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物語の結末  作者: Moku
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サンドリヨンの過失

 王子様に恋をした。

 若さに身を任せた暴走列車のような初恋は物語のように惹かれ合った。

 これが運命かもしれないと二人で笑った。

 たまらなく幸せで側にいたくて、それだけで良くて、他になにもいらないと恋に溺れた私は幼かった。


奈央(なお)さん!良いんですか!?本当にこれで良いんですか!?一条いちじょうさん、行っちゃうんですよ!本当に良いんですか!?」

「いいの」

「なんでですか!?なんで二人が離れなきゃいけないんですか!」

「……いいの!」

「納得できません!!奈央さんだって、一条さんだって、どう見たってお互い」

「これで、良いって、言うしかないの!! 邪魔なんかしたくない。足枷なんかになりたくない。好きよ。好きだよ。 ならどうすればよかった?私はどうしたら良かったのよ!!」


 こぼれ落ちる涙を拭うのも忘れてヒステリックに後輩に当たり散らした高校の卒業式。

 困難を勢いで乗り越えられる時間は終わり、立ちふさがる未来に呆気なく泡沫の夢は終わった。

 あの頃を思い出すとそれが如何に子供の恋だったか苦笑せずにはいられない。

 それでもひたむきな恋だった。キラキラした宝物のような想いだった。




。゜+




「奈央さん。奈央さん、おきて下さい。朝ですよ」


 揺すぶられて声の方に顔を向けると、カーテンが開いた窓から眩しい光が瞼を超えて差し込んでくる。


「まぶしい、ねむい」

「駄目ですよ。ご飯もう出来てるんですからちゃんと目を開けてください」

「んー」


 掛け布団を頭から被ろうとする手が押し留められ、そのまま仰向けに押し付けられると薄く開いたままだった口に生暖かな感触が侵入してきた。

 寝起きでぼんやりとして動きの鈍い事を良いことに易々と口内を弄ばれ息が苦しくなって目を開けば、覆い被さっていた身体(おもり)が離れていく。

 ミルクティー色の髪が逆光で輝き、色素の薄い茶色の瞳が柔らかく細まった。


「おはようございます、奈央さん」

「おはよう……」


 笑みを浮かべた相手に礼儀的に挨拶を返すと、先にダイニングに行ってますと寝室から出ていった。

 彼は宮城颯太(みやしろそうた)。私の恋人で、同じ大学に通う後輩でもある。

 同棲はしていないがお互い一人暮らしとあって行き来がしやすい。勝手知ったる他人の家というくらいには入り浸っており、今日も今日とて颯太は私の自宅にいる。まぁそういうことだ。


 身支度を整えリビングに行くと美味しそうなオムレツが待っていた。

 本来なら家主な私が用意するべきだが朝はどうにも起きれないので大抵颯太に甘えている。


「食べきれなかったら残して良いですからね。今日なんですけど教授の都合で休講になったのが一枠あって、(かける)さんと昼食べに行く予定なんですが来れませんか?」

「わ、ヒナと会いたい!けど、昨日突然訳のわからない理屈で卒論突っ返されちゃって、その文句言いにいかないとだから今日は無理かも」

「そうですか。夜はサークルの飲み会があるので家に帰ります」

「わかった」


 どうやら久しぶりに一人の食事になりそうだ。外食するかな。それなら誰か友達を誘おうか。

 ぼんやり考えながら食後のコーヒーを飲んでいると大学に行く時間が迫っていると颯太に急かされ、二人で慌てて家を出た。




 大学四年生の秋。

 私が通う学部では半数以上が就職活動を終え、卒論の提出者が出てくる時期だ。

 辛い物事は早く終えたいと就職先が決まった時点で本格的に書き溜めた渾身の卒論は、先日「これやっぱりまだ受け取れないわ。見直して」という教授の一言で突っ返されて本気で意味がわからない。


 お昼休みに理由を聞きにいってみたのだが「悪いわけじゃないんだけどねぇ」と適当に濁され口元が引きつった。ならなぜ返したんだ。学科の友人に愚痴ってみると一旦受け取っておきながら戻された犠牲者は私だけではなく、これは教授の嫌がらせだろうと皆で唸る。あげておとすのやめてくださいよ教授。

