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ショートストーリーズ

遠回りの豊かさ

作者: Yama
掲載日:2026/03/28

蒼太が会社を辞めたのは、勢いではなかった。

何度も迷い、何度も怖くなり、それでも最後に残ったのが——


「このまま終わりたくない」


という感情だった。


だが、現実は容赦がなかった。


最初の3ヶ月は、まだよかった。

貯金があったからだ。


「意外といけるかもな」


そう思ったのが、間違いだった。


半年後。


収入はほぼゼロ。

SNSの反応は減り、フォロワーの伸びも止まった。


かつての「いいね」は消え、

代わりに増えたのは——無反応だった。


ある日、投稿した写真にこんなコメントがついた。


「これ、何がいいの?」


蒼太はスマホを握ったまま動けなくなった。


それは誹謗中傷ではない。

ただの“率直な疑問”だった。


だからこそ、深く刺さった。


やがて生活は崩れ始める。


家賃が払えず、引っ越し。

都心のアパートから、古いワンルームへ。


コンビニの弁当すら躊躇うようになり、

一日一食の日も増えた。


ある雨の日。


濡れたカメラを抱えながら、蒼太は立ち尽くしていた。


シャッターを切る気力がない。


「……なんで、こんなことしてるんだろ」


好きだったはずのものが、

急に“重荷”に変わっていた。


夜。


電気をつけない部屋で、天井を見つめる。


頭の中に浮かぶのは、会社の風景だった。


安定した給料。

何も考えなくても回る日々。


「戻ればいいだけじゃないか」


その言葉が、何度も頭をよぎる。


スマホで求人サイトを開く。

応募ボタンの前で、指が止まる。


そのとき、ふと気づいた。


——カメラに触っていない日が、増えている。


「……終わったな」


自分でそう呟いた。


好きなことを選んだはずなのに、

それすらできなくなっている。


これが一番、怖かった。


数日後。


蒼太はついに、カメラを売る決意をする。


生活のため。

仕方ない選択。


そう自分に言い聞かせた。


リサイクルショップへ向かう途中、

彼は足を止めた。


夕焼けだった。


ビルの隙間から差し込む、弱い光。

誰も気に留めない、ただの風景。


気づけば、カメラを取り出していた。


最後に一枚だけ——そう思った。


シャッターを切る。


その瞬間。


胸の奥に、かすかな感覚が戻る。


「……まだ、好きだ」


声にならない声だった。


その夜、蒼太は写真を投稿した。


何の期待もせずに。


翌朝。


通知が一件だけ来ていた。


「この写真に救われました」


たった一行。


それだけだった。


蒼太は、しばらく画面を見つめていた。


涙が出るわけでもない。

劇的な感動もない。


ただ——


静かに、何かが戻ってきた。


彼は気づく。


自分は「成功したかった」んじゃない。

「認められたかった」んでもない。


ただ——


好きだったから、やっていただけだ。


それからの蒼太は変わった。


すぐに成功したわけじゃない。

むしろ、状況はしばらく変わらなかった。


それでも、もう迷わなかった。


数年後。


彼は小さな写真展を開く。


相変わらず派手ではない。

収入も安定とは言えない。


だが、展示の片隅で、彼は思う。


あのどん底がなければ、

ここには来ていない。


誰かが彼に尋ねる。


「好きなことをやって、よかったですか?」


蒼太は少しだけ考えて、答える。


「一度、全部なくなりました」


「でも、そのあとに残ったものが——本物でした」

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