「54話」 彼女たちの場合『3』
これが最後の彼女たちの場合かな?
銀色の廊下、
どこまでも続く暗闇、
だが、そこは決して無音では無かった。
静閑とするその暗闇の空間にただ一つ、急く様な足音がこだましていた。
「……ッ……」
そう、ただ、走っていた。
走っているのは少女だった。
何かに追われるように、何かに恐怖するように少女は走っていた。
事実、その少女を助ける物はない、少女を包む物は静寂と薄暗さだ。
少女の耳には、今でも二人の少年の話し声が生々しく再生されていた。
それが、少女が今日する理由であり、
少女が急く唯一の理由だった。
今、少女の心は単に悲しみで綴られていた。
少女が、己が通う学院の廊下を曲がろうとした瞬間……!
「……また、逃げるの?」
同じとしの頃の……空のように青い髪をもった少女が現れた。
その表情はあまりに冷たい。
そんな、突然の少女の登場に、本の先ほどまで己を急かしていた炎が急速に鎮火される事を感じる少女。
しかし、彼女は再び自らを奮い立たせる為に、恐れを含んだその声で現れた少女にとうた。
「乙女椿……なんで此処に……⁉」
「……それは、オリーブちゃんにも言える事だよ……?」
椿と呼ばれた娘は儚く笑みを浮かべながら、恐れるオリーブに返す。
その微笑みからは椿の感情は読め無い。
ただ、一つ言える事はその髪と同じ空色の眼は酷く悲しげ
にオリーブを見つめていた。
そんな、椿の返しに戸惑うオリーブ。
普段、強気な光を宿すその瞳は、今では独りぼっちの小娘に他ならなかった。
そんな風に映る程、少女は恐怖していた。
「べ…別に、アタシは何も……」
弱々しく廊下に溶けていくオリーブの声。
鳶色の瞳は伏せられ、嗚咽寸前の様な……震える声が彼女の肩を揺らせていた。
オリーブは怖かった。
何が怖いかもわからず、ただ恐怖していた。
そして、いまその恐怖やの対象は目の前の少女。カミーリャへと移った。
「聞いてしまったんだね」
ポツリとつぶやかれたカミーリャの言葉。
その言葉にピクリと肩を震わせるオリーブ。
二人の少女の関係は、誰がどうみても歴然だった。
依然として椿の顔は悲しみの露に濡らされていた。
暗い廊下、静かな廊下、
明るい月、静かな月、
短く伸びた影も、2人の少女の足元で、そんな夜を彩る。
今、この場で一番喧しい音は互いの心臓の鼓動と呼吸音だった。
あっけなく確信をついた椿、そんなら彼女の精神をオリーブはわからなかった。
「……あなたは、知っていたの?」
そして、湧き出るのは第二の疑問。
純粋な好奇心でも、探究心でもなく。
己よりも真実に違いない場所にいる彼女に対する嫉妬からきた質問だった。
彼女は、自分にない物を持っている。
その事があまりにもオリーブには我慢がならない様子だった。
そんな、彼女の様を察したのか、向かい合う椿は若干朗らかな声で受ける。
「……うん、リーフくんよりかは知ら無いけど、オリーブちゃんよりかは知ってる」
しかし、その答えは些か挑戦的すぎた。
再び、沈黙が取り巻く。
静かな夜。銀色の世界。
何処か遠くで虫が鳴いた。
「……貴女、どうして……」
平気でいられるのか?
おそらく そう聞こうとしたのであろうオリーブの言葉は、その半ばで椿によって遮られた。
唐突に遮られた。
あっけなく遮断された。
「……もう、ワタシは散々迷ったから……」
独り言のようにつぶやかれたその言葉を、危うくオリーブは聞き逃しかけた。
しかし、凛と張られたその声は鈴音の様に耳に心地いい。
「……ワタシ、ニアくんが好き!」
「ーーッ!」
まっすぐ、椿はオリーブの眼を捉える。
その、強い決意を秘めた言葉と瞳に身動きの全てを忘れた哀れな少女。
怖かったのだ。
少女はただ、ひたすらに、目の前の、年の変わらぬこの少女の事を恐怖していた。
「ワタシは、ずっとニアくんの隣にいたい!」
ーーーやめて欲しい。
それが、唯一オリーブの臨んだ答えだった。
その先を聞く事が怖かったのだ。
自分よりも先に、そのままならない気持ちを自覚したその少女の事が、酷く妬ましかったのだ。
だからこそ、自分の気持ちの正体に気づけない。
知ろうとする事が、あまりにも怖いから。
「ワタシ、ニアくんに好きっていう!」
「ッーーーー」
☆
静かな廊下、暗い廊下、
ひたすらに白けた月光に照らされて、今や一輪と成った椿は立っていた。
つい先ほどまで対峙していた少女の事を思うと胸があつい。
と、そんな少女に声をかける物があった。
「よかったのか? ライバルなんだろう?」
暗闇から、けして姿を見せずに物静かな声が弾ける。
少女は、その声に苦笑を添えて言った。
「ライバルだから……だよ、ネブカドネザル」
ーー
ゆっくりと、運命の夜は更ける。
うわぁ




