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この世界にドロシーはいらない  作者: 新藤 愛巳
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妖精を倒す魔法

「ドロシー様を守るぞー!」


「了解ですー!」


「ありがとう。感謝するよ」


 ネッコ族は街に防壁を作り、俺と雷音様の娘は今日も反復練習を行った。

 ネッコ族は俺に優しい。心の底から尽くしてくれる。


 おじいを信頼しているから、俺を助けてくれるそうだ。俺の行動を信じてくれるそうだ。

 恩を返したいのだそうだ。


 おじいの事を思い出す。


 尾路異は、俺がおじいと呼ぶととても嫌がった。嫌がるおじいのその態度が面白くて、その渾名で呼び続けた。子供って結構残酷だ。でもおばさんって呼ぶともっと怒ったんだから仕方ないと今では割り切っている。


 前のドロシーはどうやってここを平和にしたんだろう?


「ああ……もう出来ねえよ。やっぱり出来ねえよ。攻撃魔法がないんだよ。攻撃魔法って何? 黒子さんたちを操る魔法しか使えないし、黒子さんたちは蝶を追いかけて遊び始めるし、俺は向いてない……向いてないんだよ。昼寝したい。綺麗なお姉さんの足をいっぱい見たい」


「弱音を吐いてはいけません! 集中力を持ちなさい。全裸になれば火もまた涼し!」


 雷音様の娘さんは辛辣だった。


「いや、それはきっと熱いだけですよ! 師匠!」


 俺は剣を振るった。


 ネッコ族によると、『顔のない妖精』は、武道でも、剣技でも倒せないという話だった。

 だったら魔法を使うしかないのだけれど。


 かかしが芯師の天才なら、俺は普通の人より素質がないみたいだった。反復して反芻はんすうして、少しずつモノにしていく事しかできない。


 こういう感覚は自転車に初めて乗る時に似ている。

 乗れるか乗れないか、それだけのことなのだ。


 かかしは日だまりに寝転がっている。


「気持ちいい……」


 俺は雷音様の娘の手ほどきを受けながらシオリを振りまわす。

 俺がのろまな亀なら、かかしは眠るウサギ、火佐賀屋様は努力するウサギだ。


「火佐賀屋様のアドバイスが欲しかったけれど、彼女は俺が気づくまで待つタイプなんだよな」


 それに最近会いに来ないのはどうしてだろう。


「俺に飽きたってことかな」


 俺が面白くなくなったのかな。退屈したんだろうか? だとしたら、最悪だけど。

 彼女も危ないけどあの子も危ないんだよな。危ない奴ってほっとけない。少し前の俺みたいだ。

 俺はかかしを見つめた。手には完全なる王の印。


 火佐賀屋様の手にも反転した印があった。火佐賀屋様は何でも自分のモノにしてしまう。

 性格、属性、特技、気持ち――そして今度は王の印。


 火佐賀屋様は携帯をしない。テレビを見ない。ネットをしない。全部、自分にくっつけてしまうからだ。雷音様の娘の人差し指が俺の懐にねじ込まれた。


「貴方の負けです。お前、雑念が酷いです。素手の私に負けるとは、学習出来ていませんね。私は悪い弟子を持ちました。不服の極みです」


「師匠、俺が一番ショックです。子供に負けるなんて」


「子供だから負けるのではありません。経験が物を言うのです。お前は私から何かを学ばなくてはなりません。王様も何か言ってください!」


 かかしは小さくほほ笑む。


「ご飯食べよう。電子でんしちゃん」


雷子らいこです、電子ではありません。王様は子供をからかって楽しいですか? 不快です」


「王様ゲームしよう! 雷子ちゃんが王様だよ」


「は、はあ。まあ、いいですけど、別に……変な王様ですね」


 意外と話がはずんでいる。よかったな、かかし。


「休憩にしないか。かかし、師匠」


「了解いたしました」


 かかしはスパイシーフルーツサンドを口にした。


「おいしい!」


「そうか?」


 雷音様の娘は子供らしく、草食動物のようにもくもくサンドイッチを食べている。


 顔がクリームでべとべとだ。そんな師匠は僕の視線に突然キレた。


「お前、これは、この地方で一番はやっている食べ方ですよ。じろじろ見てはいけません」


「嘘つけ。そんなことはどうでもいい。生足を見せろ」


