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この世界にドロシーはいらない  作者: 新藤 愛巳
16/27

パシリのエキスパート

 俺は唐突に一本の線がつながるのを感じた。


「かかし。その悪い妖精には顔がないんじゃないか?」


「え?」


「『顔のない妖精』がこの街を狙っているんだ」


 かかしは唇を震わせる。


「私……オズヌさんが心配だよ。『顔のない妖精』と戦ったの? うつし世の人がそんなに簡単に傷だらけになるなんて知っていたら、私……絶対連れてこなかった!」


「雷音様の娘と戦ってわかった事だが、お化けはめったなことでは傷つかないらしい。武器で刺してもついても死にはしないか」


 その体は相当頑丈に出来ている。黒さんから授かった力を使わない限り倒せない存在だ。


 敵ではないとはいえ、雷音様の娘と生身で相対するのだから僕にもそれ相応の擦り傷は出来る。加減をされていても、力を緩められていても傷つく。


「心配すんな。ドロシーは負けないよ」


「相手は妖精だよ! しかも『顔が無い』んだよ! 『顔が無い』ってことは顔を壊されても……そんな状態になっても生きていける。そんな根なんてなんてもう化け物だよ! 絶対勝てないよ!」


「根じゃない。あれはもっと違う何かじゃないかな」


 かかしは蒼白になった。


「じゃあ実なのかな? 特別な存在だよ。花の中に……人間の中にたまにいるの」


 かかしは木陰に顔を隠す。


「恐い」


「俺一人で戦うわけじゃないから平気だよ。みんなに声をかけて――」


「みんな私の話を聞いてくれないよ!」


「勇気を出せ、君にもいい所があるだろ」


「どこ? どこなの?」


 かかしが自信なさそうにうつむくので俺はその隣に座りこんだ。


「裁縫得意だし、俺におかゆを食べさせてくれるし……いいところいっぱいあるだろうが!! 馬鹿だな。裸足になれ!」


 かかしは赤面し、柱の陰に隠れた。


「ダメ、食べさせられない!」


「どうして?」


「オズヌさんが……私に変な魔法をかけるから!」


 かかしはおかゆを残して逃げるように去っていく。


 嫌われたか。俺って最近よく嫌われる……。

「せっかく憧れのゲンロクに来たのに。上手く行かないな」


 かかしが消えると同時に火佐賀屋様が仁王立ちで現れた。


「女にだらしない男は嫌いよ」


「嫌われたのにか?」


 火佐賀屋様はよろめいた。


「とんだ色男だね。腹の下る魔法をかけてあげたいわ。エロエロ医務医務!」


「君は自由だな……」


 俺はかかしの黒いおかゆを一口食べる。

 一口食べて血の気が引いた。甘くて辛くて酸っぱい。


「縁野くん。顔が紫色よ」


「君の腹の下る魔法の所為だ。はぐっ」


「縁野くん、顔が黄色よ」


「そろそろ、そのエロ医務室魔法を解除しろ、火佐賀屋様」


「おかしいわね、そんな魔法は最初からないんだけど……縁野くん、顔が灰色だよ。もはや我慢大会だというのね!」


 俺は自分の口におかゆをねじ込んだ。


「あいつ、そうでなくても自信がないのに、これ以上、落ち込ませるわけにはいかないんだよ……今日――寝込んだとしてもこれは全部食べる! お茶碗一杯が何だ。食べろ、食べるんだ。うぅぅ。スプーンが進まない。死ぬ」

