前編
出会いの、特定の国名や地域名は申し上げられないが、日本以外で中国人女と出会った。
仮にその名をアイメイとしておく。
海外のちょっとした歓楽街には、必ず売春婦が働いている。
夜、男だけで歩けば必ずポン引きのお兄ちゃんが声を掛けてくる。
ポン引きは家族連れの旅行者や、カップルには声は掛けない。
当然だ、お客にはなりっこない。
「安くて、可愛い子がたくさん、見るだけでもいい」
俺が日本人だという事がバレバレなのか、東洋人と見れば、先ずは日本語で話しかけて来る。それが常識なのかは分からないが、とにかくそんな風に声を掛けられた。
俺がスケベそうな顔をしているのか、その辺もよく分からないが
「やりたいんだろう」
などと片言の日本語で誘ってくる。
世界中のほとんどの歓楽街各地で、このように日本男児は軽く見られている。
「本当に安くて、可愛い子がたくさんいるのか」
などと、真顔で聞き返すから、それも仕方ないのかも知れない。
「ホント、ホント」
「見るだけでもいいのか」
「それも、ホント」
「実はウソだ」と言う訳もなし。
ポン引きに付いて行くと、繁華街の中央に、その三階建ての立派な建物があった。
相当に繁盛しているらしい。
広い階段を上る。
一階はお土産屋とレストラン。
意外にも照明は明るく、歩く絨毯も清潔そうなベージュ。上品な造りだ。
観音開きの大きなドアの両側には、大男が向き合って立っていた。
ガードマンではなく、明らかに用心棒の風体。
気安く声を掛けられて気安く応じて付いて来たが、ドアに立つこの二人には
気安さの雰囲気はそのかけらも無い。
まあ、いい。たとえ何が有っても命までは取らぬだろう。
重厚なドアが開けられて中に入ると、ポン引きの随行はここまで、若いウエイターが現れた。
店内を見ると、二人掛けから五~六人掛けほどのテーブルが幾つもある。
思いのほか、でかい店だ。しかも売春宿特有の軽薄さや貧乏くささはない。
ただし、薄暗さは同じものだった。
ウエイターは
「ここに座ってください、何を飲みますか?」下手糞な発音の日本語だった。
「俺は可愛い子を見に来ただけだ」そう伝えてもウエイターはポカンとしていた。
どうやら話せる日本語は、簡単な注文の受け答えだけらしい。
すぐに別の女が現れた。その年齢は42~3歳か。
その女は、やや流暢な日本語でこの店のシステムを説明してくれた。
「ここには若い女がいつも五十人いる。選んで一緒にお酒を飲むか、三階で抱くかだよ」
とても分かり易かった。
「その五十人はどこにいるのか」
「この奥だよ」と店の一番奥を指差した。ただしここからは何も見えない。
「俺は先ず、それを見に来た。ダメなら帰る」
女は笑って
「ダイジョウブ、それで良い」感じの良い言い方だった。
ついでにビールの値段を聞いてみた。案外に安かった。
「一人女を選んで一緒にビールを飲んだら、一時間いくらだ」
安かった。
「抱いたらいくらだ」
高くはなかった。
その女の案内を受けて、女が五十人いるという奥へ向かう。
小さなテーブルが沢山並んだ奥に、大きなガラスで仕切られたブースがあった。
そのガラス越しに、バーの止まり木のようなターンの丸椅子。
その丸椅子が一列の二十近く、そんな並びが壇段で三段。
全ての椅子に女が腰掛けていた。
ガラス越しとは言え、わずか1m先に若い女たち、約五十名の一団。
可愛いかどうかは即答できないが、数に関しては嘘ではなかった。
案内役の女が
「この中から、気に入った子を選べるよ。可愛い子がたくさんいるよ」
俺はそれには何も答えずに、今案内されたばかりの道順を逆行した。
すかさず女は背中越しに
「よく見ないと、損するよ」
俺は振り返って、
「俺一人で飲むだけでも良いのか」
「それはダメよ」
分かりきった返事だった。
「抱かなくても良いから、女の子は選んでね」
ここを売春宿とするか否かは、どうやらお客の一存らしい。
しばし考慮していると女は
「たった一人で、これから何をするつもり?」
それもそうだ。
「分かった、さっきのウエイターを呼んでくれ、ビールを注文する」
ビールを飲んでいると、店内のお客が徐々にだが確実に増えてきていた。
薄暗い店内であっても、欧米系の白人の姿が目立つのが分かる。
日本人らしきお客も少なからず目に付く。
それらの客はテーブルが決まると、席にも座らずに女が待つブースへと向かう。
大抵の客は2~3人のグループだ。
俺みたいに一人客はいないかと探してみたが、俺のテーブル近くにはいなかった。
俺も席を立ってブースの前に立った。
男たちは、ほんのわずかな時間でお好みの女を決めてゆく。
選び方は簡単だ、担当係りの店員に『あの子』と指差すだけだ。
選ばれた女はニコニコと、あるいは無表情で、中には憮然と席を立つ。
そして男と連れ立って席に付く。
俺も女の一団に目を遣る。
国籍はまばらなのだろう、顔つきは多種多様。
あえて言えば東南アジア系が多いと感じた。
年齢は、そのほとんどが20代の中盤くらいに見える。
どの女も全てが可愛いとはいえない、中には醜女もいる。
そして飛び切りの美人はいない。
『可愛い』とは便利な言葉だ。
俺は誰も選ばずに、いったん席に戻ってビールを飲み直した。
するとまたあの四十女が現れて
「みんないい子だよ、早く選びなよ、選ばないのは困るよ」
露骨に、迷惑そうな顔つきだった。
俺みたいな客は『ヤな客』なんだろうと思う。
「もう一度、見に行く。その時は選ぶよ」
俺は女たちのブースに立って、ガラス越しに女たちに全員に聞こえそうな、そんな最低限度の大声で
「日本語が喋れる人、手を上げてください」
他の客の迷惑にならない程度の、大きな声で話しかけた。
女たち全員が何事かと、全員が俺を見た。
言葉の意味は解らなくとも話し賭けられた事に反応していた。
それと同時に俺は全員を見る。
手を上げたのは8人。
この時点で、俺を無視して手を上げなかった女もいたことだろう。
たとえ片言でも話がしたい、言葉が通じないのは寂しい。
ただし、抱くだけなら何の問題もない事だ。
日本語が分からない女は視線を元に戻し、言葉が分かった女は俺を注視していた。
俺は続けた。
「俺が相手でも良い、と思う人は手を上げてください」
3人いた。
俺が初めから気になっていた女がその中にいた。
その女は俺が座る席の前に立って名乗った。
それがアイメイだった、中国人。




