序幕 〜滑稽な暗黒時代、その名は『大運動会』
- prologue -
国のシンボルカラーをとても大切にする『色あふるる世界』がありましたとさ。
そのあまたの国の中でシトと呼ばれる一帯に、
北西にユニ人が築いたA国と
南東にアリ人が築いたT国がありましたとさ。
『伝統と宗教』の国と呼ばれるA国と
『革新と技術』の国と呼ばれるT国は
片方は精神的な、片方は技術的な面で世界を大きくリードし
各地に同盟という名のくびきをもうけて
正義と言う名の政治的介入をしては領土の一部にしていたそうです。
歴史も文明もこの二つの民族が中心となっていたことから
各国各民族からアリ人とユニ人は尊敬と畏怖の目で見られ
『天上人』と呼ばれていたそうです。
二つの国は昔からそらぁとてつもなく仲が悪くて
もういつからか知れない太古の昔から
世界の覇権を争っていたそうです。
領土の拡大を我先にと貪欲に進める二つのお国は
他の文化圏の人々にとってはもはや天の上の人であり
同時に鼻につく嫌な存在であったそうです。
その二つの国のシンボルカラーは
A国が赤で、T国は白だったそうです。
古代からだらだらと続く赤と白の
時折他の色を織り交ぜての壮絶な戦いを
他国の誰かが、こう言って鼻で笑ったそうです。
まるで終わりなき運動会のようだ。
こっちはもううんざりだよ。
そして今現在。
ついに見ている側をも総出で巻き込んだ
第一次大『運動会』が起こりましたとさ。
『大戦』とか『戦争』や『紛争』とかいう言葉は
過去に使いすぎてインパクトがなくなったから
後の学者が皮肉をこめてこう名づけたんだそうです。
ただ、世界を巻き込んだものはこのときが初めてでした。
第一回目は赤が負けました。
でも、終わりなき大運動会は、やっぱり終わらなかったのです。
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今回お話しますのは色あふるる世界のE大陸の北東に位置する
ルツという一帯のことです。
北国に属する上に決して肥沃な土地とはいえませんが
海から取れる魚介類や、海の宝石である真珠の生産は
全国でも1.2を争う高水準でした。
ただ、外国からの介入を嫌っていたためと
土地の貧弱さ・開発の余地のなさから
ずっと見放されてきました。
ルツの国が唯一取引をしていたのは
南西にある海洋連邦マイヤールのみでしたが
マイヤールは商人の国としても有名でしたので
それだけでも十二分に国をまかなっていけたようです。
ルツにある国は、Y国、R国、K国。
肌が浅黒くて真っ黒な目と髪を持つ先住民族を
『エキゾチックで、肌が絹のようなやわらかさで、すこぶる従順』
と、外来人は大層評価しました。
女だけですが。
外国から入ってきた異人達は当初ルツの女たちを拉致し
売買さえしていたんだそうです。
ルツの民は女を大切にする文化を持っていました。
特にY国は別名『海女と漁師の国』です。
女は海から宝を取ってくる、大切な存在でした。
ルツ全体が異国の『蛮人』の侵入を拒む運動を開始しましたが
Y国は特にその傾向が激しく、
単に旅行をしていた外国人を暴行、
時に殺人事件にまで発展したそうです。
それでもY国政府は国民を咎めようとしませんでした。
当然国間ですさまじい軋轢がありましたが
Y国は動じませんでした。
Y国とて何もいきなり始めたわけではありません。
人身売買という本来あってはならない法律違反を
相手の国側が黙認していたという
事の発端だったからということもあったのかもしれませんが、
当時はマイヤールという盾があったからかもしれません。
良質な真珠の産地であるY国とマイヤールのE国は
当時は友好関係にありました。
E国にとってY国はかけがえのない商売相手ですから
どんぱちを始めれば手を貸す事は目に見えていました。
何よりマイヤールの民がここに渡り
この貧相なルツの土地を開拓し国を建設したという
確固たる歴史があります。
マイヤールの民とルツの民はいわば兄弟同士。
それに道徳的問題と金が絡むのですから
助けないはずがありません。
マイヤールはシトと同じくらい、それ以上の財力と国力を持つ
天下のシトの国々も恐れる隠れた強国です。
Y国に恐れをなした外来の民達は次第に遠ざかるようになりました。
外人渡来から50年くらい経過。
R国はT国と同盟を結び、50年の時を経て
ほとんどアリ人の国に成り下がっていました。
地名もT国風に改名され、言語も統一され文化もほぼT国と同じです。
これでは同盟というよりは制圧されてしまったも同然です。
かつてR国がルツの強国でしたが、
今では違う意味で強国になってしまいました。
かつてR国を統べていた『華人』と呼ばれたルツの民は
あるものは異国人と同化の道を辿り
華人と異国人の混血『アルク』になり
あるものは住み慣れた土地を追われ
唯一生き残ったY国に助けを請う流離う難民『糟人』になりました。