 火佐賀屋は俺の両手からお茶碗をさらった。


「ドロシーがお腹を壊したらしたらこの世界はどうなるの? 私が食べるから」


 火佐賀屋は黒いご飯をかきこむ。時々顔を真っ赤にして咳き込む。


「おい、平気か?」


「平気なわけないじゃない!」


 ですよね。


「あの子は寂しい子ね。友達なんて誰もいない。みんなに振りまわされているだけ」


「君と同じなんじゃないか? 大勢に囲まれていたけど、退屈だったんだろう?」


「わかったような口は利かないでほしいの。不愉快だわ。子供のころは誰もいなかったから引き寄せたのよ! それの何が悪いの?」


 瞬間、奇妙な違和感を覚えた。

「たくさんの青い矢印が一斉に俺たちに向かってくるのが見える」

「そんなもの見えないわよ」

 奇妙な感覚だ。これがドロシーの感覚なのか? 俺は火佐賀屋様の隣に立った。深呼吸する。


「一二三……気配を消した敵がいる。ここを囲んでいる。火佐賀屋様、動くな。敵がいる」


 敵の視線の視覚化が俺の目の中で行われている。見える。


「青は魔の色だ。昔の絵師は魔を表現する際に青い色を塗っていたそうだ。深い闇の色」


 魔の息遣い。ざわざわと言う気配そのもの。それを感じ取る。


 林で――何者かがゆすった故意の木の葉の揺れを感じたような感覚。


 その気配が一瞬で消えた。なんだったんだ。


 木々の向こうで白いライダースーツがうごめいているのが見えた。あれって。


「火佐賀屋様、囲まれている。気づいているか?」


「気づかなかったよ。説明をお願するわね」


「ノドグロだ。ノドグロが俺たちを狙っている」


 白い顔。真っ白なライダースーツ。その下から覗く喉に黒い線を持つ……人の形をした化け物の群れ。

 

 自然と言う名の世界のバランサーだとかかしは言った。


 ノドグロたち。


 彼らには王のルールを破るものを駆逐する。そんな特性があるらしい。


 それらがニタニタと笑った。


「見つけたり」


「我ら見つけたり。ドロシーを見つけたり。心臓を食わせろ、小僧」


「お前の心臓を」


 ドロシーって大変なんだな……。


「お前ら全員脱毛してもらえ。なんて本気で思ってみる」


「あれが……ノドグロなのね。きゃー、恐いわ……」


 取り乱す火佐賀屋様。また何かをくっつけている。今度は可憐な少女の役か。


「平気だろう、君は平気な方の子だろう?」


「よくぞみやぶったわね。どうってことないわ」


「開き直るなよな」


 火佐賀屋様は緊張した面持ちで低く構えた。ノドグロは一斉に襲いかかってきた。地面までのびたつめが地を這う。俺は懐からシオリを取り出す。


「俺は心臓をまだやるとは決めてない。行くぞ」


 瞬間、ブレーキがかかった。おかしいな。お化けを殺す力が湧いてこない。

 力が入らない。こんな事は今までなかった。原因は多分、単純なことだ。


「あ……腹が空いた……腹が空きすぎて動けない」


 空腹はある意味ステータス異常だった。くそ。


 ノドグロたちはゲラゲラ笑った。火佐賀屋様が俺の前に立つ。


「気をしっかり持って! 不様でも構えてよ。縁野くん」


「ああ。君の合気道があれば百人力だ。信じている」


「それが、お腹が壊れて――私いつでも死ねるわ」


「何をやっている!」


「縁野くんは愚かだね。この役目……本当は貴方の役目だったのよ。私は気をまわしただけ。気をまわして、辛くて生臭いご飯を食べただけ。どう、気が利くでしょう? なんとかして」


