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ドラゴンと少女の物語  作者: ネガティブ
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 皆を見送るために広場にやってきた少女。顔を上げるとそこには仲間たちの顔がある。それを見た少女の瞳が潤んでいる。視界は潤んでいるから仲間たちの顔がハッキリと見えないだろう。


 優しくしてくれたおばさんがいる、頑固で厳しくてうっとうしいおじさんもいる、不安だらけだけどいつまでも泣いてはいられないと前を向く男の子がいる、お花が好きで人間界にはどんな綺麗なお花があるのか楽しみにしている女の子がいる。他にも知った顔があっちにもこっちにも。人間界はそんなに遠いところではないのに、遥か遠くに行ってしまうような感じがする。


 少女の目から熱いものは流れない、熱い決意をかためてここから出て行く仲間たちに泣き顔なんて見せられない。仲間の顔をしっかりと見るために見送りに来ているんだ、仲間たちに私の顔を見せるためにここに来たんだ。


 それなのに何でこんなに悲しい気持ちになっているんだ? 目が熱くて熱くてしょうがないのは何で? なんだか大きな声で叫びたくなるのは何故? 人間界に行ってしまうことを止めたいけど、ドラゴンをやめて人間として生きていくことを止めたいけど、それができないのはどうして?


 少女の心が上下左右に激しく揺れている。ここにいる奴等はもはや仲間でも何でもない、人間に寝返ったただの裏切者でしかない。そんな奴等には実力行使をするしかないのではないか。裏切者には死を、ドラゴンを捨てた奴等に死を。


「寂しくなるわね、もう会えないかもしれないから。人間界で会ったときにはもう私はドラゴンではないから」


「あっちでは何が待っているのか、それは俺には全くわからない。しかしここを出ていくと決めたからにはもう後戻りはできない」


「わしは老いぼれじゃ……もう先は長くない……それでも狩られるのはごめんだ」


「おばあちゃんを忘れないでね? おばあちゃんは人間界からあなたのことをいつも思っているよ」


 ヤメテよ皆、そんなこと言わないでよ、私の心が真っ黒に染まらないじゃない。染めさせてよ、白い部分なんて残さなくて真っ黒にさせてよ、お願いだから心を動かそうとしないでよ。次私が人間界に降りていった時、あなたたちを見付けたらその体を跡形もなく粉々にしてやろうと思ったのに。


 そうしたほうが悲しみなんて忘れられるから、仲間であったことを忘れたかのように怒り狂い暴れまわる。そんな姿を見たらかつて仲間だったおじさんもおばさんも、おじいさんもおばあさんも、男の子も女の子も、みんなミンナ裏切ったことを後悔して人間となった己を恨むだろう。自分はなんてことをしたんだ、何故あの時あんな決断をしたんだ、あの日あの時に戻りたいしかしもうそれは叶わない。


 ドラゴンの前では人間なんて蟻みたいに小さい。脆くて弱くてすぐに壊れてしまう。だから数多くの命がドラゴンによって奪われただろう? それは抵抗するからだよ、歯向かってしまったからいけないんだよ、逃げればいいんだ隠れたらいいんだ言うことを聞けばいいんだ。そうすりゃ命は奪われなかっただろう、そうしたらドラゴンが悪にならなかっただろう。


「お姉ちゃん! 僕は行ってしまうけど寂しくないかな? よく遊んでくれたし、よく怒ってくれたから思い入れがありそうだからさ!」


「お姉ちゃんと離れ離れになるのは寂しいの。ドラゴンをやめなきゃいけないことも寂しいの。とにかく今は寂しい気持ちで胸がいっぱいになってるの」


「僕はさお姉ちゃん、いくら離れていても心と心は繋がっているから全然遠くなくて近いと思っているよ! だから寂しくない!」


 お願いだからもうやめて、私の心を黒く染めたほうがいいんだよ! 私が、我を忘れたかのように何もかも奪い去る悪になればいいんだ。そうしたら悪いのは私だけになって、人間たちは私だけを狩りに来るはず。そうなったら狩られることに怯えなくてもいい、ドラゴンをやめなくてもいい、人間にならなくてもいい。


