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この世界にドロシーはいらない  作者: 新藤 愛巳
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クレープを食べよう

「はいはい。耳かきだよ~。フルーツだよ~。お神酒だよ~」


 元気なかかしはよく働いた。俺もよく働いた。必死でゲンロクの行楽弁当を配った。

 ノドグロ達の希望を聞いてまわった。途中から花見のようなグダグダなノリになってしまったけれど、ノドグロ様たちは飲めや歌えの大騒ぎでほろ酔い気分だった。


 火佐賀屋様はその真ん中で暢気に行楽弁当を食べている。

 グラビアポーズで意味もなく俺を悩殺していた。何を考えている。


「縁野くん。接待がなっていないわ。私をもてなさないと後が酷いんだからね」


「開脚するな、火佐賀屋様」


「オズヌさん。ノドグロさんのお世話が出来るなんて凄いね」


 かかしは必死で働いていた。俺のおぼろげな記憶の中の昔の火佐賀屋様を彷彿とさせた。

 どうして火佐賀屋様はこんなになってしまったんだろう……。なにがあったんだろう。


 そんな事を質問してもきっと彼女は答えないだろう。だから俺は心を切り替えるのだ。


「かかし、君って深いよな。接客の天才じゃないか」


 こういう事には特化しているようで手際もいい。そのコツを教えて欲しいくらいだ。


「オズヌさんはノドグロさんと話をつけてくれたんだね」


「いや、ノドグロ様たちの通訳と話しただけなんだけどね」


「よくわからないけど、凄いんですね」


 彼女はビニールプールの中で沢山のノドグロの背中を洗う。


「どうですか? 痛くないですか? 気持ちいいですか?」


「オロロ~ン」


「気持ちいいって。ふふふ。嬉しいな~~」


 俺たちは火佐賀屋に届けてもらった赤ちゃん用ボディソープでノドグロの背中を必死に洗った。黒子たちも俺たちを手伝ってくれた。黒子たちを手足のように扱う能力、ドロシーの魔法がまともに役に立ったのは初めてかもしれない。


「オロローン」


「ノドグロ様、どこが痒いんだ?」


「今度は左である。かかぬとお前なんぞ食らってくれる。成り損ないのドロシー」


「食われそうになったら俺だって貴方たちを食べてしまうけど良いか?」


「ふはは。知っておるか、今日の雷音の占いではお前は食われた方が幸せだと出ていたぞ!」


「なんと! それは本当か!」


「縁野くん、馬鹿ね! 間に受けたわね!」


 火佐賀屋様のツッコミが耳に痛い。俺たちは火佐賀屋様が準備した子供用ビニールプールでノドグロ様たちを次々と洗っていく。こうして見るといろんなノドグロ様が居る。みんな白面で喉に黒い二重線が入っているのだけが共通点だが。大人もいれば子供もいる。


