File.1. ジョーク
雨は嫌いだ、空から降ってくる水なんて科学を知らなきゃ怪奇現象だからな。
それに、雨の日は決まってついてない。あの日もそうだった、最高についていなかった。
週末はヴィーナスの酒場で一人、ウィスキーを飲むのが日課だ。俺の席はドアから真っ直ぐ進んだ1番奥の席。裏口が近い席に座る癖は仕事柄だ。 マスターは無口だが俺の仕事を手伝ってくれる、客引きでね。探偵稼業は、名前を売ってなんぼだから毎日、他人から愚痴を聞く人間が客引きなんて心強い話だ。
その日もいつものように店に向かった。ハリケーンのマリリンが立ち寄ったせいか、外は強風の大雨で、せっかく仕立てたばかりのスーツが台無しだった。手もつかぬうちにドアが開くと凄い勢いでマリリンが俺の背中を蹴飛ばした。強気な女は好きだが風当たりの強い女はゴシップ雑誌に並んで嫌いだ。
ぐっしょりと濡れたジャケットを壁にかけると席についた。「いつもの あと、ナッツあるかい?」これがいけなかった。これが非日常の扉を開いてしまった。 普段は頼まないツマミを口にしながらウィスキーを楽しんでいると、ドアが静かに開いた。ドアから見えた手は、雪のように白くすき通っていた。指は細く長く、かといって骨張ってはいない。
その手はドアを店内に押し入れると、風に踊る髪を左手で抑えた一人な女が入ってきた。
年はまだ27か8だろう。 少しエラの張った骨格ではあるが、中心の鼻をまるで滝のように鼻筋が通っている。小さな口に、キリッとした大きな瞳 そして、鼻からまるで絵画のようにしっかりとした凛々しい眉が走っている。女は歳の割にかなり幼さを残していた。もし、俺が彼女のフィアンセならパリで、ベスパを二人乗りしたいもんだ。
雨で濡れた髪を裸電球に輝かせながら彼女は俺の隣の席にやって来た。静かに立った俺は彼女のコートを手に取ると壁にかけた。
「噂通り、女性には優しいのね」
「マナーだと教わった」
「試すつもりはなかったわ、ごめんなさいね。ただ、本当に貴方が私立探偵のポール・マクレディだが知りたかったのよ。 あの、
下町のホームズと呼ばれているポール・マクレディかね。」
「成る程、なら今度からちゃんと名札をつけるよ」