Episode 3
黒い西洋書に描かれた一人の少女。
少女は突如として実体化し、千秋の前に姿を現した。
メアと名乗るその少女は千秋のガーディアンになると言い出す。
ガーディアンとは一体何なのか―メアは一体何者なのか―。
ダイニングのテーブルには色とりどりのおかずやご飯、味噌汁が湯気を立てていた
ダイニングの隣は続き和室になっていた。4人はそこで卓袱台を囲うように座っている
いつもならテレビ好きの夏樹が真っ先にテレビをつけるのだが、この時ばかりはテレビはつけなかった
ピンと張り詰めた空気に千秋は居心地の悪さを感じていた。多分それは春樹も夏樹も同じだろう
部屋の扉を開けた時、夏樹はかなり同様していた。眉を顰めて少し困った顔をして何かを言いたげに口をパクパクとさせた
やっとの思いでその子は?と聞いた夏樹に対して、千秋は十分な返事をしてやれなかった
とにかく言い訳のしようが無いし、夏樹に見つかってしまった以上春樹にもこのメアという少女の存在を隠しておく事は不可能だと思った
そして春樹を呼びつけリビングで事の経緯を二人に話した。その間メアは他人事のように和室を物珍しそうにキョロキョロと見渡していた
「本から…ねぇ」
春樹は目を丸くしてメアの方を見た。その視線を感じ取りメアは部屋の欄間に向けていた視線を春樹にと向けた
その金色の瞳はまるで無邪気で純粋な子供のように澄んでいたが、その奥底には何か寂しいものを感じた
「信じられないとは思うけど、本当なんだ。他に説明のしようもない」
「うん、そうだな…。本当なんだろう」
メアに柔らかく微笑みかけた兄はそう言った。千秋はあっさりと事情を飲み込んでしまう兄に少し驚いた
けれど思えば兄はファンタジー小説なんかも書いている。こういう事には耐性があるんだろうかと考えると少しだけ納得できた
それに比べて夏樹はまだどうしていいか分からないといった表情をしている。普通ならこういう反応が正しいのだろうなと千秋は思った
そんな夏樹を差し置いて千秋は話を進めた。それはこのメアという人物についてだ
何故本の中にいたのか?どうして本の中から出てくる事が出来たのか?そもそも人間なのか?
疑問は尽きない。千秋は重い口を開いた
「お前は一体どういう生き物なんだ?」
「どういう生き物?」
「例えば…人間じゃないなら宇宙人だとか、吸血鬼だとか、狼人間とか…幽霊とか」
普段聞き慣れないような言葉を羅列してみる。宇宙人とか吸血鬼とか自分でも少し馬鹿らしいと感じた
メアはきょとんとした後、千秋の部屋からリビングへ移動する際に持ってきていたあの西洋書を卓袱台の上に置いた
ぱらぱらと白紙のページがいくつか続いた後、一つのページの所で止まった。メアの居たページだ
当然の事ながら、部屋の真ん中の椅子に座っていた少女はいない
「私はメシアと呼ばれる人工生命体…つまり人造人間みたいなものです。200年前にイリア様の手によって生み出されました」
「人造…人間…」
にわかには信じられないとはこういうことか、と千秋は一人心の中で呟いてみた。
しかし目の前にいる絵の中から出てきた少女を見て、千秋は既に有り得ない事が起きている事を再認識して有り得ない話も認めるしかないのだという事を悟った
メアは自分の居た部屋の絵を眺めながら続けた
「メシアは本を開いた者をマスターとして守り続ける事が使命です。貴方方に危害を加えるような事はありません」
メアは千秋たちの言わんとしている事が分かっていた。見知らぬ怪しい者が突如として現れれば誰だって身の危険を感じるものである。例えそれが女子供の身形をしていようが関係ない
信用されない事を分かっているのか、その言葉はいやに冷たく感じられた
メアの言葉に千秋は一つ引っかかりを感じた。守り続けるって何だ?どういう事だ
まさか、と思いながら言葉の意味を考えた。いくら自分にとって都合の良い様に捉えようとしてもそれは難しかった
分かりきった答えを聞く事程苦痛な事は無いが、自分の思っている事とは違う答えであってくれと淡い期待をしながら問いかけた
「守り続けるって…ちょっとまて、もしかして俺このまま付き纏われるのか?」
「はい。そうなります」
きっぱりとした声で言われてしまった。それも躊躇いも無く
メアは当たり前といった表情を浮かべている。千秋はあまり驚く事無く大きなため息を一つ吐いた
「そうなりますって…お前簡単に言ってくれるな」
頭がズキズキと痛み出すのが分かる。そして突き刺さるような兄と妹の視線
健康だけが取り柄のだったはずなのに、身体のあちらこちらが無意味に痛み出したような気がした
さてどう切り返すかと考えてるうちにメアはゆっくり立ち上がった
「ご迷惑でも、この誓いは取り消す事出来ないんです。ごめんなさい」
そう言うと本が光だして、メアはみるみるうちに光に包まれた。光が消えた頃にはメアの姿は和室から消えていた
驚く春樹と夏樹をよそに、千秋は本を覗き込んだ。そこには最初見た時と同じように椅子に背を向けて座る少女が描かれていた