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【完結】さようなら、私の愛した騎士様。二年間搾取された有能侍女は、冷徹次期侯爵の手を取り完璧な決別を選びます!  作者: 恋せよ恋


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第18話 ダリルの弁明と「甘え」の崩壊

 開け放たれた大広間の扉。そこから、一人の女性が静かに歩み進み出てきた。

 その姿が視界に入った瞬間、会場にいたすべての貴族たちが息を呑み、ダリルは自分の目が信じられずに硬直した。


 そこにいたのは、いつもの地味な黒い侍女服を纏ったメリッサではなかった。


 オレオ侯爵家の令嬢イザベルが、自らの専属侍女であり大好きな女性であるメリッサのために、最高級の仕立て屋に命じて作らせた、夜空を切り取ったかのような深い紺青のドレス。洗練された意匠は彼女の知的な美しさを極限まで引き立て、結い上げられた髪には侯爵家から贈られた星屑のようなダイヤモンドが輝いている。


 それは、並の上級貴族の令嬢すら霞むほどの、圧倒的な気品と美しさを湛えた「完璧な淑女」の姿だった。



「め……、メリッサ……? 嘘だろ……?」


 ダリルの口から、掠れた声が漏れ出た。


 彼の知るメリッサは、いつも一歩引いて、自分の三歩後ろを控えめに歩く、地味で従順な女だったはずだ。だが、今目の前にいる彼女は、自分など到底手の届かない遥か高みの存在に見えた。



 スティーブの横に並び立ったメリッサの瞳には、かつてダリルに向けられていた温かな光は、もう一滴も残っていなかった。ただ冷徹に、目の前の罪人を見つめる視線だけがある。


 その氷のような瞳を見た瞬間、ダリルの中に猛烈な恐怖が湧き上がった。

 すべてを失う。騎士の地位も、名誉も、そして――自分が本当に愛していた、唯一の女性も。



「ち、違うんだ、メリッサ! 聞いてくれ!」


 ダリルはなりふり構わず叫び、メリッサに向かって一歩を踏み出した。だが、すかさずスティーブ直属の近衛騎士たちが剣の柄に手をかけ、ダリルを鋭い殺気で威嚇する。ダリルはその場に縫い付けられながらも、必死に言葉を紡いだ。


「カサンドラ伯爵令嬢とは、その……ただの遊びなんだ! 浮気心なんて、これっぽっちも無い! 弱小貴族の三男坊である俺が、騎士団でのし上がるために、向こうの誘いを断れなかっただけなんだ!」


 広間から「見苦しい」「恥知らずが」と容赦のない冷笑が漏れる。だが、ダリルは周囲の目などもうどうでもよかった。メリッサにだけは、自分の「本心」を伝えなければならないと、半ば狂乱しながら言葉を重ねる。


「俺が本当に惚れているのは、世界でメリッサ、お前だけなんだ! 学園二年生のあの頃から、俺の妻になるのはお前だけだって、ずっと決めていた! カサンドラから貢がせた金だって、いつかお前と贅沢な暮らしをするために貯めておくつもりだったんだ! 嘘じゃない、信じてくれ!」


 ダリルの叫びは、彼なりの「本物の愛情」だった。


 彼は確かにメリッサを愛していた。いつか結婚して、彼女を幸せにするつもりだった。だが、その根底にあったのは、「メリッサなら、自分がどれだけ不実を働いても、最後には許して俺の元にいてくれる」という、底無しの傲慢さと甘えだった。


 自分の浮気や搾取が、どれほどメリッサの尊厳を傷つけ、その心を殺し続けていたか。その想像力が、この浅はかな男には決定的に欠落していたのだ。



 ダリルの必死の弁明を、メリッサは静かに聞き届けていた。


 かつての彼女なら、彼がこれほどまでに自分を求めてくれれば、胸を痛め、涙を流したかもしれない。だが、学園を卒業してからの二年間という月日は、彼女の涙をすべて枯らし、心を冷徹な鋼へと変えるのに十分すぎる時間だった。


 メリッサは、ゆっくりとドレスの裾を揺らしながら、ダリルの正面へと歩み進んだ。

 そして、まだ縋るような目をしているかつての恋人を見下ろし、凛とした、けれど完全に冷めきった声を響かせた。


「ダリル。申し上げますが、私は――あなたの都合の良い貯金箱でも、いつでも帰ってこられる港でもございません」


 その静かな一言が、ダリルの胸を深く突き刺した。


「あなたがカサンドラ様と逢瀬を重ね、私に嘘を吐くたびに、私はあの日、学園の裏庭であなたが私にくれた誓いを思い出していました。……あの頃のあなたは、本当に優しくて、真っ直ぐな、私の愛した騎士様でした」


 メリッサの言葉に、ダリルの顔に一瞬、希望の光が走る。しかし、続く言葉が、その希望を跡形もなく粉砕した。


「ですが、私の愛したダリルは、二年も前に、王都の欲と虚栄に塗れて死んでしまったのです。今、私の前にいるあなたは……見栄のために別の女の手を取り、婚約者から金を毟り取る、ただの見苦しい罪人でしかありません」


 メリッサの瞳から、すべての感情が消え去った。残っていたのは、怒りすら通り越した、完全な無関心だけだった。


「さようなら、ダリル。あなたが『そろそろ結婚してやってもいい』と高笑いしていたその瞬間に、私たちの関係は、文字通り完璧に決別したのよ……」


 ダリルの頭の中で、何かが音を立てて崩れ去った。

 メリッサはすべてを知っていたのだ。自分が昨日、詰所で同僚に放った傲慢な言葉まで、すべて。


「あ……、あ……」


 言葉を失い、その場に膝をつくダリル。


 彼がどれほどメリッサを「本気で好き」であったとしても、その甘えの代償は、もう二度と取り返しのつかない破滅として、その身に降りかかろうとしていた。


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