泥だらけを理由に二度縁談を断られましたが、三度目の婚約者は釣瓶の回し方を覚えました
「お水は、たいへん澄んでいる。君の働きには感謝しているよ」
一度目の婚約者は、そう言って私の手を見た。
正確には、私の手袋を見た。泥を吸って元の色を捨てた手袋である。三日かけて井戸の底から腐った枝と小石と、なぜ入っていたのか分からない銀の匙を引き上げたのだから、勲章のようなものだ。
私は胸を張って差し出した。
「握手を?」
「いや。椅子を汚す前に、僕は失礼する」
彼は立った。私より先に。椅子よりも先に。ついでに婚約からも先に立ち去った。
母を通じて届いた破談の理由は、たいそう婉曲だった。
婚家を守る夫人には、清潔で穏やかな務めがふさわしい。泥の中へ腕を突っ込む娘は、働き者ではあるが、妻としての姿を想像しにくい。
井戸へ腕を突っ込まなければ、あの家の人々は銀の匙ごと濁り水を飲み続けていたはずだが、想像力には得意分野があるらしい。妻の白い手袋は思い描けても、腹を壊した自分は思い描けない。
私は工具箱の蓋を閉めた。鉄棒一本、鉤、綱、滑車油。どれも婚約者より素直に所定の場所へ収まった。
門を出るとき、直したばかりの井戸から桶が上がった。陽を弾いた水を見て、私は少しだけ振り返った。
彼は井戸を褒めた。
私には触れなかった。
視線とは案外、浅いところで止まるらしい。
* * *
二度目の方は、もっと井戸をよく見てくださった。
「見違えたよ。あれほど軋んでいた釣瓶が、片手で回る」
「両手でお回しくださいませ。片手で格好をつけると、桶があなた様より先に落ちます」
「君は冗談も言うんだね」
「修理職人は、依頼人が指を潰さないよう笑顔で脅すのも仕事でございます」
そこまではよかった。
たいへんよかった。私は密かに、二度目というものには一度目で覚えたことを生かす知恵があるのだと感心していた。こちらは替えの手袋を持った。裾も高く留めた。泥を落とす布も三枚用意した。完璧。今度こそ優雅。泥仕事をしてなお白鳥のごとく去る私!
ただし白鳥は、自分の裾を踏まない。
井戸の縁をまたいだところで留め紐が外れ、私は半回転した。両手を広げ、片膝をつき、床へたいそう丁寧に泥を献上した。
「これは転倒ではございません」
「では、何だい」
「修理を終えた井戸への、深い礼でございます」
料理女が口元を押さえた。婚約者は床を見た。
嫌な予感というものは、もう少し役に立つ形で来てほしい。たとえば「今すぐ裏口へ走れ」と額に文字で出るとか。
彼は修理された井戸を褒め、私の裾から落ちた泥を見て、差し出しかけた手を背中へ回した。
「君の技術は尊敬している。しかし、妻が屋敷の床をこのようにするのは……」
「雑巾をお借りできますか」
「いや、そういう問題ではなく」
「では、問題のほうを拭く道具はございます?」
なかった。
二度目の破談では、私は井戸を振り返らなかった。泥を布で包み、工具箱を持って、その日のうちに帰った。
家では母が私の作業着を隠し、父が三度目の縁談書を机に置いた。
「今度こそ、井戸仕事のことは伏せなさい」
「手を見れば分かります」
「手袋を外さなければよい」
「井戸が壊れても?」
「婚約が決まるまでは」
つまり水より先に婚約を汲み上げろ、ということだ。桶の底が抜けている。
それでも私は三度目の屋敷へ向かった。工具箱は衣装箱の底へ入れた。鉄棒だけは入りきらず、扇のように抱えた。
優雅さとは、ときに重量がある。
* * *
「こちらが、皆の困った回数でございます」
三度目の屋敷へ着いた翌朝、女中頭のマデリンさんは板を見せてくださった。
台所脇の壁に掛けられた細長い板には、縦線のような細い木札が十七本。札の横には小さな文字で、泥、遅配、水不足と記されている。
「わたくしが参る前の線もございますね」
「屋敷を預かる方には、以前からの問題もお知りいただきませんと」
人前でのマデリンさんは、私の裾に泥が飛ばないか心配してくれる親切な女中頭だった。使用人だけになると、その親切はよく研がれた採点棒へ変わる。
「奥方になる方へ、皆が困った回数をお知らせしているだけです」
ちょうど一本、線が増えた。
「今のは?」
「お湯の到着が遅れましたので」
「わたくし、今ここに立っておりますが」
「井戸の点検を先にお命じになったでしょう」
