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後編


 いきなり家のドアをノックも無しに開け、玄関から飛び込んできたミニーを待ち構えていたのは、泣きはらした顔のミアと、その寄りかかっていたテーブルから落ちた数枚の紙切れ。

「あ……」と、ミアは急いで紙を拾おうと手を伸ばしますが……。それより先に、ミニーとジャンキーが拾い上げました。


「借用書……?」

「借金ですって!」


 それはれっきとした借用書。しかも結構大きな額です! 二人は驚いて、ミアに詰め寄りました。観念したミアは、全てを打ち明けます。

「それは昔、父さんが背負った借金だったの。コツコツと、最初は街で働いて返すつもりだった……。相手さんの方は、承諾して下さっていたの。でも、ついこの前。急に借金の利息が上がって、払えないとわかると、条件を出してきた。それが……」

「お姉ちゃんに結婚を迫ったのね!」

と、話の横からミニーが口を出します。ミアは暗い顔をして、何も言いませんでした。

「それが、昨日の男……」

 ジャンキーがそう言うと、ミアはハッとしてジャンキーの顔を見上げました。そして悲しそうな表情を見せて「……見ていたのね」と言いました。

 ジャンキーはそのミアの瞳に圧倒され、「ごめんなさい!」とすぐに謝りました。

 視線を外したミアはすごくショックを受けたかのように見えました。「もう、今日は2人とも帰って。今日はひとりになりたいの。……お願いよ」

 ミニーとジャンキーは、そっと家をあとにしました。


 ミニーとジャンキーは帰り道を歩きながら、しばらく黙っていました。家の中ではきっと、ミアがひとりで泣いているに違いないと思うと、いたたまれない気分になります。

 僕に出来る事。ミアのために何か出来る事は、無いのか! 無いのか!

 激しく怒りで体が震えるジャンキー。「くっ……!」

 そんなジャンキーを横目に見て、「あるじゃない。お姉ちゃんのために出来る事が」と、ジャンキーの太い腕をミニーは叩きました。キョトンとするジャンキーに、さらに続けてミニーは言います。


「看板を早く完成させてよ。店を繁盛させて、儲ければいいんでしょう?」


 ……そりゃそうだ! と、ジャンキーはピョンと跳ねて急いで作業場へ走って行きました。



 ……こんな事に気がつかなかっただなんて!

 ジャンキーは、ミアとミニーに申し訳なく思いました。


 そのままこの勢いで、ジャンキーに休みはなくなりました。全神経を集中し、看板の制作に注ぎこみます。ここに来た始めの内は、ミアに1日でも会いたいしという気持ちがあって、ゆっくり作り仕上げていくつもりでした。

 ですが今はもう一刻も早く、早く! という気持ちでいっぱいです。

 ミアと過ごすおやつの時間も、なくしました。ジャンキーの代わりに、ミニーがミアの所へ行って お菓子やパンを食べているらしいです。

 そして夜も帰らず、店をミアに頼んで宿代わりにして、看板の制作に没頭しました。



 そうしてついに……。

 看板は出来上がりました。


 出来上がった看板を見て、ミアとミニーは息をのみました。


「すごい……!」

「素晴らしいわ……! こんなの、見た事がない……!」


 見事な木彫りの装飾の枠とその仕様。中は、クマとリスが向かい合わせになって、お互いの木の実を交換しているように見えます。そして中央に、店の名前である『リ・メイド』が、彫られています。

 これは看板ではなく……芸術作品ではないでしょうか! ……


 ミアの目から、涙がこぼれそうになりました。そして、

「ありがとう……! ありがとう、ジャンキー。明日からでも、さっそく店を開けたいわ。きっとお客さんがたくさん来る! ああ、準備しなくちゃ。急がなくちゃ!」

と、あたふた。そんなミアを温かく見ながら、「手伝うよ、ミア」とジャンキーは呼びかけました。



 ……しかし。開店して数日が経った今。

 お客さんはこれまで、たった数人しか、来ませんでした。

 所詮、田舎のこんな野に包まれた所に花屋がオープンしたって、誰も買いに来ないのです。売り上げが全くない日もありました。

(このままでは……)

 ジャンキーの『描いた看板をつけたその店は必ず繁盛する』というのもマガイモノになってしまうし、ミアの借金も到底返せません。

(何とかしなくては……。でも、どうやって?)

 ジャンキーは、店の前の木のイスに座って悩んでいました。


 あんなに素晴らしいと褒めてくれた看板なのに。

(このままでは、申し訳ない。僕の力不足だ……)

 誰も見てはくれない。

(僕のせいだ)

 たいした事なんて無いんだ。僕の力なんて。

(ミアは、あの男の所へ行ってしまう……!)