かつてはルツを統一したほどの力と華やかな文化を築いていた華人たちは
『下等な原住民の子』と仲間のはずの同国の移民たちから蔑まれ
『国と誇りと素股を売った罪人』とかつて仲間だったY国民から罵られ
アルク人・糟人ともに悲劇の一途を辿ることになります。
K国は律人を中心にいくつも少数民族が共存する国でした。
律人中心の政治に反発した少数民族の1つ恰民族が反乱を起こし
元々外国人どころの騒ぎではなかったのですが、
A国の交渉によってこの内紛がとりあえず落ち着いたようです。
ユニ人は他国と違ってルツの民との接触も慎重だったのと
先の内紛を止める手ほどきをしてくれたことから
A国のユニ人は英雄のような歓迎をされました。
そうしていつしか他民族特有の不安定な政治の中にユニ人が入り込み
事実上の支配者になっていきました。
それでもR国のような極端な統治をせず
大部分をK国側に任せていたため
K国はA国介入前より明らかに安定した国になりました。
Y国は華人と栄人の二つの民族が共存する国でした。
華人はかつてR国から地方の統治を
円滑なものとするべく差し向けられた官僚の末裔です。
よって華人はY国では支配階級にあたるわけですが、
外人の来襲に危機感を覚えた政府は国民の団結を図るため
Y国民=栄人と名称を統一しました。
無残な仲間の末路を見た華人たちはしがらみを捨てるように
華を捨て栄の名称を受け入れました。
そしてかつて仲間であったはずの糟人・アルク人の亡命を
異国からやってきた移住民同様『虐殺』『弾圧』という形で
国内に入ることを頑として許さない非情の措置をとったのです。
そうして『時』が来ました。
K国に介入して数年後に第一次『大運動会』に敗北したA国は
賠償金と植民地をT国に奪われ窮地に追い込まれていました。
K国を本格的な植民地として支配しなかったため
手をつけられなかった事が幸か不幸か。
負けた後もなおA国を『救世主』と崇拝していたK国は
ぼろぼろになったA国を見捨てる事無く
今までどおり友愛をもって接しました。
これこそA国の狙っていたことでもありました。
K国と同じように各国に売っておいた恩と、
自分たちと比較した際のT国側に感じたであろう
強烈な『嫌悪感』。
これを使って失われた国税と武器を各国から頂き、
T国の重要な収入源であった植民地であるN国を急襲。
T国が対応する前に、実にあっというまに
A国はN国を占領しました。
当然T国側も黙ってはおりません。
同盟国総出で決起してN国を奪回し、
今度こそA国を息の根を止めんと本格的に立ち上がりました。
T国が同盟軍を組んだころ、A国は小さいながら
かつて自分たちが行った援護によって
確実に力をつけていた忠実な小国を扇動し連合軍を結成しました。
同時にN国で得た莫大な富によって巻き返しを図り、
T国との最終決戦に挑みました。
その波はルツにも届き
R国とK国の『ルツの平和』を賭けた戦いが勃発しました。
同時にA国は沈黙を湛えていたY国にも干渉しました。
犀舷省にまで難民や亡命者が食い込み増える一方で
手を焼いていたY国は彼等を合法的に葬り去る手立てを
この戦いに見出したY国は参戦を決意しました。
同時に厄介な隣国を消せるのであれば、これほどいい事はありません。
犀舷省の難民達に国民として受け入れる一方、
兵士として男女関係なく戦地に送り込みました。
Y国兵として認められた糟人達は同時に国を奪回するチャンスと奮闘し
ろくな装備も援護もされない、まさに『見殺し』状態の中であっても
予想以上の働きを見せました。
貧相な兵器をも最大限に使いこなし
命がけで、時に命を引き換えに手痛い一撃を加える糟人兵は
R国側からは栄人兵以上に危険な相手として恐れられるほどになりました。
それでも連合国はやや劣勢でした。
その劣勢側に身を置いてしまった『兄弟』を見たマイヤールは
これ以上関われば間違いなくT国の標的になると危機感を覚え
同盟軍側に回ってしまいました。
それを見たY国は恐怖しました。
地理的にマイヤールからR国に物資が供給されるのは間違いありません。
これ以上優位になられたらこちらはひとたまりもありません。
元々T国に嫌悪感を持っていたマイヤール連邦は
同盟軍側に回ってもしばらくは渋っていました。
ですが動き出すのは時間の問題。
Y国は無謀な作戦に打って出ました。
渋っている今のうちに潰してしまおうと
マイヤールを死角から急襲したのです。
マイヤール側にとってはまさかの襲撃で
確かに手痛い一撃を与えることが出来ましたが、反撃も意外と早く、
芳しい結果になったとはいえませんでした。
まさに作戦は失敗に終わったといえます。
おまけにマイヤールの士気が上がってしまい、
Y国は窮地に立たされることになります。
この作戦によって命を落とした柏木浩志中尉の葬儀によって
二人の青年は初めて出会いました。
柏木中尉の弟・柏木正志と、
椎築省の田舎からやってきた柏木家の執事の三男坊
駒田栄助。