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「63話」 闘い!

ママandパパに移ります


 穏やかな朝日が昇る。


 今朝の食卓はいつも通り、普段とはなんら変わりなく進んでいた。


 湯気のたったスープ、柔らかいとは言えないパン……


 そして、妻が夫のためにコーヒーを入れる。


 この……イスリアの王国の中流階級の家ではどこでも、よく見れる景色だ。


 しかし、この家とそれらとの大きな相違点は、より食卓を華やかに彩る子供らがいない事だろう。


 今だ、若々しくその姿を映す2人の夫婦には在ってはならない事だろう。


 そして……もう1つ。


 それは、その食卓は、あまりにも静かすぎた。


 会話はそこには無く、音も、2人の時たま鳴る食器の音くらいであろう。


 不気味なほど……まさしく、深夜の森の中の様に静まり返った食卓だった。


 が、その静寂の発生源は夫の方に在った。


 彼からは、何人も寄せ付けない……どこか、ピリピリとした空気が放たれていた。


 彼は、その事を自覚しているのかしていないのか、ユックリと妻の淹れたコーヒーを口に運ぶ。


 甘すぎたのだろうか。


 彼の端正な顔立ちは苦笑の形にゆがむ。


 が、優しい彼はそれを妻に気取られぬ様に再びその甘い飲み物を喉に通す。


 しかし、妻の方も彼と10年以上連れ在った伴侶だ。

 彼の些細な変化は彼との子供よりも知っているだろう。


 だが、妻はあえてその事を口にしなかった。


 その真意はわからない。


 夫はその事に気づきもしない。


 彼女の、蜂蜜色の髪の毛は今は頭の後ろにまとめられている。


 これは、彼女が夫と出会う前……ただの村娘に過ぎなかったころから家事をする時のくせだ。


 夫は、そんな妻の日常的な髪型が大好きなのだろう。


 ヒトナリの音も立てないでスープの具を口に運ぶ妻を、その紺碧の瞳を細め、見つめている。


 妻の方はその視線に気づいてはいない。


 夫からは依然としてなんらかの拒絶の空気が放たれていた。


 腰に帯びられた剣からもその事は見て取れる。


 だが、彼の表情はそんな事を忘れされるほどには柔和だった。


 既に食べ終わったのだろうか。


 今は、食卓に頬杖をついてそんな彼女の食べる様をユックリと鑑賞していた。


 結婚する前から、子供が生まれるまで、彼は食事と時、ずっとこうして妻の顔を見ていた。


 初子が生まれてからは行儀が悪いと己を戒めて行わなかった行為だ。


 それを、彼は今、無自覚のままに行っていた。


 妻の手が食器から離れる。


 どうやら彼女も食べ終わった様だ。


 日は徐々に高くなりつつある。

 鳥のさえずりも窓の外を彩っている。


 だが、そんな生きた朝の喧騒もこの空間には届かなかった。


 どこまでもセピア色の拒絶が夫の周りを取り巻いていた。


 2人とも、動かない。


 お互いで食べ終わった事を理解しながら、しかしそれでも2人が動く事はなかった。


 夫は、妻の姿を見続け、


 妻は、ずっとうつむいたままだった。


 この食卓には時が流れていない。そう錯覚させるには十分すぎるほどだ。


 妻の髪の同じ、蜂蜜色の朝日が2人のシルエットを映し出す。


 妻の影は食卓にのびるが、夫の影は地面を這う様に床に刻まれていた。


 妻は、そんな影の様子に恐怖したのだろうか?