 私の心はどうかしている。ここにいる仲間たちを殺そうと思ったり、ここにいる仲間たちのために自分が犠牲になろうと思ったり。犠牲になろうと思っても、そんなことはできるはずがないのに。私はディーオみたいにあんなカッコイイ姿になれない、それどころか大きな翼も鋭い爪も何でも食いちぎれそうな牙も……。私はそれを手に入れることができない。


 私は顔を下に向けたまま、皆に背中を見せた。こんな見送りがしたかったわけじゃない、悲しみをどこかに隠して明るく笑顔でさようならを言いたかった。でもそれはもうできないよ、私は仲間たちを裏切者と思った殺してやると思った、例えそれが少しの間だけだっとしてもそう思ったことは許せない。仲間たちはこんなことを思った私のことを許すだろう、大丈夫大丈夫と抱きしめてくれるだろう、そんなときもあるよ気にすんなと慰めてくれるだろう。


「もうそろそろ行くね」


 仲間たちはどんな顔をしているだろう、仲間たちはどんな思いでいるだろう、仲間たちは笑顔かなそれとも泣いているかな。それを確かめることが寂しくて悲しくて怖くて申し訳ない。だから私はもう振り向くことはしない。顔を見たら、よく知った顔をまた見てしまったらら、私は私でいられなくなるかもしれない。


「私の家……だったところにパンを置いてきたから。たくさん沢山焼いたから、それがせめてもの償いだよ」


 何も悪いことなんてしていない、おばさんは何も悪くない、だから償いなんて必要ないんだよ。ねえパンなんて置いていかないでよ、そんなのあったら余計悲しくなる。持っていってよ全部。


「ディーオに言っておいてくれないか? 俺の家だったところにたんまり酒があるってな。持っていこうか最後まで悩んだが、ディーオに飲んでもらうことのほうが幸せだよ俺は」


 ディーオはこの場にいない。ディーオはバルコニーで休んでいる。疲れたから見送りはお前が行けと言っていた。疲れているのは本当だけど、仲間たちとの分かれに来ないのはきっと弱い姿を見せたくないからだ。今頃バルコニーで熱いものを流しているかもしれない。


「お姉ちゃん! さよなら!」


「私はさようならは言わないの。またどこかできっと会うの」


「もう怒られないと思うと少し寂しいなー、気が向いたら人間界に怒りに来てね!」


 子どもたちの声が聞こえた。そしてそのあとも声が次々と聞こえてくる。しかしあまり頭に入ってこない、それは別れが辛いからだろうか。勇気を出して振り向きたいけどそんな勇気はどこにもない。


 声はだんだん小さくなっていく。ああ、仲間たちが行ってしまう。声は遠くから聞こえてくる。ああ、もう仲間たちは新しい日々が始まるんだ。声はそして聞こえなくなった。しんとしている、風すらも吹いていなくてとても静かだ。


 さっきまでここにあった仲間の温かさがもうここにはない。それは誰もいないからだろうか、公園にも幾つもある建物にも誰一人としていないからだろうか。何だかんだ怖くなってきた、神隠しにでもあってここにいた人達全員が消えたみたいだ。


 私の目から熱いものが流れた。もういいよね、誰もいないからいいよね、我慢しなくてもいいよね。流れ出したら止まらないのか次々と出てくる。地面にポタポタと落ちる、悲しみが私を襲う、心に留めておいたものが外出る。


 私は泣き叫んだ。こんなにも大声を出したのは初めてだ、こんなにも泣いているのは初めてだ。ここに仲間たちがいたら泣かないだろう、叫ばないだろう。でも仲間たちはもういない。だからもういいんだ、思う存分泣けば良いスッキリするまで叫べば良い。


 少女は広場の真ん中で泣き叫んでいる。だから背中から出ている美しいそれには気づいていない。

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