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この世界にドロシーはいらない  作者: 新藤 愛巳
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ゲンロクまで行った少女

 結局、マンションの周りには俺と黒さんでゲンロクの水をまいた。


 喉の黒いお化けたちは境界線からこっちには入って来られないそうだ。


 要領を得ないかかしの話を簡単にまとめるこうだった。


 ゲンロクはお伽の国で――今もうつし世と砂時計のように繋がっているそうだ。


「ゲンロクは科学と神話が入り混じった世界なんです。この前、白雪姫さんが神々の作った黄金のリンゴを手に入れたって……ニュースになったんだよ」


「そんな世界無茶苦茶だ」


「だからオズヌさんからしてみると全部お伽の世界の話なのかも。ここでの常識は忘れた方がいいと思います。ゲンロクには『生霊』も『死霊』もたくさんいるから。卵立て名人のコロンブスさんなんて、この前、砲丸を机に立てる技術を身につけたそうなんだよ」


 確か生卵の尻を潰して机の上に立てたんだよな。コロンブス。


「かかし。死者ばかりの世界なのか? 生き霊もいるそうだけれど……」


「それらを含めてみんなお化けなの。話のわかるお化けもいれば、言葉の通じないお化けもたくさんいる。ゲンロクはこの町を支える礎なの。家で言うと基礎の部分。植物だったら根の部分。私たちはネッコ族」


 かかしの右手には王冠の痣が刻まれていたな。俺は感心した。


「この下にもう一つ街があるなんて。この街を支える幻影の街か。すごそうだな。イタリアのローマの遺跡みたいで興味深い」


 ローマで足元を掘れば次々と地下の遺跡を発掘することが出来るそうだ。


「今――向こうは大変なのか?」


「うつし世の問題は全部ゲンロクに流れてやってくるの。私たちネッコ族はその問題を解決するのが仕事なの」


「その言い方だと処理しきれない事もあるのか?」


 もしや俺の不法投棄が向こうで難しい事件を引き起こして……?


「ううん。最近は仕事がなさ過ぎてみんなゴロゴロ日向遊びをしていたから平気だよ。でも、だからこそ……今、恐ろしい妖精の呪いでネッコ族は孤立状態にあるの。前の王様が消えてしまったの」


 なにかたいへんな事になっているみたいだと思ってみた。


「そんな時、かかし達ネッコ族はうつし世の魔法使いを呼ぶことにしているの……。オズヌさんは知らないかもしれないけれど、この本にも書いてある。先代ドロシーの名前は尾路異さんって言うんだよ」


 三年前、俺はドロシーと呼ばれる存在に救われた。俺も意識がぶっ飛んでいたから、まともには覚えていなかったが、その正体は尾路異だった。


 尊敬していた存在が身内だったのは少しショックだった。

かかしたちお化けの存在が根だと言うなら、うつし世の人間は総じて花なのだそうだ。


 そしてゲンロクと、この世界の間には茎の世界、ノドグロの世界が存在する。


 普段は植物の茎のように風に揺れているだけの存在、ノドグロはゲンロクのルール――王様の決めたルールを破る者がいると襲いかかってくるのだという。


 それら物言わぬ、思わぬ茎たちが、ある日を境に暴走を始めたらしい。ゲンロクのお化けたちを次々と襲い始めたらしい。街は恐怖に包まれた。花に何かあったのかもしれぬ。ゲンロクでは会議が行われた。


 上の様子を見て来てついでにドロシーを呼んで来いと。


「私のお兄ちゃんがフルーツバスケットで選ばれて王様になったんだけど、色々あって今はいなくなってしまったの……」


 フルーツバスケットで王様選抜。ひなたでゴロゴロする住人、ネッコ族。


 意外と気楽なお化けの一族はまともに戦う手段を持たないようだった。


 俺は窓から下を見下ろした。ライダースーツを着て中性的な顔立ちの人の形をした喉の黒い人の形をしたモノが溢れかえっている。


「ノドグロって、あれか? あれがそうなのか?」


「かかし達はノドグロに手出しできないの。あれはね、こちらの世界でゲンロクと波長が合う人が現れると、群れになって押し寄せてくるんだよ。向こうの世界で欠番があると、こっちの人をさらいに来るの。そうやってバランスを取っているみたい」


 花をさらい、何処ともなく連れ去っていく。喉の黒いお化け。

 俺はごくりと息を飲み干した。かかしが来なければ危なかったのだ。俺たちは。


「ノドグロはゲンロクでは何もしないはずだったのに。1年と半分前、私の街がノドグロに半分さらわれたの……恐かった……」


 根がすべて死んでしまったらどうなるのか。花は一斉に腐って落ちるのかもしれない。


「ノドグロって、そんなに数が多いのか?」


 俺は窓から下を見下ろす。マンションの駐車場にぎっしりとノドグロが存在していた。

 光る眼でこっちを見つめている。かかしは怯えて身を縮めた。


「あのね、ゲンロクではノドグロを自然そのものとみなしていて……」


「つまりこれは異常気象……ジェノサイドみたいなものか?」


 かかしは身を震わせた。かかしは白い唇で概要を話した。ネッコ族の長がノドグロの怒りに触れたのだと叫んだそうだ。ノドグロの群れの中に消える間際にそう叫んだのだそうだ。かかしは難を逃れてここにやって来たようだった。