まだ命じていない。
すごい。私は口を開く前から失点できるらしい。婚約者になると時間まで逆流する。
「点検なら、私が頼んだ」
背後から低い声がした。
ゴーティエ様は、分家屋敷を任されたばかりの方らしく、何を見るにも真正面から生真面目に見た。板も。私も。私が扇のふりをさせている鉄棒も。
「それは何です?」
「東方で流行中の、とても頑丈な扇でございます」
「鉄棒に見えます」
真正面すぎる。少しは斜めから見てほしい。
「井戸を点検なさるのでしょう。私も構造を把握しておきたい」
「汚れますよ」
「着替えます」
「手にまめができます」
「手袋をします」
「高いところは?」
「問題ありません」
問題のある方はだいたいそう答える。
屋敷の井戸には、桶を吊るす太い綱とは別に、井戸壁を点検するための桶座が備えられていた。人ひとりが腰掛けられる板を、巻き柄で上下させる仕組みである。
私は地上で綱と留め具を確かめた。
「まず私が下ります」
「屋敷を預かる者が先に見るべきだ」
「初めての方を下へ入れると、わたくしの仕事が点検から救助へ変わります」
「そこまで無知ではありません」
その言葉から半刻もしないうちに、仕事は救助へ変わった。
桶座を数尺下ろしたところで、巻き柄の留め歯が跳ねた。庭師が反射的に柄を掴み、早すぎる掛け声を上げる。柄は彼の手を滑り、逆向きに回った。
ゴーティエ様の姿が井戸口から消えた。
綱が鳴った。
「止めて!」
私は鉄棒を巻き枠の隙間へ差し込んだ。柄が半回転し、鉄棒へ激突する。両腕まで痺れたが、逆転は止まった。
井戸の底から声が上がる。
「私は無事だ!」
「そのまま動かないでくださいませ!」
「下に足場が見える!」
「見える足場ほど乗ってはいけません!」
予備綱を保管箱から一本だけ取り出す。多ければ安心というものではない。綱が三本あれば、人は三本とも絡める。経験上そう決まっている。
「ポーラさん、こちらへ。庭師さんは反対側を持って」
料理女のポーラさんが袖をまくった。
「今日は煮込みが六鍋です。腕は温まっています」
「頼もしい情報ですが、鍋は置いてきてくださいませ」
「置きました。二鍋焦げるかもしれません」
「ゴーティエ様よりは軽傷です!」
私は身を乗り出し、予備綱の端を桶座の下輪へ通した。指先で輪を探り、止め結びを作る。引いて締める。もう一度、結び目が滑らないことを確かめる。
「下輪へ止めました。お二人は予備綱を。わたくしの合図より先に引かないで」
「引かない」
庭師が短く復唱した。
「ゴーティエ様、両手で座の縁をお持ちください。立たない。上を向かない」
「君は、こういうときも平気なのか」
余計な観察をなさる余裕がおありなら大丈夫。そう返そうとして、喉がうまく開かなかった。
鉄棒が外れれば、巻き柄はまた逆転する。
人が落ちる音を、私は知っている。鉄棒の震えが腕から喉へ上がった。声だけは平らに押し戻す。
「今は、わたくしの声だけお聞きくださいませ」
鉄棒を一段抜き、巻き柄を一回転させ、また差し込む。
「止め、回す、止め」
ポーラさんと庭師が引く。
一回転。鉄棒を差す。
一回転。止める。
庭師が一度だけ早く手を動かし、綱が滑った。
「合図まで止めて!」
「止める」
「回します。今!」
井戸口の下に、ゴーティエ様の泥のついた肩が見えた。
もう一回転。
桶座が縁まで上がる。私は彼の腕を掴み、ポーラさんと三人で地上へ引いた。その勢いで後ろへ倒れ、巻き柄へ額をぶつける。
「これは転倒ではございません」
土の上に仰向けのまま、私は宣言した。
「巻き柄への、少々深すぎるご挨拶です。ポーラさん、笑うのは鉄棒を抜いた後になさいませ」
ゴーティエ様は膝をついたまま、私の手袋を見た。泥に濡れ、下輪を探った指先は黒くなっている。
二度分の記憶が背中を駆けた。来る。手を引かれる。礼儀正しい距離を置かれる。私は起き上がるより先に、手を隠そうとした。
ゴーティエ様はその手袋を両手で受け取った。
「結び方を教えてくれ」
「今ですか?」
「今でなければ、私はまた知らない者に戻る」
生真面目にもほどがある。
けれど彼は手袋を避けなかった。
* * *
失点板の線は、その日の夕方には二十三本へ増えていた。
泥が三本。作業の遅れが一本。水不足が一本。
