Episode 5
空は雲一つ無い晴天。千秋の昨晩の予想は見事に当たったのだった
気持ちのいい秋風を身体全体に感じながら、大学への道のりを少し重たい足取りで進んで行く
いつもの通学用鞄には、メアの洋書が入っている
こうして行動を共にする事になった訳は、1時間前の朝食時に遡る―
「目的?」
「そう。どういう訳だか分からないが、とにかくこいつは本の世界からやってきて、その世界に戻る方法を探すのが目的らしい。だからその方法が見つかるまでの間、家において欲しいんだ」
これは俺が昨晩必死で考えた嘘だ。メアとの誓いを承諾してしまった以上、メアは必然的にこの家にいなければいけなくなる。
そうなれば家族の同意を得なければならない。流石に無断で女の子を寝泊りなんてさせられない。犬や猫とは訳が違うんだから
その兄を納得させる為に考えた嘘。しかしこんなぶっ飛んだ理由で見知らぬ怪しげな女の子を寝泊りさせる事を許可してくれるかどうか、内心ハラハラしていた
「良いんじゃないかな」
「うん、私も賛成だよ!」
「…へ?」
笑顔で返答する春樹と夏樹。思いがけない返事に千秋は少しぽかんとした
「え?えーと…い、良いのか?」
「女の子一人外に放る訳にもいかないだろ?俺は別に構わないよ。家族が増えたみたいで嬉しいしね」
「私も妹が出来たみたいで嬉しいなぁ!」
夏樹は目をきらきらさせながら一人ではしゃいでいる。それを嬉しそうに春樹は見つめていた
昨日の夕食時とは打って変わって楽しい食卓。少しだけ二人の反応に疑問を抱いたが、すぐに快諾してくれた理由が分かった
俺達には両親がいない。頼る人がいない辛さはもう小さい頃に嫌という程味わった
―うちでは、預かれないわねぇ
―お兄さんはもう大人だろう?君達だけでも生活出来るんじゃないか?
―餓鬼は嫌いなんだよ。もう来ないでくれ
幼少期の記憶が千秋の頭を過ぎった
ああ、こんな事言われてたっけな。兄さんには苦労させっぱなしだ
「ありがとう兄さん。迷惑かけてばっかりで…」
「迷惑なんかじゃないさ。ちょっと変わった子だけど…悪い子ではなさそうだしね」
千秋はふっと笑みを浮かべた。そう、悪い奴ではない。
自分を殺してと本を差し出した時の、あの悲しそうな表情を見た時にそう感じた。
「いけね。そろそろ行かないと」
時刻は8時を回っていた。慌しく玄関先へと向かい靴に足を乱暴に突っ込んだ
「マスター……」
か細い消え入りそうな声が俺の足を止めた。振り向くと眠そうに目をこすっているメアが立っていた
その少し間の抜けた表情を見る限りでは、人造人間等という異様な人種には全く見えなかった
「何処、行くのですか?」
「学校だよ。…ああ、そうだ。帰りに図書館寄ってみようと思ってたし、お前も来るか?講義中は本に入っててもらえれば大丈夫だろうし」
「あ…はい。ご同行します」
そう言うとメアは腰に下げたブックホルダーから本を外して千秋に手渡し、メアはその本へと入っていった
本を鞄にしまう前に、メアのいるページを開いた
そこで幸せそうに眠っているメアを見て、笑みが零れた