 一年時に単位を乱取りした関係で周囲よりやや余裕があるため、私は次の講義の時間まで間があった。

 カフェテリアでノートパソコンと一人向かい合っていると、見覚えのある姿が横切っていく。


「ヒナー!なにやってんの!?時間あるなら此処来てよ!」


 珈琲片手に歩いてたヒナは真っ直ぐこちらに向かって来ると、持っていた教材で私の頭をはたいた。


「なんではたいたの!?」

「なんか能天気な顔にむかついた」

「理不尽すぎる!」


 目の前の席に腰掛けた『ヒナ』こと日生翔ひなせかける

 目つきは鋭いし全体的にがっしりしてマッチョで肌色も黒めではあるので見た目でびびられることも多いが、中身は体育教師を目指す子供好きで面倒見の良い性格をしている。

 幼馴染で心の友と書く親友であり、サークル仲間であり、颯太と仲の良い先輩後輩でもある。


「時間が合うのって珍しいね。かなり忙しくしてたみたいだけど少しは落ち着いた?」

「まあな。教員試験の二次受け終わったばっかだし、まだまだ先は長いけどな。昼間は用事あったのか?てっきりお前も来ると思ってたけど」

「卒論が」


 自らも思い当たる節があるのかヒナがさっと目線をそらした。


「あのね、私たちは未来に向かってとても重要で忙しい時期だよ。それでも息抜きは必要だ。ヒナは根詰めすぎ。心配だなぁ。まあ何が言いたいかというと、放置されておこだよ!少しは私に構え!」

「全力でうぜぇよ」

「暇を作って遊んでよー!LINEだけじゃなくて出かけようよー!ジェットコースターとかホラー映画とか行きたいです!」


 どちらも颯太の苦手なもので私が好きなものだ。誘えば間違いなく付き合ってくれるが、青ざめ死にそうな顔をしている人が隣に居て楽しめるものでもない。

 それを知っているヒナが溜息を吐いた。


「面倒くせぇ。他のやつ誘えよ」

「女の子はそんなとこ行かないし、ヒナ除いたら男友達なんて二乃坂にのさかくらいしかいないんだよ。奴と二人でそんなとこ行くのは御免蒙る」


 ヒナと同じく中学からの付き合いがある共通の友人を思い浮かべて真顔になる。女好きで女という女を侍らせる下半身節操なし男だ。今は何股しているのか興味はあるが、とばっちりを受けたくない。


「二乃坂で思い出した。一条が帰ってくるぜ」


 声を荒らげた直後、お茶で喉を潤す絶妙なタイミングで聞こえた名前に思いっきりむせた。

 咳き込みながら涙目でヒナを見上げる。


「は?いつ?」

「近日中って二乃坂が言ってた。そんで馴染み面子で飲みに行くかって話してる」

「へぇ。知らない。全然知らない。誘われても居ない」

「来るか?」

「いきた………いや、ちょっと考えさせて」


 言葉を飲み込んだ不自然な私の態度にヒナの視線が突き刺さる。


「なんでだよ」

「なんでもだよ!でも飲みには行きたい!今日は颯太がサークルの飲み会なので夕方とか私とっても暇!どうですか、旦那!」

「昼間颯太に付き合って夕方はお前とか子守の一日すぎる。せめて日を変えろ」


 あっさり袖にされたので諦め、少し雑談をしてから別れた。

 大学の講義を終え、帰路を歩きながら今日の献立に頭を悩ませる。朝だけでなく昨晩も颯太に任せてしまった弊害で部屋の食材残量に自信が無い。

 お惣菜でも買っていけばいいかと卵焼き、ごま和え、からあげと定番惣菜を脳裏に浮かべたところでなんだか懐かしくなった。

 中学高校と毎朝せっせとお弁当を作っていた。

 レシピを見てバランス良く栄養も見栄えも気にしていた昔の私はどこにいったのか。颯太に甘やかされてる弊害だろうか。家事スキルは完全に負けている自覚がある。


 惣菜屋に向かう途中、本屋が目に入って足を止める。

 読書の秋という広告に、そういえば細菌は卒論のための資料以外に本を読んでいなかったなと嘆息する。卒論もごねられているがゴールは見えているし若干の余裕があるしと店内をめぐっていると、各所におすすめコーナーが置かれていた。おすすめ本ピックアップに見慣れた絵があって足を止める。

 カボチャの馬車とガラスの靴。それだけで大抵の人が思い浮かべる物語だ。


『Cendrillon』


 シャルル・ぺローのサンドリヨン。

 読み方を変えるならシンデレラもしくは灰被り。お姫様で連想する代表作でもある。虐げられていた灰被りの娘が魔法使いによって綺麗なお姫様に変身し、王子様と良い雰囲気になったところでガラスの靴を落として帰り、迎えがやって来るハッピーエンド。灰被りといっても身分的には貴族の端くれで正妻の子という正当な跡取りだったりする。平民と結婚するのではないあたり、やはり童話でも世知辛い部分はある。

 シャルル・ぺローが昔ながらの逸話に魔法使いを足したのは、綺麗な姿をしていないと王子様が目を止めないという現実的な意図があったのかもしれない。

 ふと顔をあげ、ショーウィンドウに映った自分にぎくりとした。

 何の色もついていない爪、着やすさで選んだシンプルなワンピースにコート。

 乾燥する季節なのにリップすら持ち歩いてない。


「………やっぱりスーパー行こうかな!そうだそうしよう!」


 若干リズムが乱れた鼓動を抑えながら、私は誰に言うでもなく早口で呟く。

 健康面とか大切だよねと内心言い訳しながら、並べられていたファッション雑誌を何冊か購入しておいた。

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