私は板の前で腕を組んだ。救助された当人は入浴を済ませ、救助した私はまだ片頬に泥がついている。世の配点には偏りがある。
「泥は井戸の周囲と廊下に。昼食は遅れ、水も不足いたしました」
マデリンさんはゴーティエ様の前なので、私を案じる声をしていた。
「婚約前からこの有様では、エリザ様ご自身がお困りになるかと」
「この水不足の線は、いつのものです?」
「帳面に日付がございます」
「ポーラさん」
呼ぶと、ポーラさんは水位控えと台所帳を抱えてきた。紙の角には粉がついている。
「この日は?」
「六鍋です」
「こちらも?」
「その日も六鍋です。井戸が足りなかったのではなく、池へ先に十桶行ったんですよ」
マデリンさんの顎が、ほんの少し上がった。
「庭の景観を保つのも屋敷の務めです」
私は水位控えを失点板の横へ並べた。水不足の線がある日だけ、朝一番の水位は十分で、昼前に大きく落ちている。
泥の線を一本動かす。
その下から、同じ日付が現れた。
遅配の線も動かす。
また同じ日付。
三本とも、庭池へ十桶を回した日だった。
「台所への水が遅れたのは、池を先に満たしたから。廊下が泥で汚れたのは、遠い裏井戸から運んだから。この板は、わたくしの失点を数えていたのではないようですわね」
「わたくしは屋敷全体を考えて——」
「料理は六鍋です」
ポーラさんが帳面を閉じた。
「池は食べられません」
乾いた音がした。たいへん正しい閉じ方だった。
ゴーティエ様は板を外した。裏返し、木目を確かめ、それからマデリンさんへ向き直る。
「今後、あなたを井戸の管理から外す。水の配分と鍵はポーラに預け、記録は私が確認する」
「ですが、泥を屋敷へ持ち込む方を奥方にすれば、皆が——」
「泥より先に、十桶を数えなさい」
普段なら帳面の角まで敬語で揃えそうな方が落とした、一言だけの俗な切れ味だった。
マデリンさんは何も返さず、井戸小屋の鍵を卓上へ置いた。金属が木に当たり、板の線より深い音を立てる。
それで終わった。
追放も、土下座もない。マデリンさんは井戸の仕事から離れ、別の持ち場へ移った。私は彼女の泣き顔にも、破滅にも興味がなかった。水が必要な場所へ届けばよい。人まで泥へ沈め返す趣味はない。
ただ、勝ったから奥方の席に座るのも違った。
私は自室に戻り、借りていた鍵を机へ並べた。正門、私室、衣装部屋、そして釣瓶小屋。婚約者として渡された鍵は四本。私の名で得たものは一本もない。
工具箱を閉め、ゴーティエ様の執務室へ運んだ。
「婚約を白紙にしてくださいませ」
彼の指が止まった。
「マデリンの件なら、君が出ていく必要はない」
「勝ち残りたいわけではございません」
「では、なぜ」
「二度、泥を理由に選外にされました。三度目だけ、泥に耐えた方へ席をいただくのでは、わたくしはいつまでも誰かの屋敷で採点を待つことになります」
四本の鍵を机へ置いた。
「自分の名で、井戸の仕事を受けます。泊まる部屋も、自分で借ります。婚約者だから直すのではなく、職人として直したいのです」
「私が婚約を続けたいと言えば?」
「それは、伯爵家の方が使えるたいへん便利な命令でございますね」
ゴーティエ様は口を閉じた。
私は彼が味方の顔をして私の進路まで決めるのを待った。助けた者は、助けられた者より正しい。世間はすぐ、そのような雑な算数を始める。
彼は四本の鍵を数え、釣瓶小屋の鍵を私の前へ押し戻しかけた。
指先が止まる。
そして、すべてを自分の側へ引いた。
「受け取った。婚約は白紙にする」
胸の奥で、何かが落ちた。軽くなったのか、空いたのかは分からない。
「最後の安全点検を、職人として君に頼みたい。報酬も払う」
「お値引きはいたしませんよ」
「しなくていい」
「助手は?」
「必要なら雇ってくれ」
「ゴーティエ様を指名いたします」
「私を?」
「知らない者に戻りたくないのでしょう?」
彼はしばらく私を見てから、頷いた。
婚約者ではなくなったその日に、初めて同じ仕事の約束をした。
* * *
それから私は、宿屋の二階に部屋を借りた。
井戸の修理依頼は、自分の名で三件受けた。ゴーティエ様は屋敷へ戻れとは言わず、報酬の支払日にだけ現れた。銀貨の枚数を間違えない。余分に払って恩を着せることもしない。腹立たしいほどきちんとしている。
最後の安全点検の日、彼は作業着で来た。
「似合いますね」
「笑っているだろう」
