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この世界にドロシーはいらない  作者: 新藤 愛巳
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夕日色

 俺と黒さんはかかしを舞妓さんの姿に変装させた。黒さんの隠しおしゃれ着だそうだ。


「ビューリフォー。芸者、フジヤマ、三ナスビ。はい。笑ってください」


 黒さんは楽しそうに記念写真を取った。


「黒さん、なんだかセリフが途中からおかしい気がするぞ」


「えへへ。黒は坊ちゃまの趣味を熟知しております。着物には茶色ストッキングですよね」


「そんな趣味はないが、最高だな!」


「これで奴等はこの方がかかしさんだとわかりません」


 かかしは恥ずかしそうに俺の後ろに隠れる。


「オズヌさん……おかしくないかな? 私……恥ずかしくて……」


「舞妓さんの変装は人を隠すのに適していると言っても過言ではない!」


 着物にストッキングなんて黒さんは粋なことをする。惜しむらくは足元のスニーカーだ。


「オズヌさん。この格好にも何か意味があるの?」


「『その帯は家のタンスに眠っていたもので魔よけの紫だ』とおじいが言っていた。ゲンロクの水をたっぷりしみこませている。それが乾くまでは、君を守ってくれるはずだ」


 おじいが大事に持っていた着物と特殊な帯だ。効果は絶大なはずだ。

 外に出て外気に当たる。かかしは着物が濡れていて寒いのかぶるぶる震えた。


 俺も全身を濡らしているので湿った布が触れる度に不快を感じる。


「オズヌさん。付き合ってくれてありがとう。くしゅん」


「礼はこの事態を切り抜けてからだ」


「黒さんは平気なの?」


「黒さんは俺たちがまだ中にいるように、偽装工作をしてくれているよ」


 かかしは心配そうにマンションを見上げた。


「オズヌさんは……平気なの?」


「何が?」


「黒さんを危ない所に残していくんだよ。心配にならないの?」


 かかしがおろおろするので俺は笑った。


「あいつが大丈夫って言ったらいつも大丈夫なんだよ」


 かかしは嬉しい顔をした。


「そっか、信頼しているんですね」


「ああ」


「お前の顔も身体も俺の命だ~! なんですね!」


「かかし。この状況でロマンスを語るとは、君は意外と神経が太いのか?」


「うう?」


「尾路異を君に会わせるよ。そこで、今回の騒動を解決する術を聞くと良い」


「はい!」


「礼は向こうの旨いフルーツを食べさせてくれればいいよ」


「私――料理は苦手で……梅リンゴの皮もむけないの」


「俺が一から教えるよ。梅リンゴ、食べてみたい一品だ!」


 俺はおろおろする彼女の手を引いた。ノドグロは一切、俺たちに気づかない。予定道理。このままなら問題なく目的地にたどり着けるはずだ。携帯で新幹線は予約できるだろうし。ゲンロクの水で濡れた服で町を歩く。この調子なら楽勝だ。


