「40話」 兄弟!
「はぁ……」
俺は、授業が終わって、誰もいなく成った礼拝堂でため息をついた。
ため息をつくのには、勿論理由がある。
「なんで……参加してくれないんだろ……」
誰一人返す者もいないだろう言葉が、人知れず口から漏れた。
もう、この言葉も何回目だろうな……
俺は、さっきからなんの進展もない自分に自嘲するように再びため息をついた。
俺を思い悩ませる理由は簡単だ。
とある生徒が全然“教会学”に参加してくれないのだ。
参加してくれない……と、言っても、別に授業に来ない、とか 常に居眠りしてる……っていう訳ではない。
ただ、嫌いな物を睨みつける様に、ただじっと、俺の言葉を聞いているんだ。
「ザクロくん……このまま、成績落ちなきゃ良いけど……」
そう、俺の案ずる物のタネはそのザクロくんだ。
けして、授業態度が悪い訳じゃ無いんだけどなぁ……
“魔力理論”は積極的に手を上げてくれるんだけど……
俺は、天井を仰ぎ見た。
少々汚れているが、キレイな天井画が眼に映る。
ぅお! びっくりした。
……あ、うん、いやね、俺が上を見たらさ、神様っぽい絵と目が合ったのよ。
心臓止まるかと思った。
「はぁ~~……」
結局、俺はその日は何も良い考えが思いつかず、部屋に帰ることにした。
☆
夜……
月の銀光が窓から射す。
俺は、どうしても寝付けずにその月の光を眺めていた。
パジャマに包まれた俺の細い手足が銀色の煌めきに包まれる。
「はぁ……」
俺は、奥の手である魔力の塊に月の光を通した。
銀の光は、魔力石を通して七色に輝く。
「あの子は、俺とは何もかもが違う……」
彼は、“教会学”の授業の事となると、何もかもに敵意を抱いているようだった。
聖典も、天使も、神も、
何もかも、あの子にとっては敵なのかもしれない。
それでも、あの子が唯一眼を輝かした物があった。
神に反逆した堕天使……
12の翼がその背を彩り、今なお地獄の支配者として君臨する悪魔……
彼は、そんな地獄の支配者に胸を踊らせていた。
「何故なんだろうな……」
俺は、呟きながらバルコニーに躍り出た。
そこもやはり、俺の翼と同じ色の煌めきに満ちていた。
俺の眼に映るのは学院の中庭、緑の木々も白の灯りに照らされて、黒々とした影を浮かび上がらせていた。
そして、その中庭で踊る、小さな影も……
「グレイプ……?」
そう、広い広い中庭で、ただ一人黙々と 木刀を振るう、弟の姿だった。
「なんだってあんなこと……」
そう呟きながらも、そのグレイプの姿に見ほれていた。
知らず知らずの内に、笑みを浮かべていた。
……俺は、ガウンを羽織ると、ゆっくりと中庭へ降りて行った。
☆
「ハッ!……ハッ!」
歩くたびに大きくなる、グレイプの声が小気味良かった。
「頑張りすぎじゃないか?」
「 ハッ……っえ?? に、兄ちゃん⁈」
よくみれば汗を書いているらしいグレイプは、その自慢の金の髪が額に張り付いている。
「なんで⁈」
なんでって……
「弟を心配しない兄なんかいないさ」
事実、片時として忘れた事などありはしないさ。
「でも、結構遅い時間だろ、今、それなのに……」
俺よりも頭半個分ほど背の高いグレイプが俺を心配そうに覗き込んでくる。
ふぅ……
俺は、グレイプを近くのベンチに座らせた、
額に輝く汗は、月の光を反射しながら頬、首、そして鎖骨へと、流れ落ちてゆく。
頑張ったんだな。
「汗だくじゃないか」
俺は、グレイプの汗をハンカチ拭いながら言う。
……グレイプは足が長いから座高は低い筈なんだけど……
やっぱり俺、グレイプの事を見上げないといけないのか……
グレイプの肩向うに青白い月が登る。
穏やかだ。俺も、グレイプも、何もかもがひとつに溶け合ってる様な……たったひとつのこの夜が、永遠に続いて行く様な……そんな、穏やかさだった。
「あ…ありがと」
照れた様に俯くグレイプ。
信じられなかった。
この子が、後1年足らずで死んでしまうだなんて、信じたく無かった。
だから、俺は……
この瞬間こそを、生きる。
「グレイプこそなんでこんな時間に?」
俺が聞くと、グレイプはバツが悪そうに視線を這わせた。
「あ~……なんて言うかさ、勝ちたい奴がいるんだ。 オレよりも強い、オレのライバルでさ……」
にこやかに笑いながら話すグレイプは、今確かに、生きている。
そんな、いつもは癒してくれるグレイプの笑顔が、どうしようも無いほど俺には辛かった。
……きっと、娘が嫁に行く父親って、こんな気持ちになるんだと思う。
そうか……ライバル、か……
「それって、入学前に行ってた人?」
そう、そいつは、グレイプが学院へ入学する 直接の原因を作ったのだ。
グレイプがこんなにも夢中に成っている人……か。
「うん、兄ちゃんほど頭は良くないけど、物知りだし、何よりツエーんだ!」
眼をキラキラと輝かせながら語るグレイプ。
その視線の先にはきっと、俺ではなく、ソイツが映ってるんだろうな……
これは、どうあってもそのライバルとやらを見つけなければ……!
「でも、良かった……」
ん……?
グレイプは、いまだ正面を向いたまま俺に語りかけている。
しかし、表情は心なしか さっきよりも穏やかに感じる。
「兄ちゃんと、ゆっくり喋れてさ……」
ーーッえ……?
「いや、だってさ……学院に来てからこんなにユックリ話したのって 始めてだろ? だからさ……」
そういうグレイプは、何処か恥ずかしそうで……
そんな弟があまりに愛おしくて……
俺は、そっとグレイプの肩に寄りかかった。
本当ならグレイプに寄りかかって欲しいところだが、身長的な問題でそうもいかない。
「え……? 兄ちゃん?」
少し驚いた様なグレイプの声。
しかし、俺は眼を閉じているのでその表情までは読み取れない。
まぶたの向うで、金の光が爆ぜた。
「もう……少し、もう少しだけ、このまま……」
俺がそういうと、グレイプは何も言って来なく成った。
しすがに、夜の風が俺たちを撫ぜた。
すんすんと、草の間を風が通る。
白銀の光が、地面の影に 二人を写し出す、
寄り添って、1つに混じり合うその形は、兄弟というよりも恋人同士だ。
そんな事を考え、1人苦笑する。
「兄ちゃん?」
「ううん、何でもない」
本当に穏やかな時間だった。
静かで、ユックリと流れる時間は幸福だった。
それでも、また太陽は必ず昇る……グレイプの“死”は、確実に迫ってきている。
俺は、絶対に、グレイプを護って見せる……
その結果、たとえ運命が壊れたとしても……