「まさか。袖が左右で違う長さなのは、分家屋敷の新しい礼装かと」
「ポーラが縫った」
「でしたら命を守る正装です。文句を言うと夕食が一鍋減ります」
点検するのは、屋敷の裏手にある別の井戸だった。古いが水量は十分。巻き柄と梁を詳しく点検し、必要なら交換すれば、まだ長く使える。
私は鉄棒を渡した。
「巻き柄が戻りそうになったら?」
「枠の隙間へ差して固定する」
「予備綱は?」
「一本。桶座の下輪へ止め結び」
「引き手は?」
「二人」
「お見事。では、釣瓶へのご挨拶を」
「しない」
「作業前の舞踏は?」
「もっとしない」
私は桶座へ腰を下ろした。
「優雅さが足りませんね。婚約者でなくなってから、わたくしへの敬意が減ったのでは?」
「婚約者だった頃も、君が井戸へ礼をするたび止めていた」
「では、これは職人としての正式な点検舞踏です」
「落ちるなよ」
「落ちるのではありません。下りるのです」
庭師が巻き柄を回し、桶座が下がる。ゴーティエ様は予備綱を持ち、私の手元と梁を交互に見ていた。
半分まで下りたところで、木が裂けた。
乾いた破壊音。
巻き柄が根元から割れ、桶座が横へ跳ねる。肩が井戸壁へ当たり、足が上の横梁と座板の間へ挟まった。次の瞬間には綱が滑り、視界が石壁だけになった。
「エリザ!」
「回さないで!」
返した声が、自分のものとは思えないほど細かった。
足を抜こうとすると、梁の欠片が靴へ食い込む。上体を起こせない。主綱は裂けた巻き柄へ斜めに巻きつき、私が動くたび桶座が傾いた。
自力では上がれない。
その事実だけが、井戸の底より暗く口を開けた。
私はいつも地上にいた。鉄棒を差し、綱を結び、怯える人へ順番を渡した。声さえ平らなら、全員が平らな地面へ戻れると思っていた。
下から見上げる井戸口は小さい。
人の顔も、手も、頼れるほど大きくは見えない。
「エリザ、足は?」
「挟まっています。右足。動かすと座が傾きます」
「分かった。動かさなくていい」
「主綱が巻き枠へ噛んでいます。先に鉄棒を——」
「持っている」
金属が枠へ入る音がした。
一度。浅い。
抜いて、もう一度。
硬い音。固定された。
「予備綱を一本!」
ゴーティエ様の声が井戸壁を落ちてくる。
「下輪へ通す。ポーラ、端を渡してくれ。庭師は反対を持て」
「六鍋分、引けます!」
「今日は七鍋だ」
「一鍋増えました!」
いつもの私なら笑った。
口は開かなかった。
予備綱の端が下りてくる。ゴーティエ様が身を乗り出し、鉤で下輪を拾った。最初は外れた。二度目で輪を捉え、綱を通す。
「止め結び」
彼は自分へ言い聞かせるように復唱した。
結び目が下輪へ届き、締まる。
「庭師、合図まで両手を止めろ」
「止める」
初めての救助では一拍早く引いた両手が、今度はぴたりと止まっていた。
鉄棒一本。
予備綱一本。
下輪への止め結び。
引き手二人。
全部、私が渡した順番だった。
「エリザ、私の声だけ聞け」
かつて私が言った言葉ではない。けれど、同じ場所へ届く言葉だった。
ゴーティエ様が鉄棒を一段抜き、残った巻き枠を一回転させる。
「止め、回す、止め」
ポーラさんと庭師が予備綱を引く。
桶座が上がる。
ゴーティエ様が止め、鉄棒を差し直す。
「もう一度。君が私を上げた順だ」
一回転。
止まる。
座が傾きを戻し、挟まれた足の圧がわずかに緩む。ゴーティエ様が井戸口へ腹ばいになり、片腕を伸ばした。
「右足はまだ動かすな。そのままでいい」
「怖く、ないのですか」
なぜそんなことを尋ねたのか、自分でも分からなかった。
「怖い」
答えはすぐに返った。
「だから順番を変えない」
もう一回転。
井戸口が大きくなる。空の色が戻る。ゴーティエ様の手は泥と滑車油で黒かった。
「手を」
二度、避けられた言葉だった。
私は右手を伸ばした。
彼は掴んだ。
桶座が縁へ届き、ポーラさんと庭師が綱を固定する。ゴーティエ様は私の脇へ腕を入れ、足を梁から外した。地上へ引き上げられた途端、私は立とうとした。
膝がまったく相談に応じなかった。
優雅に一歩を踏み出したはずが、半歩で座り込む。
「これは転倒ではございません」
声が震えた。
「地面との再会を祝う、短い舞踏です」
内心では盛大に床へしがみついていた。地面! なんと平ら! なんと動かない! 今後は舞踏会より地面を敬うべきでは?
