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ドラゴンと少女の物語  作者: ネガティブ
3/10

 少女は落ちないように気を付けながら、地上の様子を見下ろしている。


 そこには突然消えた少女を見つけるために顔を左右に動かしている少年の姿が見える。いくら捜してももうそこには少女はいない。少女はここにいる、空を優雅に泳いでいるドラゴンの背中に。


 ドラゴンの背中に乗っている少女は何を思っているのだろうか。村人たちを驚かせてしまってごめんなさい? 卵を勝手に盗んでごめんなさい? 少年をびっくりさせてごめんなさい? どれかはわからないが、悲しそうな目をしているのは何故だろう。何か悲しいことでもあったのだろうか、何か心を締め付けるような何かがあったのだろうか。


 少女の目線は、地上から広い広い空へと変わった。空は果てしなく広く、どこまでも青色が続いている。世界は空で繋がっているということを少女は知っているのだろうか。空を泳ぐドラゴンに乗っているのだから世界が広いことはわかっているはずだ。空から地上を見ると人間はなんて狭い世界で暮らしているのだろうとわかる。海を越えた先にはまだ見ぬ陸地がある、そこには言葉も人種も文化も何もかもが違う人間が住んでいる。そんな人たちが存在していることを村人たちは知っているのだろうか。


『ドウシタ? 浮カナイ顔ヲシテイルガ。目的ノ物ハチャント見ツカッタジャナイカ、オ前ハ頑張ッタンダヨ』


 ドラゴンは背中に乗る少女の様子を感じ取ったのか気にしているようだ。村や町を襲いメチャクチャにする怪物が人を気遣うのはなんだかおかしな光景である。気遣いができるのなら何故メチャクチャにするのだ、そんなことをすれば人間が悲しむということがわかるはずだ。


 少女は背中で横になっている。仰向けになって、お腹の上に両手を置いてしっかりと卵を包んでいる。少女の目には今空しか映っていないだろう。果てしなく広がる青は時間や季節や天候によってその表情をころころとかえる。機嫌がいい時は晴れて、少し機嫌が悪いと曇り、悲しくて涙が出たら雨。今は晴れているから空の機嫌は良いのだろう。


「……泥棒と言われた」


『ソンナ事ヲ気ニシテイルノカ? 言ワセテオケバイイ、ソレハ元々私達ノ物ダ。オ前ハ私達ノ物ヲタダ取替シタダケダ。何モ悪イ事ハシテイナイ』


「そうんなんだけどさ、取替すんじゃなくて物々交換とかお話して解決できなかったのかな」


『オ前ハイツマデソンナ事ヲ言ッテイルンダ? イイ加減分カレ、覚エロ、感ジ取レ。私達ハ人間ト仲良クナンテ出来ナイトイウコトヲ』


「それは村や町を襲う一部のドラゴンがいるからでしょ? 全部がそうじゃない、殆どのドラゴンは人間に危害を加えるなんてことはしない。ディーオもそうじゃない」


『私ハタダ争イ事ガ嫌イナダケダ。無用ナ争イデ流レル地ハ悲シクテ憎シミシカ生マレナイ、ソンナ物ハ意味ナンテ何モ無イ。私達ガ人間ニトッテ悪シキ存在ニナッテイルコトモマタ悲シイ事ダ』


「昔は人間とドラゴンは仲良かったんだよね? 手を取り合あったり、助け合ったり、協力したり。それなのに何故今は敵対しているの?」


『……何カアッタンダロウナ、私ハソレヲ知ラナイガ。人間ト私達ノ仲を引キ裂クヨウナ何カガ』


 ディーオという名前のこのドラゴンは、一瞬言いよどんだ様に見えたのは気のせいだろうか。少女は背中の上で深いため息をはいた。そして目を閉じてしまった。ひょっとしてこんなところで眠るのだろうか、落ちないかが心配になるがディーオの背中は意外と広く寝返りをちょっとしたぐらいじゃ落ちる心配はなさそうだが。


