うふふ☆」
壁から溶け出すように妖精が現れた。顔から煙がもうもうと上がっている。
「先の戦闘で芯力を使いすぎました……スペアの顔が崩れます……☆ 大切に使っていたのに☆」
魔女の顔の下は相変わらず宇宙のように光っていた。
「ねえ子どもさんたち、怯えないで代わりの顔を私にくださいな☆」
鎧を着た真っ黒なお化け達が妖精の周りで合唱する。
『顔が欲しい、顔が欲しい。でも子供の顔は小さいから……妖精のためにたくさん集めないとぉおっ。たくさあぁぁん』
雷子ちゃんが子供たちの手を握りしめて震えている。
私には何が出来るだろう?
子どもたちは泣き、かかしは芯力を取り出すマーカーを手にした。
床にレンガの壁を描く。
「閉ざして!」
この子たちを守って。
大きな城壁を描く。なんで来たのか自分でもわからない。
「変わりたいと思ったから来た。変えたいと思ったから来た」
妖精との間に防壁が生まれる。妖精との間に深い砦が築かれる。
防壁はどんどん大きくなって、妖精と子どもたちを隔てる。
その時、燃え立つように妖精の背後には鎧を着て鉄やりを装備した魔動兵器が現れた。
不気味なピエロの兵隊がガチガチと歯をむく。妖精は嘲笑った。
「こんな防壁で私を締めだせると思っているんですか? 王様さん? 私を閉め出しても意味ないですよ☆ だって殺しても……新しい妖精が生まれるんですよ。妖精を殺すなんで無駄じゃないですか☆ その場しのぎの王様なんて何の役にもたたないんですよ☆ 絶望してください☆」
「黙って!」
嫌なことは聞きたくない。何にも聞きたくない!
妖精が跳んだ。正面にいるかかしに爪を振るう。ノドグロさんを砕いた力。
それがかかしの防壁に深い傷をつける。防壁に亀裂が入る。
妖精の顔の向こうから不気味な声がする。
「私的に思うのだけれど、前の王様を呼んだらどうですか? かかしちゃん☆ ああ、でも無理ですね☆ そうですね☆ 呼べませんよね☆ だって貴女が倒したんだから。あなたが止めを刺したんだから。だったらドロシーを呼べばどうですか? あの人の心臓をくれたら、私に逆らった事を許してあげてもいいですよ~☆ 子供たちもみんな助けてあげますし。悪い話じゃないですよね?」
かかしは想いを捨てるように目を閉じた。
「閉ざして!」
かかしは防壁を築いた。巨大な防壁を築いた。
これは防壁じゃない。妖精を閉じ込めるための檻。
芯力は物の本来の力を引き出す力だ。館ごと、私ごと、妖精を閉ざして、私を壊して。
私を潰して……お願い。