 かかしは勢いよく顔を上げた。


「ねえ、オズヌさん。オズヌさんはゲンロクが好きなの?」


「そうだな、どっちかと言えば好きかな。かかしは嫌いなのか?」


「だってパシられてばかりだよ。オムソバパン買ってこなきゃ、朝の朝礼も聞いてくれない人たちだよ……どう付き合っていいかわからないよ。王様気分になれないよ!」


 かかしは拗ねたように呼吸を吐き、俺と師匠は爆笑した。


「がっかりクオリティーだな。そうだ。君に合うキャッチフレーズを考えよう」


 師匠が手を上げる。


「『ノドグロの洗い方、最高です!』」


「それなんか凄いかも、凄まじいかも」


 かかしは頬を赤く染めて拳を握りしめた。


「その洗い方は誰に習ったのですか?」


 かかしは顔を曇らせた。喜びと反対のベクトルでささやく。


「私……大事なことは全部お兄ちゃんに教わったよ」


「お母さんではないのですか?」


 師匠の発言にかかしはぎこちなく笑った。


「ウチね。お母さんがいないの。ある日、突然、枯れちゃった。オズヌさんはわかんないよね。私たちは根だから、ある日、突然枯れる事があるの。でもそれを埋めるように、お兄ちゃんが私を可愛がった」


 毎日泣いて暮らしたから……救われたとそう言った。


「倒れる前に手を差し出して、泣く前に欲しい物をくれた。私は……お兄ちゃんが大好きだった……」


 俺はどんな顔をしていいか解らなかった。かかしは頭の上の王冠を手にした。


「ねえ、オズヌさんがここの王様してみない?」


 そんな事を言われても。


「ここの王様は君だ。俺には無理だよ」


「でも人の上に立って何かを導くなんて――やった事が無いから――困っているよ」


 俺は身を乗り出す。


「混乱しているのは君だけじゃない。俺も困っている」


「オズヌさんが?」


「俺がドロシーの衣装を着るとノドグロが顎を外すほど笑うんだ。あいつらのあごをへし折ってやりたい」


「それノドグロさんたちの前で言っちゃダメだよ。食べられるよ。せっかく仲良くなったのに!」


「悪いのは夜中に俺を味見しにくるあいつらだ。今度来たら全員にストッキングをはかせてやる! きっそ壮観だ!」


「それはすごい光景だね!」


 生き残ったノドグロたちはみんな野原ですやすや昼寝をしていた。

 みんな青い顔をしていて、怪我をしてうずくまっている者までいる。


 これ以上減らしたくない。


「私はノドグロさん達に食べられたいのに食べてくれないよ。オズヌさんが羨ましいな」


 俺は沈黙した。本当に羨ましそうにかかしは笑うのだ。やっぱり壊れているんだろうか。


「そんなに王様をやめたいか?」


「成りたくって成ったわけじゃないよ」


 かかしはサンドイッチを口にする。


「ねえ、オズヌさん。私、服なら、何とか出来るよ。裁縫は得意なの」


「そういえば、君は俺のデニムを素敵デニムにしてくれたんだっけ?」


 かかしは狼狽した。


「私――オズヌさんのこと少し好きかも」


 俺はフルーツ牛乳をふきだした。


「フルーツがもったいないじゃないか!」


「オズヌさん。牛乳はどうでもいいということですか!? 牛さんに突撃されるよ!」


 かかしのとなりで必死にパイナップルハンバーグサンドを食べていた師匠が勢いよく振り返る。


「お前、吹き出す前に飲み物を飲んではいけません! お仕置きですよ」


「それがあらかじめわかっていたら飲んでいません。師匠!」


 顔を上げるとかかしが真剣に俺を見つめていた。


「オズヌさんは枯れないで。根が見上げる美しい花でいて。私は本音でしかしゃべらない人に会ったことが無かったの……だから。いつか居なくなってしまうとしても、私の事、忘れないで」


 まあ、俺はいつかうつし世に返るから……。この子は寂しいんだろうな。

 師匠はかかしの頭を撫でた。


「かかしちゃん。全裸で叫びなさい。そうすればすっきりします」


「師匠……時代が貴女に追いつかない!」


 こうしてなだれ込むように腹ごなしの激しい訓練は再開され、俺は食べ過ぎた事を激しく後悔した。後悔しながらも、知らない地で愉快な知り合いが出来た事に安堵していた。

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