けれどゴーティエ様は笑わなかった。
私の前に膝をつき、泥のついた手を開いたまま待った。触れるかどうかを、私に任せる形で。
私はその手へ自分の手を置いた。
「引かれる側にいたとき、私は君を恐れない人だと思った」
彼の掌は震えていた。
「何が起きても平静で、助ける方法を知っている。だから私より強いのだと。それでは、腕前しか見ていなかった最初の二人と変わらない」
井戸の中にいたときより、息がうまくできなかった。
「今日、引く側になって分かった。君は怖くないのではない。怖いまま、周りが迷わないように手順を渡していた。自分の恐怖を後ろへ置いて、他人を先に地上へ戻していた」
彼は私の手を強く握らなかった。
逃げられるだけの隙間を残していた。
「私はそれを、無傷だからできることだと思っていた」
「無傷では、ございませんでした」
「うん」
「二度とも、泥を見た目を覚えています。今日もゴーティエ様がわたくしの手を見るたび、避けられると思っておりました」
「避けない」
「言葉ではなく」
私がそう返すと、彼は一度頷いた。
それから立ち上がり、折れた巻き柄のそばへ行った。鉄棒を抜き、泥のついた予備綱をほどき、止め結びを作り直した。庭師へ確認させ、ポーラさんへ水の順番を尋ねた。壊れた梁には使用停止の札を掛け、私の工具箱を勝手に持たず、持ってよいか訊いた。
一つずつ。
私が返事をするまで、次へ進まなかった。
その背中を見て、ようやく分かった。
手順を渡すことは、知識を渡すことではない。間違えたら自分が落ちる、その怖さごと相手へ預けることだ。
そして受け取るとは、覚えたふりをすることではない。
必要な日に、同じ順で手を動かすことだった。
「救われる側になって、ようやく分かりました。手順を渡すのは、怖さごと預けることだったのですね。受け取ってくださって、ありがとうございます」
ゴーティエ様は工具箱を私の隣へ置き、再び膝をついた。
「婚約を白紙にした君へ、命令ではなく頼みたい」
「はい」
「私ともう一度、婚約してほしい。今度は私の屋敷へ入るためではない。君の仕事をやめさせるためでもない。私にも仕事を覚えさせてくれ。一緒に井戸小屋を持ちたい」
「お給金は?」
「私が払う」
「共同なら、わたくしも払います」
「では折半で」
「鍵は?」
「二本作る。一人一本だ」
「泥は?」
「落とせば掃く。落とさなければ、そのまま働く」
たいへん実務的な求婚だった。
けれど私は、そういうものを待っていたのかもしれない。花束より鉄棒、甘い言葉より止め結び。何より、こちらが怖かったと知ったあとも、手を引かない人。
「二度目の婚約ですから、前より慎重に参ります」
「三人目の相手との、二度目だ」
「算数まで覚えましたのね」
「釣瓶より難しかった」
私は差し出された手を取った。
「お受けいたします、ゴーティエ」
様を外した途端、彼の指が一度だけ強く閉じた。
これで決まった。
二度の破談では、相手が私を選ばなかった。
三度目は違う。
救われる側で見つけ直したこの人を、私が選んだ。
後日、共同の釣瓶小屋には二本の鍵ができた。
一本は私が持ち、もう一本はゴーティエが持った。どちらかが先に着けば戸を開け、遅れてきたほうが巻き柄を回す。
三度目の婚約者は、釣瓶の回し方を覚えました。




