肆
少女はゆっくりと目を開けた。寝起きだからまだ眠たいのか、目を閉じたり開いたりしている。そして手で目をこすり夢の中へと戻るのを阻止する。二度寝をしたら夜眠れなくなるから起きていなければ。
それでも体はまだ眠っていたいのか、少女を起き上がらせてくれない。目は覚めているけど体が重くてなかなか動かない、まるで誰かに乗られてるみたいに。だが少女の上には誰もいない、両手に大事に包んでいた卵も乗っていない。
卵はどこに? 卵がないことに少女が慌てると思ったが、そんなことはなくて反応はなかった。少女は顔を動かして横を見る、するとそこには積み木で遊んでいる子どもが三人いた。赤い髪の毛の男の子、肌が少し黒い女の子、瞳が青い男の子。
三人はこっちに顔を向けた少女に気づいていないようだった。積み木で遊ぶのが夢中で、少女の視線は全く気になっていない。積み木を横に並べていったり、重ねていたり、何かの形ににしたりして遊んでいる。
「ねえ、あんたたち何でここで遊んでるの? ここは私の部屋なんだけど」
少女は横になりながら、顔だけを子どもたちに向けてそう言った。少女の声にびっくりした子どもたちはびくっと体を震えさせたが、三人とも少女のほうを向いてお姉ちゃーんと言いながら元気よく走ってきた。
「起きた! やっと起きた!」
「ディーオ様に起こすなと言われたの。ディーオ様にここで遊んでいろと言われたの」
「お姉ちゃん仲間を助けに行ってたんでしょ? 人間界はどんな所だったのか教えてよ!」
三人は一斉に喋ってきた。一斉に喋るもんだから頭に入ってくるものが多いが、少女はようやく起き上がりながらそれらをちゃんと聞いて一気に返した。
「おはよう。起こすなと言われたのにここで遊べっておかしい。人間界は危ないところだよ」
少女は立ち上がって、持ち手が付いているコップを持って蛇口を捻った。すると水が流れてきて、コップの中に水を入れた。まだぼーっとしているのか、コップから水が溢れた。
少女はハッとして、蛇口を捻って水の流れを止めた。コップにたっぷり入った水を溢さないように口元へと持ってきて、それをごくごくと一気に飲みほした。ふーと息をはいてからコップを置いた。
「ねえあんたたち、ディーオがどこにいるか知ってる?」
少女は起きたばかりだがディーオに用があるみたいだ。そんなに急かなくてもいいのではないか、急がば回れというではないか。
「ねえ遊ぼうよ! 遊んでよ!」
「ディーオ様は空に飛んでいったの。ディーオ様はどこかに出かけたの」
「人間は怖いの? それは僕達を恐れているから?」
また三人一斉に喋った。一人ずつ喋るということをこの子達はできないのだろうか。それができないから一斉に喋るのだろう。少女は頭をかいている。
「遊ばないよ。ディーオのやつこの子達を私に任せておもりをやれって言うのか。私達を恐れているけど憎んでもいる」
「ケチケチ! 遊んでくれてもいいじゃんか!」
「ディーオ様はお姉ちゃんを元気付けてあげろと言ったの。ディーオ様はお姉ちゃんのことをとても気にしているの」
「人間は何故僕達を恐れるの? そりゃ見た目は人間とは違うけど、見た目だけで判断するのはおかしいよ」
少女は三人の話を聞きながらあくびをした。まだ眠たいのだろうか。それともこのお話がつまらないのか。少女はディーオに用があるわけでこの三人には用がないのだ。
「ねえあんたたち、お話しはいったん我慢してくれないかな。お姉ちゃんのお話を聞いてくれないかな」
すると少女は三人の一斉射撃を回避するかのように話を止めた。もう話を聞いてはいられないのか、子どもたちの相手をするのもお姉ちゃんとしての役割だとは思うのだが。
「なに? 面白いお話?」
「お姉ちゃんのお話を聞くの」
「むずかしい話はやめてよね」
三人は少女がどんな話をするのかわからなくて身構えている。お姉ちゃんは何かと厳しいから拳が飛んできそうだ、暴力反対暴力反対、大人しくしていたら何もないよ。三人は小さな声で話す。
「……聞こえているよ、まぁ私は優しい優しいお姉ちゃんだから拳なんて飛ばさないけど」
少女のその言葉の圧力で三人の子どもたちは姿勢がよくなった。だらしない姿勢をしているとまた怒られる、そう思って自分達で判断して姿勢がよくしたのだろう。
「あんたたちはさ、私達は何故存在していると思う?」
「そんなの知らないよ、考えたことないよ」
「私がこの世に生きている理由かな。私は私のために生きていると思うの」
「むずかしい話はやめてよー。でもそれは僕達が絶滅しないためだよね」
三人はそれぞれの言葉で答えを出した。考えたことはない、私のために、絶滅しないため。三人の三つの答えは合っているのか間違っているのか、この問題はそもそも答えは存在するのか。
少女の反応が気になる三人は姿勢をよくして何を喋るのか待っている。少女はなるほどねと頷いている。三人の異なった答えは案外合っているのだろうか。
少女を注目する三人の子どもたち、正座をしているから足が痛いのか我慢しているような顔をしている。痛いけど我慢だ、もう少しだから頑張るの、今くずしたら確実に拳が飛んでくるぞ。三人は小さな声で話す。
「……聞こえているよ、別に姿勢をよくしなくてもいいからくずしていいから。だからちゃんと話を聞きなさい」
少女のその言葉で、三人は正座をやめて楽に座り出した。そんなに少女は怖いのだろうか、ここまで子どもたちを怖がらせる少女は何者なのだろう。
「答えてくれてありがとう、あんたたちにはちょっと難しい問題だったかな。でも考えないといけないの、今そういう状況下にいることを忘れては駄目なの」
「人間が狩ってるんだよね、僕らの仲間を」
「私は人間と仲良くしたいの。私は仲良くできると思うの」
「でも人間は僕達を憎んでいる。それは一部の野蛮なやつが悪いんだけど、それを止められない僕達も悪いのかな」
小さいながら三人も考えている。その顔つきは真剣だ、ふざけてなんていない。わからないことが多かろう、難しいことも多かろう、それでも考えることは子どもでもできるのだ。
子どもにはできないことのほうが多い、それでも自分ができることを少しずつでもいいから始めてみたらいつかは実るのだ。実らない花などない、うまく咲かないことや枯れてしまうことはあるだろうけど花は咲くのだ。
子どもたちはまだ芽で、花を咲かしてはいない。これから色んなものをその体に吸収してそれが栄養となり最長させてくれるのだ。どんな花を咲かせるのかは人それぞれ、同じ花は咲くことがない。皆違うから楽しいのだ。
「皆考えているのね、差はあるけどちゃんと考えていてくれて安心したよ。大人だけが考えちゃいけない、それだけだとどうしても片寄ってしまう。子どもたちの考えも聞くべきなんだ、あんたたちも大切な仲間なのだから」
「お姉ちゃんもしかして良いこと言ってる?」
「お姉ちゃんは子どもだけど大人に意見が言えるから立派なの。お姉ちゃんは私達の希望の光だとディーオ様が言っていたの」
「なんか誉められているような気がする。急に優しくするなよ! 日頃が怖いからなんだか不気味だよ」
三人はまた騒がしくなった。走り回ったり、跳び跳ねたり、叫んだり。少女はうるさいなと言うわけでも、圧力をかけて静かにするわけでもない。ただ三人の様子を見ていた。
少女はまたあくびをした。まだ眠たいのだろうが、外は明るくて夜はまだ来る気配がない。