「オズヌさん。何処に行くの? 心当たりがあるの?」


「ああ。おじいの所に行くのに協力してくれる人間を頼るんだ。俺より賢くて知恵が回る。あまり頼りたくはないが、退屈だと死ぬそうだから協力してもらう」


「それは?」


 俺は携帯のアプリを開いて写真を見せた。火佐賀屋さんの隠し撮り。ピースしてるけど。

 かかしは火佐賀屋さんの顔を見て小さく声をあげる。


「俺のクラスメートの火佐賀屋久乃さんだ。あいつなら最終的に力になってくれるはず」


 ノドグロの群れを半分まで抜けた時だった。


「待って! オズヌさん! ノドグロが私たちに気付いているの!」


 ノドグロの群れを無理やりすり抜けた所為か……かかしの着物の帯がほどけかけていた。

 ノドグロの一人が勢いよく振り返る。


「見つけたり。我らの目、あざむけぬと思え」


 一人が振り返ると、ノドグロたちは一斉に振り返り自身の身体に手を突っ込んだ。


 そこからレイピアのような針が現れる。この群れを抜けるまでは平気だと信じていたのに。一寸法師のように巨大な針を構え、ノドグロたちが跳ねる。


 青白い顔が目を見開いて針を握った右手を伸ばす。しかしそれはフェイクだ。

 白い左手が俺たちの身体をわしづかむ。温度の無い手。


 武利木さんと違ってこいつらには生気がない。


「皆の者――行くぞ」


 白いライダースーツを着た喉の黒いお化がかかしに群がる。


 俺は腕に触れた。痛みはない。俺はゲンロクの水でぬれた布を力いっぱい振りまわす。


 二、三匹はのけぞるが、それ以上が俺を狙う。


「はあっ!」


 俺はノドグロたちの針をスプーンと同じように曲げて天高く放り投げた。


「金属を操る……何と面妖な……」


 ノドグロたちは恐れて後退する。俺は携帯に触れた。


「今だ、黒さん! 各自解散!」


「はっ。かしこまりました」


 黒さんは茂みから飛び出した。スパイ映画のように――清め水の入ったウオーターガンを構え、遠くから援護射撃をしながら逃げていく。俺たちはぎりぎりまで距離を稼いだ。


 黒さんは頃合いを見計らい離脱し、姿を消す。相変わらずいい女だ。


「今から全力で走るぞ。かかし」


「無理だよ、オズヌさん……私、走れないの。足が遅いんだよ」


「こうなったら。舌を噛むなよ」


 俺はかかしを姫抱きにした。お化けとは言っても女の子だ。緊張する。


「オズヌさん、顔が真っ赤だよ」


「力仕事に慣れていないんだよ」


 嘘をついてみた。俺はかかしを抱えると軽やかに走った。ネッコ族は軽い。お化けだからかもしれない。


 小さな人形を抱いているみたいだった。


「歯をくいしばれ!」


「うう?」


 俺は自身の体感速度を急激に遅らせた。他人の動きが緩慢になり、俺の周りはいつも通りの時間が流れる。速度計を使うと顕著にわかるだろう。四百メートルを七秒で走りきる。


「オズヌさんこれ――魔法?」


「悪い、聞き取り辛い。今、体感時間を落としているから、君の声は低く聞こえるんだ」


「オズヌさん後ろ!」


 かかしはゆっくりと後方を指さした。


 ノドグロたちは俺たちに並走してどこまでも追いかけてくる。

 どうやら追いついて来たようだ。鋭い針が頬を撫でる。


「火佐賀屋に誤解されたらどうしよう。女子に引っかかれたと思われたらお終いだよ」


 ノドグロに拳を重ねると二、三匹が吹っ飛んだ。俺の全力は五分間。この状態で振りきれなかったら、この勢いが止まったら、間違いなく死あるのみ。


 かかしを強く抱きよせると、帯に人為的な切り込みが入っているのがわかった。


「オズヌさん、オズヌさん、これ切れたらぜんぶ見えちゃうよ……恥ずかしいよ。生きていけません」


 見せちゃ駄目だ! 地面をけれ、飛べ、足を高く上げて、駆け抜けろ! 敵を振りきれ!


「おのれ、逃がさぬぞ……」


 ノドグロの針に髪が何本かさらわれた。スピードが落ちている。限界だ。

 何もない場所でつまずいて転んだ俺は表通りを歩いていた二人組にぶつかった。


 一人は週末占いのお姉さんだった。アナウンサーは倒れて動かない。


「すみませんでした!」


 俺は大声で叫んで駆けだす。俺の全力は既に終わっていた。


 わき腹が痛い。人間のお姉さんにぶつかって、普通に痛めたみたいだ。


 もう少しで逃げ切れる所で、道の向こう側に待ち構えていたノドグロたちの大群が一斉に押し寄せて来る。俺は武利木さんに渡されたシオリをくわえ、かかしの背を押した。


「かかし。一人で行け。最終電車に乗って新幹線に乗れ! それからお前の仲間を頼れ!」


 かかしは目を見開いた。そのままうつむく。顔を隠す。


「ないよ……味方なんていない……」


 だったら。


「火佐賀屋さんを頼れ。この町にいる! 行け。そいつは何でも自分の気持ちにする凄い奴だから、潔い人だから、きっと君の助けに――」


「くおおおおぉぉぉぉ」


 ノドグロは襲いかかってきた。一人を投げ、二人をかわし。三人目の膝を折る。


「やあ、大変そうだね。オズヌくん」


 道端に倒れていたもう一人が起き上った。フードの向こうのその顔は……。


「武利木さん?」


 武利木さんはほほ笑んだ。


「ああ、ごめん。ごめん。君たちがここを通りかかるなんて僕は知っていたよ」


「武利木さん! あなたは……何をしにここへ来たんですか。危ないですよ!」


 かかしは首をかしげた。


「オズヌさん。誰としゃべっているの?」


 俺はぞっとした。お化けにも見えないお化け。それは何だというのだ。


「じゃあ、この人は……」


「ぐぐぐぐぐるるるる」


 俺は背後に接近していたノドグロの突進をかろうじてかわした。奴ら隙がない。


「愚か者! 金属を操るなら金属で封ずるぞ。心理分析官見習い!」


 ノドグロの針が俺の腕に突き刺さる。瞬間、血中の――血液が沸騰した。


「―――!」


 腕が泡立つ。

 俺は噛みついてきたノドグロの身体の一部を力任せに砕いた。腕が熱い。毒でも食らったみたいに。ノドグロから黒い血が溢れる。でもやつらは死なないし、倒れない。


「くらえ、胡椒爆弾!」


 俺は叫んで対お化け兵器を使用する。しかし、お化けに有効なそれも、ノドグロには効かなかった。清めのコショウが腹の中が爆発しても、ノドグロはニヤニヤ笑って倒れない。


 歯をむきだし、物凄いスピードで俺を追随する。


「実に愚かなり。王を渡さず、我ら茎に逆らうとは!」


 その時、ノドグロの長い爪が俺の首元に触れた。

 暖かい。ゾクゾクする。視界世界がゆがむ。


 あれ、おかしいな。遠くでかかしがステンレスのナイフをでたらめに振り回している。

 哀しそうに叫んでいる。


「お願い! お化け杉、助けて」


 かかしの髪が淡い色に染まる。淡い暖色。黄金色じゃない。夕日のように綺麗だ。

 現れたお化け杉が俺たちを飲みこむと辺りは真っ暗になった。

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