「ディーオ、ちょっと私は眠るよ。何だか疲れちゃったみたい」


『ソウカ、危険ナ事ヲサセタカラ無理モナイ。ユックリ休ンデクレ、着イタラ起コソウカ?』


「そうだね。今ぐっすり眠ると夜眠れないからね」


 おやすみと少女は言った。アアオ休ミとディーオは言った。広い広い空の下、いや空の中というべきか。空で眠るというのは怖いような、そしてとても贅沢のような気がする。少女は目を閉じている、ここが空だということを忘れているみたいに安心しているようだ。それはディーオを信頼しているからだろう。ディーオも少女のことを信頼しているのだろうか。


 少女が揺れによって起きてはいけない、そう思ったのかディーオは静かに飛んでいる。翼をあまり羽ばたかせず、風に乗るような感じで空を泳いでいる。こんな大きな体をしているのに風に乗れるなんて驚きだ。ドラゴンは空とお友達、風とお友達、だからこんなことは容易いことなのだという声が聞こえてきそうだ。


 ディーオは目をキョロキョロと動かしている。何処を見ている? 何を見ている?


 いつ人間からの攻撃があるかわからない、こんな上空にいようともその警戒心は怠らない。まだ人間は空へと飛ぶ技術を持っていない。いずれ人間も空を飛ぶ時がやってくるのだろうが今はそんな時は来ることが無い。ドラゴンの背に乗ればそれも実現するのだろうが、人間はドラゴンを狩ることしか考えていないからそれも難しい。ドラゴンをどうにか捕らえたとしても、憎むべき敵だから生かしてはおけない。よくも子どもを、よくも旦那を、許さない今すぐ殺してしまえ。そうやってドラゴンは狩られる。


 ドラゴンはただ狩かれるわけではない。ドラゴンを狩って肉、牙、鱗、毛、様々な物がとれるのだ。それを売る人もいる、食べる人もいる、武器や防具に使う人もいる、お金持ちのお洒落道具になったりもする。だから捕らえられたら最期、生かしてはもらえないそこには死があるのみ。ドラゴンとお話をしようとする人間などいない、皆怖がっているのだから。


 怖がるなというほうが酷な話なのだ。自分よりもはるか大きな怪物だ、ひとたび暴れたら何もかもがメチャクチャになる、壊される潰される動かなくなる憎しみを生む。狂暴で乱暴な怪物を自由にしてはいけない、自由を奪い動けなくしてから息の根を止めるのだ。そうできない時は矢を放て、銃を撃て、一つの攻撃ではヤツラは怯まない、だが一つ二つ三つと大勢でかかれば怯むはずだ。ヤツラも最強ではないはずだ、どこかに弱点があるはずだ、多くの命が消えてしまうだろうがそれを見つけることができたら人間の勝ちに大きく繋がる。さあ行くぞ、ヤツラを殺せ! ヤツラを止めろ! 神よ、我々人間を守りたまえ!


 そう熱い決意を胸にしまいながら人間はドラゴンに挑んでいった。多くの命が消え去った、生臭い臭いがそこらじゅうから漂ってくる、さっきまでそこにいた仲間が今はもういない。だが人間は大きな一歩を歩むことができた。ヤツラを倒す手段を得たのだ、弱点を見つけることに成功したのだ、神が我々の味方になってくれたおかげなのだ。それがドラゴン狩りに拍車をかけた。


 人間達は拳を上げた。その拳は傷だらけだが、この時の傷は勲章みたいに素晴らしいものだ。敵わなかった相手に挑めるという事、それはどんなに光っていたのか。ドラゴンの脅威によって闇の中へと引きずり込まれていた人間達にようやく光があたったのだ、喜ばずにはいられない。酒を呑んだ、豪華な料理も食べた、この喜びは皆で分かち合うものだ。歌えや踊れ、今は数々あった悲しみを忘れよう。笑え笑え、悲しみを忘れてしまうぐらい笑え笑え。今だけはこの時間を存分に楽しもう、そしてまた明日からともに戦おう。


 勝機は我々に有り! 男達は雄叫びをあげた。



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