かかしは泡だらけで顔を上げた。


「任をまっとうせずに死んだ王様はノドグロになってここを守るんだって。偉いね、ノドグロちゃん」


「オロローン」


「あ、それで俺をかじったらこの世界に復帰できるのか……」


「お前はうまそうである」


「口の中でとろけそうである」


「油が少し乗っていそうである」


 食い気だ。食い気でこの人たち俺を狙っていた。中トロと同じ扱いかよ。


 大トロと言わないのは俺の美徳だ。こう見えて俺は引き締まった体をしている。

 これで本当に信頼関係が築ければいいのだが――。


「今から腹いっぱいお神酒とスイーツを食べてもらう。俺より美味しいから覚悟しろよ」


 かかしは明るい顔をした。


「オズヌさんはスイーツも作れるの?」


「秋祭りのバイトでクレープを何度か。結構評判良かった。お前も食うか? 相当うまいぞ」


「素敵だね」


「よし、並べ!」


「オロローン。オロローン」


 ノドグロ様たちは浮かれている。


「ここのお勧めフルーツは?」


「梅桃ジャムに蜜バニラだよ」


「オロローン」


 ノドグロ様たちは嬉しそうにかかしに懐く。王様って得なんだな。怖い者にも愛される。


「美味しかったね、ノドグロさん」


「オロローン」


 俺はすべてのノドグロ様たちにクレープを作って膝をついた。疲れたけど充実感はある。


 ノドグロ様たちがこの場に百人以上いたのは大誤算だったけど……と思ってみた。


 いつまでたっても作業が終わらない……。僕は恩を着せることにした。


「どうだ、ノドグロ様、旨いと言え!」


「オロローン。オロローン」


 梅桃クレープを配り終わる頃にはノドグロ様たちは俺にも懐いていた。ついでに火佐賀屋様も俺に懐いてくれればよかったのに。彼女は無表情でもぐもぐクレープを頬張っている。グラビアポーズで悩ましげにクリームを下ですくいとった。


「おいしいわね」


 いつの間にか……かかしが俺に懐いていた。俺の腰をぎゅっと握っている。小さなかかしの隣に並ぶ。


 君の足首を見せてくれませんかね。綺麗な脚が見たいんです。


「かかし、君と妖精を倒す事になったよ。妖精がゲンロクを狙っている」


「うん……ノドグロさんから聞いたよ」


「成功すれば街が戻ってくる。素晴らしいじゃないか!」


「いやだよ。私――この街を防衛したくないよ」


「え」


「戦いたくないよ……怖いよ」


「お兄さんを助けるのが君の望みだろう? 必ず助かるさ」


「オズヌさんは私に良い所あるって言ってくれたけど、おかゆも半分食べてくれたけど……久乃ちゃんがお腹壊したって知っているよ。庇ってくれなくてもいいよ。普通に接して欲しいよ。怒ったって良いんだよ。私、強い子じゃないから戦うなんて恐いよ。恐ろしいよ」


 ぽつぽつと涙が落ちる。ビニールプールの水面に雫が落ち、波紋が拡散していく。



「私は! 何の役にも立たない王様なの……!」


「オロローン」


 ノドグロさんたちは悲しそうに泣き始めた。


 俺は両手を組んで草むらに寝転がった。


「かかし……そのクレープうまかったか?」


「……うん。凄く美味しかったよ」


「俺が初めてそのクレープを作った時、不味くて吐いたんだぞ。あはは」


 かかしは驚いて顔を上げた。


「嘘! 嘘だよ。オズヌさんがそんな失敗するわけがないよ! こんなに美味しいものを作るのに!」


「いや。それが失敗したのさ。刺身と納豆とコーヒーとタバスコとラー油入れたんだ。俺の好きなモノを集めて美味しい味を作ろうと思って。わからなかったんだ。混ぜすぎるとあんなに不味くなるなんて思ってもみなかった。材料も古くて腹も壊れたし……あはは。誰でも通る道なんだよ。お前だけじゃねえよ。失敗するのは」


 かかしは顔を赤くした。大声で泣く。


「実は……私もイメージでおかゆに七味と刺身とイカスミと納豆を入れてみたの。うまくいかなかったよ……うぅ」


 俺はシオリを握りしめた。笑う。力いっぱい笑う。安心しろ。


「なにも泣くことはない」


「う……うん」


 かかしは俯く。俺は余ったフルーツに静かに齧りついた。


「妖精とは俺が戦うよ。あいつは俺を狙っているしさ」


「オズヌさんが狙われているの?」


「平気だよ。俺はゲンロクの騎士見習いだから、払いのけてやるよ」


 俺が妖精を倒せば、ネッコ族もきっとかかしを認めてくれる。そうしたら妖精が倒せてゲンロクも復活できる。ノドグロたちはゆらゆら揺れて俺たちを見た。


「ドロシーを鍛たえてやるのである」


「魔法のコツを教えてやるのである」


 ノドグロ様たちが協力してくれるなら、こんなありがたい話はない。


 火佐賀屋様が遠くで満足そうにうなずく。俺はこれから何人を様付けして呼ばねばならないんだろう。でも、協力者が増えるのは嬉しい。


「王に優しいドロシーの成り損ないよ。我々をまた暴飲暴食させよ。お前を食うのは妖精ではない。我らである」


 ノドグロ様たちはそうつぶやくと肩を揺らして誇らしげに太陽に顔を向けた。

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