「この世で君だけが頼りだった!」


 火佐賀屋様は腹を抱えてセクシーポーズでうずくまっていた。


「縁野くんに頼られるとは……私も偉大になったようでとても愉快だね」


「火佐賀屋様。君はいつだって尊大だよ! と思ってみた」


「縁野くん、もしかして……口癖を変えたの? せっかく御揃いにしようと思ったのに」


「今頃気づいたか。そして口癖をそろえる友人なんて聞いたことないぞ」


「退屈しないから、いいでしょう?」


 睨むような視線が可愛くて胸がどきどきした。俺は変な人だったようだ。

 ノドグロの攻撃をかわしながらシオリを振りまわした。彼らに突き立てる。


「ぎゃあああああ……」


 刺されたノドグロは倒れてそのまま、動かなくなった。


 倒れて寝息を立て始める。よし、練習通り。


 原理はまるでわからないが……。この世界のお化けにこのシオリは有効である。

 このシオリで触れると彼らは眠くなるのだ。そしてそれまでの動きを中断する。


 火佐賀屋様は腕を組んだ。


「縁野くん、ここに存在するのはお伽噺の元になった連中みたいよ。それにシオリを刺すと言う行為はつまり、物語の中断を表すという事なんだね」


 火佐賀屋様は足のラインが綺麗に見えるグラビアポーズで呟く。


「さすが王と似た顔を持つ者よ。聡いな」


 ノドグロたちが目を細める。ノドグロ達は本当に王が好きで大好きで仕様がないみたいだった。ネッコ族と対照的だ。火佐賀屋様はふんぞり返っていた。


「私は聡いそうよ。ドロシーちゃん。敬ってへつらうのよ」


「俺はドロシーじゃない……」


 ノドグロは首を振る。


「いやいや、おんし魔法王女ドロシー」


「我らドロシーをかじれば力が手に入る」


「ドロシーの心臓をかじれば復活出来る」


 俺はシオリを構えた。頭が痛くなってくる。


「君たちは飲みほした街を元に戻せ」


「王はそれを望んでおられない」


 こいつら本当に王の味方なのか? 思い知らせてやる。俺はシオリを振りまわした。

 ノドグロたちはしおりが触れると次々と眠り始める。


 火佐賀屋様は草原に力なく倒れていた。

 油性ペンを手に……さっきまで俺が洗っていた鍋を抱えている。


「私がこの鍋に残す『ダイニングメッセージ』は『トイレ』の三文字にしておくわ」


「それは『ダイイングメッセージ』だろ。雷音様のお気に入りの鍋になにをする!」


 火佐賀屋様は寝返りを打った。


「もちろん貴方の筆跡で貴方の名前を書くのも忘れていないわ」


「最悪だ」


「貴方を庇ってこうなったのよ。このセリフを吐くのは貴方だったのにと思ってみるんだからね」


「ごめんなさい。火佐賀屋様を全力で守ります。逃げてください」


 火佐賀屋様は遠くから手を振った。


「安心して。もう一人で逃げているから。サヨウナラ、頑張ってね、穢れた人」


「やっぱり君は最悪だ!」


「私は現状を見極める能力にたけた人なの。くすくす。退屈はしなかったわよ」


 ああ……俺は一人残されて低く構えた。ノドグロたちは何匹も倒されたのに笑っている。


「ノドグロ! 俺の心臓をかじってどうするんだ?」


「我々が復活して『顔のない妖精』を倒す! 王を救うのだ!」


「あんたたちは妖精の味方じゃないのか? あんたたちにも妖精は危険なモノなのか?」


 その時ノドグロの群れを割って、見覚えのある顔が覗いた。武利木慶吾さん。


「あはは。小角クン、元気だったかい?」


「あんたは……何やっているんだ! こんなところで」


「やあ、また会ったね。今はドロシーちゃん?」


「ドロシーは嫌だ。魔法王女は嫌だ」


「コスチュームが恥ずかしいのかい?」


「女子高に潜入ならともかく、目的もなく女装はできないんだよ」


「あはは、信念が通っているね」


 俺は拳を握りしめた。怒りを吐きだす。


「あんたがノドグロの仲間だったなんて!」


「そのシオリ……思いのほか役に立っただろう?」


「あなたはなんなんだ……?」


「僕は今――次元のはざまに住んでいる。色々あってね、それにしてもだからかかしに関わるなって言ったのに」


 武利木さんは溜息を吐いた。


「ノドグロは『惑わせ』と言ってね。あの世とこの世の橋渡しをしている存在だ。祭ると幸運が訪れ、ないがしろにすると街は滅ぶ。こうしてノドグロの格好をしていると家が無くとも食うに困らない。みんなが祭ってくれるからお酒やお供え物が簡単に手に入るんだよ。彼らといると楽しいよ。高級な酒が飲み放題だ。小角クンも一杯飲むかい? ここにフルーツジュースもあるよ」


