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〔状況と活動〕 ~Status and Activities.~

【通報が遅れたのは、誰のせいだか言って欲しいんだけれど?】

 と、あたし。

 さほど、早くも無い、しかし、遅すぎもしない歩調で歩きながら。

 大体事情は解った所で、こりゃあ、愚痴も出るわ。

【第一斑が、とりあえず、自分達で何とかしようって、頑張っちゃった、結果らしいよ。】

 あたしの直ぐ傍らを、似たような歩調で歩きながら、ラエラ。

 長い廊下。差し込む朝の日差しまでが、事務的で、知性的で、空々しい。

【頑張らないで欲しかったような気がする。】

 行きがかり上、遠慮がちな感想を洩らす、あたしの“聲”を、ラエラはどう受け取ったのか、

【最終的な帰還は、夜明け前らしい。第一斑の。】

【最終的な結論も、その時間帯、と言う訳だ。】

 解っているけれど、あたしが眠っている時に、そんな大事件が、起こっていたなんて。

 愚痴と溜息は、既にこの唇からは、出尽くした。今は、ただ、黙って歩くだけ、と。

 良く似たデザイン(全体的に、個人の趣味は尊重する気風で、本当に良かった。)の暗色のレザー・コートが、床の上に翻る。

 公式の用件をなすべき場所なのが解る様に、大抵、このエリアは、革靴の人間が歩く。ついでに、今のあたし達は、ロング・ブーツだ。


 リノリウムの床の筈なのに、憎ったらしい。

 いくら、蹴り倒しても、中々思い通りの音量と効果にならない。

【やめてよ。】

 喋り言葉とそう変わらないイントネーションで、ラエラが言った。うんざりした口調で。

【床が、悲鳴を上げたら、あんたのせいだから、ルウ。】

 う。妙に的確な皮肉を言うようになったわね。ラエラ。

【おいおい。】

【まじかよ。】

【ルウとラエラだぜ。】

【それほどの、事態だって言うの?】

【それほどの、事態なのでしょうね。】

 幾つもの似たようなドアが並ぶ、廊下の両側から、洩れて来る、響いて来る、聲、聲、“聲”。囁き交わす本人達は、壁の向こうであり、それぞれ、個別の部屋に待機している。とは言え、森の中を歩いているみたい。小鳥の声や野獣の唸りに取り囲まれて。と、思いきや。

【お早うさん。ルウ。ラエラ。】

【大変だな。】

 この状況下で、親しげに話しかけて来る、剛の者もいたりする。疎かにする訳には行かない。

 中には、朝、ラエラがあたしにしたように、最新の情報を届けてくれる者もいるからだ。

【決めるのは、“司令官”だろう?誰を派遣するか決めるのはさ。】

【あと、“委員会”とかね。】

 同じ基地内でもこの辺の“力”のレベルは高くて、殊更に透視能力クリアヴォワイアンスを駆使し様としなくても、どのコンビだか、或いはチームだか見なくても、分かる連中が揃っている。

【当然でしょう?あたしにだって出来る。】

 と、ラエラ。あたしの名前を挙げるのを忘れているぞ。


 “基地司令官”の部屋は、“基地”敷地内の、奥まった場所にある。

 特に、理由は無いかも。そうでもないかも。


 あたし達=あたしとラエラは、(結局)呼び出しを受けて、仏頂面(だと思う)の司令官と対面するべく、“執務”エリアの、この廊下を歩いている。現在AM7:30。

 ベッドから起きて、二十分と経っていない。

 我ながら、朝に強くなったものだ。

【司令官の前で、欠伸しないでよ?】

 じろり。切れ長の目が、あたしを見遣る。

 何をやっても美しいと思っているのは、あんただけよ。とは、おくびにも出さず。

【細かいわねえ。司令官に、其処まで、こだわっているのは・・・。】

【不機嫌をあたしに、移さないで。】

 ぴしゃり。バケツ一杯の水のように、あたしの目を覚まさせて、下さいましたわよ。この相棒様は。

【うん。解ったわよ。】

【状況的に、見て、解らない所は?】

 納得した所で、事前ミーティングの始まり。これ位は、“ずる”とは見られない。

 “時は金なり”。“善は急げ”。

【状況説明より、地図が要るわね。】

【ランゲルハンス島の?】

【誰のよ。面白い事言わないで。あたし達が、“マター”をやらなければいけないのかは、解ってるでしょう?】

 少し考えた末に、<YES>のピンクの文字が、脳裏に映る。“聲”じゃなく、文章とか、ギリギリ切り詰めて、単語が一個とか二個とか送られて来るのは、ラエラの反省した証。RIGHT。良い子ね。

 だが、流石、ラエラ。こう言った。

【もう、此処まで、無茶苦茶だと、いっそ、お脳の中身どころか、内臓の中身も見たくなって。】

 此処で、第一斑と呼ばれる彼らの為に弁護すると。

 凡そ、彼らは、警察や自警団に連絡するなどして、打てる手はみんな打っている。元義勇兵の、結構、麓の“街”では、『顔』の人間に、予め顔を繋いでおいて、こういう場合に、協力を求める、とかね。最後の手段は、人件費その他の問題から言って、『無料』では、流石に無いけれど。

 通報が遅れたとか、言っているがしかし、騒ぎになったのは、夜の夜中であって、その五時間後には、こうして、あたし達二人が、“司令官室”に続く廊下を歩いているのだ。

 それでも、初めから、“最悪”の事態に備えるべく準備をしなかった、と言う点で、ジーニアス(天才)・クラスの知能指数の持ち主ラエラには、そこが、耐えられない無能に映ったらしい。お気の毒。

