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Isolation  作者: 浅葱
4/5

Episode 4

「貴方を守る―」


そう言って本へと戻ったメア

戸惑う兄と妹。そして千秋―


千秋の気持ちはどう動くのか―

自室に戻った時には時刻は21時を回っていた


あの後、すぐに食事をした。

食卓は終始無言で重たい空気が渦巻いていて、何を食べても味がしなかった


夏樹が料理が下手な訳ではない。ただ空気の問題なのだがいつものように上手いと言って食べれないのが申し訳なかった


外はもうすっかり暗くなっており、部屋の窓を開けると冷たい風が金木犀の匂いと共に部屋に流れ込んできた


秋も半ばの10月というこの時期が千秋は一番好きだった。物憂げで何もかも儚げなこの季節に自分と似たものを感じたから


何もかも冷めた目でしか見れず、感情表現を忘れた自分に


ベッドに横たわり風を感じた。

その傍らにはメアの本。無意識のうちに持ってきていたらしい


目を瞑り、一分程してから目を開けてみる。本は確かに傍にある。夢ではない事など先程から分かっているはずなのにな、と心の中で自分を嘲った


「なぁ、話…ちゃんと聞かせてくれ」


仰向けになったままそう呟く千秋の視線は窓の向こうに向けられていた


本は薄く光るとぱらぱらと勝手にページが捲られていく。絵のところで止まると輝きを増した光と共に少女は姿を現した


彼は起き上がりベッドの縁へ座った。目の前にいる少女は冷たく無感情な視線を真っ直ぐ千秋に向けていた


「お前はどこから来て…どうやってうちに来たんだ?」


千秋は既に少し諦めにも似た覚悟を決めていた。この少女がどんな事をしても自分の傍から離れないような気がしたから


それは彼の勘に過ぎないが、それ以上に本を手にした時からそんな不思議な予感めいたものを感じていたからだった


メアは表情を変えること無くその場にぺたりと座り込み、千秋を見上げる形になった。その姿はまるではっきりとした主従関係を表した主人と召使いのようだった


「私は…元々本の世界にいました」


「本の世界?」


メアは小さく首を縦に振った


「レイア様の創った本の中の世界。そこで私達メシアは暮らしていました」


レイア様、先程もメアの口から聞いた名前だった。千秋は一つ一つ突っ込んで聞きたい気持ちを抑えて黙って聞いた


「その本の世界が100年前突然消え、私達メシアは外の世界に散々に放り出されました」


「外の世界って言うのは、つまりこの今俺達がいる世界の事だよな?」


「はい」


その時、一瞬メアはとても悲しげな表情を浮かべた。その表情からはいつか自分が味わった事のある深い悲しみを感じた


「100年の間、色々な場所を彷徨い続けて一ヶ月程前この家に辿り着きました」


「一ヶ月も前からあったのか…気付かなかったな」


「気付かなくて普通なんです。メシアは本来人の目には見えない本ですから」


え、と千秋は声を漏らした。人の目には見えないとはどういう事だ?

自分の目にはメアの本が確かに見えている。先程だって触ったばかりだ

メアに答えを求めるように千秋は顔を顰めながら視線を投げかけた。メアはそれに答えるように鋭い視線を返した


「メシアには人とは違う特別な力が備わっています。その力が悪用されぬよう、メシアの本は普通の人間には見えないように創られているんです」


「でも俺は見えてるぞ。それに兄さん達だって」


「一度手にすると、その手にした人間を介して他の人間もその本を見る事が出来るようになるんです。ただ…」


メアはそう言いかけて不思議そうに千秋を見つめた。数秒間見つめ合った時、千秋は何となく照れくさくなり目を逸らしてしまった

女の子と目を合わせる事に慣れていない彼にとっては、その数秒間はかなり長い時間のように感じられた


「何故貴方に私が見えたのか…分からないです」


小さくメアは呟いた。千秋は逸らした視線をゆっくりとメアの方へと戻した。目が合わない程度に気をつけながら顔を伺ってみたが、メアは不思議そうな顔をしたままだった


「つまり俺は…運が悪かったのか」


千秋ははぁと大きく一つため息を吐いてうな垂れた。普通の人には見えないものが見えて、俺はそれが見えた為にこんな事になってしまった

特別何か危害を加えられたわけでも無いが、この先こいつと一緒に居ればこの先間違いなく面倒事に巻き込まれるに違いない。俺の勘がそう言っている

そう思えばため息の一つや二つ、いくらでも出る


「燃やして下さい」


はっきりとした声で少女は言った。その声は冷たくて無感情な声だった

千秋はその言葉の意味をうな垂れたまま考えた。しかし1分程考えたところで思考するのをやめた

何となく意味が分かってしまったから


「本当なら誓いを破棄する事も出来ました…だけど本の世界が消えた時その方法の記憶も一緒に私から消えてしまった…他に誓いを消す方法は…本を消滅させるしかないのです」


そう言いながらメアは本を手に取ると千秋の前に差し出した

本を消滅させる。本の中で生きていたこの少女にとってそれは何を意味するのだろう?

少し考えれば分かる事だった。本を消滅させる事、それはこの少女の死を意味する―


千秋は目を見開いた。驚きのあまり口は半開きになっている

顔を上げて本を差し出す少女を眺めた。その表情は死を目前にしている者の表情とは思えない程落ち着いていた。まるでこういう結末になる事を悟っていたかのように


「私が消えれば、誓いは無くなります。だから、どうぞ」


死を前にしても尚躊躇いの無い言葉。冷めた瞳。感情の無い人形のような表情


ああ


まるで


俺みたいだな―



「それは…出来ない」


気付くとそう言葉にしていた。目の前に差し出された本を受け取りぱらぱらとページを捲った

分厚い本のページはメアの居た1ページを除き全てが白紙

こんな寂しい所に、100年間も。誰にも気付いてもらう事無く。ずっと独りで―


ぱたりと本を閉じて、ベッドを立つと窓際に向かった。澄んだ夜空には幾つも星が見えた

明日はきっと秋晴れだな。そんな事を思いながら夜空の星に目を向けていた


「誓うよ」


「え…」


少女は少し上擦った声を漏らした。窓際で頬杖をつきながら星空を眺めていた千秋はそのまま続けた


「守ってくれるんだろう?俺の事。良く分からんが」


「え、あ…」


「違うのか?」


きっとこんな事言われるとは思っていなかったのだろう。かなり困惑しているようで返答に戸惑っている

顔を見なくても困っているのが分かる。それが少し面白くてわざと意地悪な言葉を投げかけた


「い、いえ………違いません。でも…嫌なのでは?」


「自分でも分からん」


本当は何となく分かっていた。こんな事を言い出した理由を

同情の気持ちもあるが、一番の理由は自分とあまりにも似ていたから放っておけなくなってしまったのだろう


厄介事を自分から受け入れてしまうなんて、本当に馬鹿だな。そうも思ったが後悔はしていない

何故なら、この少女の命を奪う事をしなくて済んだから


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