「武利木さん、一つだけ聞いておくことがある」


「何だい?」


「……お供え物のフルーツジュースは美味しいんですか……?」


 武利木さんは爆笑した。


「君は大物であるなあ。他に聞く事がいっぱいあるだろうに、あはは。久乃ちゃんが気に入るわけだ」


 どうやら俺は優先順位を少し誤ったらしい。咳払いする。


「その王を守る『惑わせ』がどうして妖精を倒さないんだ?」


 ノドグロたちはゆらゆら揺れた。一斉に口を開く。


「『顔のない妖精』は実である。実はノドグロにとっても手強い相手である。我らはドロシーを食わないと『顔のない妖精』を殺せぬ。王の助けになれぬ。口惜しや」


 俺は息を飲んだ。


「妖精はそんなに怖いのか?」


「恐いだろうね。実なんて、一人で完結出来る人間なんて想像もつかないよ」


「根でも茎でも花でもなく……果実である。歪な実が種をまけばこの世界の根は全ての栄養を失うのである。そうなる前に喰うのよ」


 ノドグロが言葉を補足する。


「あの人が果実だったのか。少し驚いた。好きにはなれそうにないな。自己完結した人か」


 武利木さんはゆっくりと俺の前にやってきた。


「我々は代々――妖精を王様とドロシーで撃退してきた。それが今回は王が頼りなく、ドロシーもこの世界に自動的に現れなかった……今回はいつもと違うんだよ。例外が多すぎる。君だって」


 武利木さんは静かに俺を見た。


「尾路異さんは君を戦わせたくなかったんだね。ゲンロクの騎士はいろんな化け物から、命を狙われる。だから君を普通に育てようとした。ぬるま湯で育った君は大人しく家に帰るべきだよ。ドロシーには向いていない」


「俺は火佐賀屋様を助けたくて……かかしの力にもなりたくて……」


「悪いことは言わない。大人しく帰りなさい。神様じゃないんだから……失敗したっていいじゃないか。尾路異さんならそう言うと思うよ」


「それでも、俺はドロシーとしてこの街を救いたい」


 ノドグロたちは拍手した。


「ドロシー素晴らしい!」


「ドロシー、凄いのである!」


「私が食べるのである!」


「いいや私が食べるのである!」


 みんなが俺の命を狙っていた。


「まあ、俺が頼りないのはわかるけど俺に言えることは一つ。逆に君たちを食ってやる」


 ノドグロたちはざわざわと怯えた。


「我らを食らうのか? 右の……お前が食われろ」


「左の……お前がドロシーに喰われろ。我は嫌じゃ」


 ノドグロたちはもめた。もめまくった。掴みあいの取っ組み合いを始める。

 何だろう、俺でも勝てる気がしてきた。


「つまり、王様とドロシーが妖精を倒せばいいんだろう?」


 ノドグロたちは頷く。


「さよう」


「妖精を倒したら、君たちが流した街を元に戻してくれるか?」


「考えよう」


 武利木さんは鋭い目をした。思い詰めたように下を向く。


「ノドグロ様には強い芯力があるからね。街は戻るだろうね」


 なら俺はこの街を救える。本物のゲンロクの騎士になれる。


「なら話は決まりだ。縁野小角が――ドロシーがきみたちの頼みごとを一つ聞く。そして祭り上げてもてなすから……俺の味方になって欲しい」


 起きているノドグロたちは一斉に押し寄せて来た。武利木さんは苦笑する。


「君は友達を作りたくって必死なんだな。羨ましいよ」


「過去はもう戻らないから。俺は今だけしか変えられないんですよ」


 ノドグロ達ははずんだ声を上げた。


「背中をかいてくれ」


「耳かきをしてくれ」


「お神酒が飲みたい」


「だらだらしたい」


「歌を歌ってくれ」


「お前が最強と思うフルーツオレを持ってきてくれ!」


 俺はたくさんいるノドグロたちと円陣を組んで握手した。


「願い事は全員で一つだ。そんなにたくさん叶えられるもんか」


 ノドグロたちは口を裂いた。


「ドロシーはそんな簡単なことも出来んのか? ケチな男め」


「やはり食うしかないか……」


「おいしそうだな」


 雲行きがかなり怪しい。パシリになった事がないからどうしたらいいのかわからないじゃないか。そうだ。一人、パシリに詳しい人がいた。パシリのエキスパートがいた。パシリの神様がいた。その名も。


「かかし、かかしさん! どこかにおられるかかしさん。ご協力お願いします!」


 俺は黒子たちを呼んで急いでかかしを捜索してもらった。

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