【あたしは、見たくない。】

 あたしは、言った。いや、本気で。真剣に。

【何が悲しくて、そんな物を見なくてはならないのよ。膵臓の内部構造なんて。】

【で。地図マップって?】

 けろり。一瞬。固まる。この、あたしですら。

 完全にラエラが、機嫌を既に取り戻しているのが解るからだ。

 いつも思うのだけれど、その上、あたしだけが、こう思っているのでは無い事はもう、はっきりしているのだけれども、どの辺にこの子の感情周辺のシフト機能は付いているのじゃ。あっさり、仕事の中身の話に転換しているし。

【解っているでしょう?街の地図。】

 まあ、あたしも、長い付き合いで、慣れてはいるのだけれど。

市街地シティ旧市街地ダウン?】

【両方。】

【両方?了解。】

 通常、比較的治安と行政の整った街、官庁を多く抱えたビルディングの立ち並ぶブロックの有る街、“市街地”は、“シティ”とも、“アップ・タウン”とも、呼ばれる。それに対して、これも、あくまでも比較的、治安と行政と交通機関その他の不便な、劣っているとされる街は、不名誉な事に、“スラム”或いは、“ダウン”と呼ばれる事に決まってしまった。

 それにしても、年配の人達に言う“アップ・タウン”と言う言葉に対する、『あの』リアクションったら。一再ならず、驚いた事が有る。よっぽどの、コンプレックスなのかしらね。或る年齢から上は、職種性別住んでいる地域を問わない気がするんだけれど。確かに、あたし達は、『あの』“大異変”の後の世代ですけれど。

 つまり。

 何が言いたいのかと言うと。両方、揃うと“アップ・ダウン”になるのだ。“シティ”と紛らわしくて、余り、使う名称じゃないけれど。憶えておいても、良いかも。

【“司令官”に用意して貰うったら。何も、あんたが、装備班に回らなくても良いでしょう?】

【ふんふん。寂しいんだー♪いや、そうじゃなくて、“マシン”に入れておこうと思って、アップデート・ヴァージョン。どんどん変わっているから。】

 何気に、おいしい料理の店の情報なんか(画像入りで)ちらつかせる彼女を見ていると、彼女が、多分、凹み気味だなんて、信じられなくなって来る。普通は。

 と、此処まで、あくまでも、あたし達は、“無言”で歩いて来た。そして、此処、廊下にも、天井にも、壁にも、オレンジ色の仕切り線が区切っている場所に来た。仕切り線の外見は、そう、合成樹脂のケーブル・ダクトに良く似ている。機能は、それどころじゃないけれど。

 此処から先は、トップ・シークレットである。我等が”基地”最高の。

 あたし達は、あえて、オレンジ色の、ラインを踏む。ほぼ、同時に、口を開く。

 でないと、即刻、凄い“聲”の、誰何が飛んで来るからだ。

 申告デクラレーション

「エルドリス=エルゼリ=グレースン。」

「ラファエラ=イーディス=ヤーネフェルト。」

 壁や天井の中に備え付けのセンサーから、中央司令部の中核コンピューターに、あたし達のバイオメトリクス=データがすぐさま、照会に回される。

 ああ、ほぼ、二十分ぶりに聞く、自分の肉声、何て素晴らしく、甘やかなの。

 傍らで、何か、わざとらしく、あたしの内面についてもう少し、考察がなっていない人間が、溜息を、付いたようだった。

 オレンジ色のラインが、前触れもなく、二人の見守る前で、白くなった。いや、解っていた事だけれど、今が、初めてじゃないけれど。これについて、あたしに、説明を求めるのは、やめて欲しい。

 あたしとしては、どんな金属、高分子系、カーボン・マテリアルと言った、工業用素材も、変容するし、一定の刺激に対して反応するようになっているし、また、不可逆反応は常に、研究者の研究対象である、なんて事を、口の中で、ごもごも言うだけだ。

 マイクロ・マシン?うん、そう言うものかな。色彩の変容チップが、ライン内に多く仕掛けられているらしいのだ。何のことって、信号機を、有機的反応素材で作るって話は知っているわよね?

 ところで、これも極く当たり前ながら、朝靄の高原を思わせる、種々の“聲”はもう、この場所まで来ると、静まり返っている。まさに静寂の森。


 ともかく。あたし達二人は、ルウとラファエラは、通って良いのだ。


 〔承認アプルーヴァル。〕

 こういう場合の、非常に特殊な、少し“耳”を澄ませた位では、男女の別も判断しがたい“聲”が届く。どの位、特別って、とにかく、機械には未だ、この時代にあっても、“聲”は出せないのだ。彼ら一流の事情により。

 勿論。フロム・オペレーター。この為の、特別な訓練を受けている。

 だが、あたし達は、いつもながら。この瞬間が、何故だか一番怖い。

 アイ・イン・ザ・スカイ。大空の巨大な目が、瞬いたような気がするくらいだ。彼らは常に我等を見ている。

 良い時も。悪い時も。

 誰かが自分をじっと見ているような時に、自分の意に沿わぬことを、或いは、自分が幼い時から受けて来た教育に背く様な行動をする人間。

 それは、どんな人間だろうか?

 正直、そんな人間には、あまり、会いたくない。頼まれても。

 意外な事に、ラファエラが、考えに沈む、あたしに、声を掛けた。

「着いたわよ。」

「ええ。」

 あたしは、さほど、顎を動かさないで肯いた。と、同時に、これも二人同時に、立ち止まる。其処は、長い廊下の突き当たり。

 目の前に、シンプルな、木製のグレーの扉が有った。

 扉の上に、金色の名札が小さく掲げられている。金色のレリーフで作られた文字が見える。

≪Commander's Room≫



  /to be continued....

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