 ノドグロの大群に追われながら、走り高跳びの要領でここに飛び、失敗して屋上にめりこんだそうだ。ドリルネジのように。


 さすがお化け、体は頑丈なようだ。


「今は助かったみんなでドロシーを捜しているの。ドロシーなら街を襲うノドグロを倒せるかもしれないの。オズヌさん、ドロシーを! 尾路異さんを紹介してほしいの!」


 思案する。考えるまでもないことだが、考えてしまう。


「つまり尾路異にノドグロの駆除を頼みたいわけか?」


「うん! オズヌさんは尾路異さんを知っているの?」


「尾路異は今動ける状態じゃない……東京の病院に入院している……絶対安静だ」


「そんな――どうしよう。どうしよう。ドウシヨウ。このままだと、このままだと――コノママダト、ここも流されちゃうよ……」


 かかしは真っ青になってうろたえた。


「私の所為で……」


「落ちつけ!」


 俺は彼女の腕を握った。かかしは悲しそうな目をしていた。彼女は両手で顔を覆い隠す。


「貴方の家の周りはノドグロでいっぱいだったの。ここだと思ったよ。ここにドロシーはいるって。だから恐くなったんだよ。完全に先手を打たれたと思ったの……魔法使いをノドグロに奪われてしまったんだと思ったよ。ノドグロが先回りして尾路異さんも倒しちゃったの?」


「落ちつけ」


 かかしは顔を真っ赤にしてつぶやいた。


「……オズヌさん! 怪我をしていたとしても、ドロシーさんに会いたいの……お願いします! 無理はさせません! させませんから、私が何とかするから!」


 俺は思考を巡らせた。


「もしや君は……黒さんがドロシーだと思ったのか?」


「うん。でも違うってわかったの。ドロシーだと私の髪が黄金色に染まるんです」


 黄金色のかかしか。なんだか凄い感じがする――強いのかな。


 しかし本人はそれどころではなかった。堅い表情で両手を強く握りしめていた。

 俺は知的好奇心を飲み干した。焦りは伝染する。ストッキングのように。


「オズヌさんたちは魔法使いへの手掛かりかもしれない。守らせて欲しいんです。それに……そうじゃないとしてもあなたは私が守るから。助けてもらったから。だから魔法使いを一緒に探してください! これ以上、村を流すわけにはいかないから、絶対止めないとダメなの……」


 この子は無菌室で育ったような人格だ。繊細で傷つきやすい。

 それが無理して頑張っているような、そんな印象を受けた。


「尾路異はこの町にはいない。会いに行くか?」


「うん……王様がドロシーを選ぶ決まりだからネッコ族の私が行くよ」


 俺は怪我をしているかかしの手に包帯を巻いた。黒い血の流れる手。本当にお化けなんだ。今までお化けに助けてなんて言われたことなんてなかった。不思議な気持ちだ。


「ここまで来るのに必死だったの……普通の人は巻き込みたくなかったから」


「俺も基本――普通の人だよ。痛いのは嫌だしね」


「うん。でも手品で金属を操れるから……心強いです」


 あんなもの、支点、力点、作用点さえ解れば誰でも自由に出来る物で特別な事じゃない。

 ひとりなら無敵でも俺は人間の前では本気が出せない――なんて言えなかった。


 お化けと戦える事は黙っていよう。ノドグロがお化けじゃない可能性だってある。


「その仕事、尾路異じゃないとダメなのか?」


「こっちの世界の人はゲンロクに辿りつくと魔法が使えるようになるの。十代目ドロシーは最強の花で……心理分析官だって名乗ったそうです」


 俺はかかしの持ってきた『役小角の魔法使いかもしれない』という頼りない本をぺらぺらとめくる。最後の物語は……異界を訪れて旅した少女、おじいの話らしかった。


「わかった、協力しよう」


 俺は立ち上がった。魔法使いの知り合いなどいないが、こんな時こそ行動力のある奴を知っている。世のためではなく、人のためではなく、兄のためだけに生きる少女……火佐賀屋さんはきっとおじいのいる東京まで行くのに協力してくれる。積み立てたウルトラアドベンチャーワールドのチケット代を返してもらおう。そのお金で新幹線を予約しないと。


 問題は下にいる大量のノドグロをどうするかだが。


「かかし、恥をすててくれるか」


「…………うん。ゲンロクの街を守るためなら」


 恐がりのかかしは顔を隠して小さくうなずいた。

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