 どうしたらいいんだ。どうしたら……。


 ジャンキーは思い悩みました。


「思い詰めないで、ジャンキー。あなたのせいなんかじゃない」

 背後から、焼きたてのパンをカゴにいっぱいに詰めて優しく笑うミアが来ました。カゴをジャンキーの傍らに置き、両手をジャンキーの肩からスルリと後ろから伸ばして、そのままそっとゆっくり抱きしめてくれました。

「あなたはちっとも悪くなんかない。もっと自分に自信を持って! せっかくの大きな体が台無しだわ……!」

 ミアは自分に、いつも笑いかけてくれる。それで満足でした。

「……パンを頂くよ。せっかくミアが焼いてくれたんだ。冷める前にね」

 ミアは喜んでジャンキーにカゴを取ってあげました。


 すると。


 店から少し離れた所から、こちらを じーっと見ている子どもがいました。年は、7・8才くらいでしょうか。くるくると巻き毛が可愛らしく、片手の指をくわえて、こちらの手元を見ているようです。

「……きみ、これが欲しいんだね? こっちへおいでよ」

 ジャンキーは食べかけのパンを指して、もう片方の手で手招きしました。すると子どもは、ソロリソロリとこちらに来て、ジャンキーのヒザの上のカゴの中のパンを見ました。そして、ゴクリとのどを鳴らします。

「どうぞ。全部持っていっていいわ。袋に入れてあげるね」

 ミアは袋を取りに店の中へ入って行きました。子どもはカゴの中から丸いパンをひとつつかむと、ガブリと大口でパンにかぶりつきます。

 よほど、お腹がすいていたのでしょう。ひとつのパンをすぐに平らげてしまいました。

 少し満足したのか、パッと、今度は店の看板の方に目をやりました。そして手を舐めながら、看板に近寄っていき目を輝かせました。

「すごいなぁ。こんなの、彫れないや……」

と、ジャンキーの方を向いた時、無邪気な顔で笑いかけました。

 ジャンキーは嬉しくなって、「ありがとう」とお礼を言いました。すると同じく、店から袋を持ったミアがパタパタと駆けて出て来ます。

「おまたせ! すぐに詰めてあげるね」

 残ったパンを詰めてあげるとすぐ、子どもは大はしゃぎで、お礼を言って帰って行きました。



 ……数日後。店に良い風が流れてきたようです。

 あの、パンをあげた子どもが、友達数人と親達と、そして記者のような格好をした大人を数人、連れてやって来ました。「ここの花屋さんのパンだよ! それと見て! この看板!」

 子どもはそう騒ぎ急かして、大人達を引っ張って来ました。

 ミアとジャンキーは顔を見合わせて、子どもに「この人達は?」と聞きました。元気よく、子どもは答えます。


「あの時のパンすごくおいしかったから、友達と、ママ達で食べたんだ! そうしたらママがぜひこのパンを作った人に会いたいって。ママ、雑誌の編集者なんだよ!」


 事情を飲み込めた2人は、子どもが言う「ママ」らしき人物からも、事情を聞きました。

「ぜひ、ここのパンを紹介させて下さい」

 しかし一瞬、2人は困ってしまいました。だって、ここは花屋です。パン屋ではありません。

「あら、パンも売れば いいじゃない!」

と、横からミニーが顔を出しました。こうして、花屋『リ・メイド』は、パンも売る店『リ・メイド』に、なったのです。


 事態はトントン拍子に良い方向で進みます。

 雑誌や地元新聞で取り上げられた『リ・メイド』人気は、爆発的でした。ミアは、毎朝毎日毎晩パンを焼く事になりました。ミニーとジャンキーだけでは手が足りず、バイトも雇って多忙な戦闘的毎日を送る事となりました。

 そして、あの素晴らしいジャンキー作の看板。それも、街の方から徐々に高い評価や支持を受けていくようになりました。一度、市長までやって来て この看板を絶賛したのです。それが火種となり、ブレイクとなりました。


 パンを食べに来るお客と、

 看板を見に来るお客と、

 その両方の、お客。


 多大な借金など、本当にあっという間に返せてしまいました!


 ジャンキーは、ミアを抱え上げ、ぐるぐるとその場で回ります。2人とも嬉しくて嬉しくてたまりません。

「結婚しよう! ミア! ……いや、して下さい、ミア」

 ミアは また、優しくジャンキーを見つめ返します。

「……はい」

 その一言で、充分でした。



 気がついているのでしょうか? ……


 もう、あの体だけが巨大な、気が小さかったジャンキーは、いません。


 今ここにいるのは。


 好きな人を手に入れた、自信に満ちあふれたひとりの男。



『ビッグ・ジャンキー』



 呼び名は、変わらないままです。



《END》



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