 身震いする様にじっと2つの影を覗き見る。


 窓の外からは番いの鳩が彼らの様子を眺めていたが、次の瞬間には興味が失せたのか飛び去っていった。


 そんな鳩らがいなくなった事にドチラかが安堵のため息をついた。


 ……妻は意を決したように顔を上げた。


 その拍子に彼女が耳にかけていた一束の髪の毛が落ちる。


 夫の様子は変わらない。


 妻は、そんな夫の様子を気にするでも無く問いかけた。


 「本気で……行くの?」


 彼女の新緑色の瞳には涙が溜まっている。


 夫はその言葉には答えない。

 だが、その表情は硬い物になっている。


 まるで、これ以上聞くな。と言ってるようである。


 妻は、それを肯定と受け取ったのか、更なる質問を浴びせる。


 「ニアや……グレイプの事はどうするの……?」


 ついに彼女は目を伏せた。


 本の対先ほどまで気丈に夫を睨んでいた瞳からは大粒の涙がこぼれる。


 つらい事から逃げたのに、

 逃げる事こそが真の苦痛だった。


 やはり、夫はその言葉には答えない。


 その表情(カオ)は、優しい……優しすぎる彼らしい、困惑の表情が浮かんでいた。


 彼は、妻への答えを用意していないのだろうか。


 ーーそれとも、妻の納得する答え?ーー


 妻の手には、何時の間にか握り締められた紙が在った。


 封は切られている。


 印の部分には、イスリア王国の公用印が押されている。


 それは、国王からの勅令証だった。


 夫はやはり、苦笑でしか返さない。


 しばらくの沈黙は妻に更なる追問を許した。


 「復讐……なんでしょう……」


 その言葉は疑問、と言うには断言的すぎるが、断言と言うには疑問的すぎた。


 復讐……妻の放った言葉に軽さや明るさはなかった。


 雲が太陽を覆ったのだろうか。


 薄暗い影が2人の影を見えない物にする。


 夫は、ついにその硬い口を開いた。


 しかし、その口調は思いのほか明るいものだった。


 「大丈夫!  カテン国を退けたら直ぐに帰ってくるよ!  ……だから……」


 だが、そこまで言って彼の言葉は遮られた。


 「良いよ……分かってた……いつか、貴方がまた戦地へ赴く日がくるんじゃないかって……」


 ガラスの上に張られた、2人の日々。


 いつ崩れるともしれぬ恐怖の中で、彼女は確かな幸せを手にしていたようだった。


 (アイ)する人と結ばれ、(イト)おしい2人の息子に恵まれ。


 彼女は、泣いていた。


 目を閉じたまま、彼女は泣いていた。


 何故泣いているのかは知れない。


 しかし、彼女は泣いていた。押し殺していた10数年分の想いが彼女の中を駆け巡る様に。


 そして、そんな想い出に一つ一つ触れる様に、彼女は涙を流していた。


 彼女の視界は閉ざされていた。


 閉ざされたまま、泣いていた、この時の彼女は誰よりも孤独だったろう。


 しかし、その時、彼女に対して、覆いかぶさる様に何者かが彼女に触れた。


 耳元で、硬い声が響く。


 「大丈夫……絶対、戻ってくるから……次の君の誕生日までに、絶対……!  だから、その時はまた、家族全員で、君の生まれた日を祝おう……」


 夫は、彼女を慰める為に、誰よりも残酷な嘘をついた。


 彼女は、この言葉が嘘になるという事を知っていた。


 きっと、きっと、きっと、


 だけど。彼女はその言葉にしがみついた。ケして、その言葉、その希望を離さない様に。


 “運命”に、抗う様に。


 



 夫は、少女の様に泣きじゃくる妻の背中をユックリとさすった。


 彼女の零れた髪の毛を耳につけなおしてやると、彼は、自分の唇をそっと、しかし力強く押し当てた。


 最後のキスかも知れない。


 これは、ドチラが思った事だろうか。安堵のため息は何方もしていない。


 「……愛している……」


 「結婚する時にも言ってなかったくせに……」


 ☆


 妻は、夫を送り出す。


 例え、これが彼の背中をみる最後に成ろうとも、彼女の……女としての力が彼を見送る様にした。


    “運命”に抗う様に。


 

 


 


 

 

 


 

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