大怪獣vs祠を壊された祟り神
祠を壊したら祟られる。
そんな話を見聞きしたことのある人は少なくないでしょう。
祠に祀られているのが神様なのか、あるいは妖物魔物の類なのか、もしくは名状しがたい系のよく分からん連中なのかはさておいて、わざわざ大人しくしているモノに余計な刺激を与えたりしたらロクなことにならない。だから適度な距離感を保って必要以上に触れないようにしましょうね……と、そういった道理は心理的にも呑み込みやすいものがあるはずです。
昨今の映像作品においては、素行の悪い若者グループやら迷惑系動画投稿者やらがバチ当たりにも意図して古めかしい祠を壊し、まあ案の定ひどい死に方をしたり心を病んだりする筋書きもそこそこに散見されます。
その状況や祟りの度合いは作品ごとに様々なれど、ほぼほぼ共通しているのは祠に祀られていた存在の絶対性。刃物で斬ろうが銃で撃とうがビクともせずに、やらかした連中への罰を与える……この手のジャンルには例外となる派生形が付き物ゆえに一つ残らずというわけではないにしろ……まあ、基本的な傾向としては祟る側が圧倒的強者として振る舞うわけです。
そもそも強大な存在だからこそ古い時代の人々に祀られる、もしくは封じられる必要があったわけでして、ここまでは単なる前提条件でしかありません。
が、しかし。
もし不遜にも祠を壊した側、すなわち祟られる側が圧倒的に強大だったらどうするか。
生半可な神でも妖怪でもそれ以外でも、とても太刀打ちできないような存在……そう、例えば都会の高層ビル群を易々と薙ぎ倒すような大怪獣が祠を踏み潰してしまった時、果たして祟るべき側はどのように振る舞うべきなのでしょうか。
◆◆◆
「無理でしょ、無理無理!? どうしろってのよ、アレ!」
関東地方某所。
地元の人間も滅多に立ち寄らないような山中にて、一人の女性がパニックに陥っておりました。それだけなら何らかの事件や事故に巻き込まれた可能性を考えて、なるべく早めに近場のお巡りさんを呼ぶべきなのでしょうが、幸か不幸か今回は警察の出番はないでしょう。
また、実は「一人」というのも数え方として正確ではありません。
正しく数えようとすれば「一柱」。今では地元の古老くらいしか知る者もいなくなったとはいえ、かつては祟り神として近隣の信仰を集めていた神に相応しい敬意を払われて然るべき。その祠を壊すなどもっての外です。
「も、もう一度……キェエエイ!」
知名度に関しては限りなくゼロに近いマイナー神とはいえ、この彼女……祟り神なので仮称タタリちゃんとでもしましょうか。タタリちゃんも江戸時代以前から神としてのキャリアを重ねてきただけあって、神様基準でも別に弱いわけではありません。
流石に参拝客がわんさか訪れる神社仏閣に祀られるような超メジャー所とは比べ物にもなりませんが、神聖なる祠に悪さをした人間を懲らしめる程度なら赤子の手をひねるようなもの。実際、過去には祠に立ち小便をした酔っ払いだとか、何が祀られているのかも知らずに肝試しに来て祠にラクガキをした不良グループだとか、そういった連中を祟り殺してやったこともないわけではないのです。
「駄目だ、全然効いてない……もうっ、何なのよコイツ!?」
が、今回の下手人は過去の連中とはワケが違いました。
なにしろ大きめの物置くらいはある祠を、一踏みでペシャンコに踏み潰してしまうほどの超ビッグサイズ。タタリちゃんの目測ですが、恐らく全長120メートル近くはありそうです。重量に関しては何万トンあるのか想像すらできません。
鋼鉄の如き尻尾を鞭のように振れば自然の山も人工の建造物も分け隔てなく薙ぎ払われ、大きな牙による噛みつきは自衛隊の戦車や在日米軍の戦闘機を紙細工のようにバラバラに。口から吐き出される超高温の火炎流は、たったの一吹きで建物の密集した東京都心を焼け野原にしてしまうほどの威力がありました。
大怪獣ラジゴン。
人間達がそのように呼称する怪生物は、神や妖怪といったヒトの目には見えない存在にまで、その被害を広めつつあったのです。
「ぜぇ……はぁ……何やったら効くのよコレ?」
「おおっ、隣り山の! お主も無事であったか?」
「ああ、お隣の。祠は踏み潰されちゃったけどね。そっちは?」
「こちらも似たようなものだ」
さて、タタリちゃんがラジゴンの足下あたりをウロチョロしつつ健気にも呪殺の念を送っていると、顔見知りの神が声をかけてきました。お隣りの山の神なので仮にトナリ君とでもしましょうか。どうやらトナリ君の山にある彼の神社もラジゴンに焼き払われてしまったようです。
別に普段から特別親しくしていたわけではありませんが、こんな緊急事態なら知り合い同士積極的に助け合いや情報交換をすべきでしょう。
「神主の爺さんが都合よくスマホを置き忘れたまま避難したんでな、それをちょいと拝借して色々調べてみたんだが……まあ、どこもかしこも酷いもんよ。なにしろ、あの大トカゲときたら祠どころか寺や神社も、西洋の教会もお構いなしときたもんだ」
「罰当たりなんてもんじゃないわね。いや、罰を当てようとさっきから頑張ってはいるんだけど……」
「おお、俺も試したがビクともせんかった。こうして元気に暴れとるトコから察するに、ヨソの神やら妖怪やらも似たようなものと見える」
トナリ君が借り物のスマホを操作してみると、あちこち焼け野原になった東京の光景が映し出されました。こうして写真や動画を撮影した誰かがいる以上は一人も漏らさぬ皆殺しに遭ったというわけではないのでしょうが、被害は決して少なくないはず。
また被害地域の中にはタタリちゃんがいたような祠や神社仏閣、道端のお地蔵さんやお稲荷様、外国由来の教会やその他諸々の宗教施設も少なからず含まれることでしょう。それらの偉大な霊的存在達が、いくら相手が強大とはいえ大人しく泣き寝入りを決め込むなどあり得ません。
もっとも、こうして都心を離れた山奥で今も元気に暴れている以上、さしもの神々でも苦戦は免れていないのでしょうが。
「そもそもアイツ、私らのこと見えてるのかな?」
「さあな。祟るにしても、アレが何かを恐れるような心を持っているのかも分からんままでは、どうにもこうにもやり難くてたまらん」
このあたりは神によってスタイルも色々あるのですが、タタリちゃんが何者かを呪い殺す時は対象に不気味な幻覚や悪夢を見せてジワジワと精神を追い詰めて衰弱させていく場合がほとんどです。疲れるので滅多にやりませんが、その気になれば念動力的な神通力で直接的に生き物の心臓を絞め潰すような荒業だって可能……なはずなのですが、ラジゴンに対してはいずれの方法も効果がありませんでした。
そもそも本能に任せて暴れる怪獣に、何かを恐れるような知性や精神構造があるのかすらも不明。その内臓も体格相応に大きく強靭なのでしょう。少なくともタタリちゃんやトナリ君のフルパワーでも、怪獣の内臓や脳ミソを物理的にどうこうするのは無理でした。
「ううむ、俺らの手に負えぬとなると……もっとお偉いお歴々か、あるいは人間共の科学の力に頼るしかないのではないか?」
「ちょっとちょっと、そんな情けないこと言わないでよ。相手が強いから祟るのを諦めます、とかさぁ。自分より弱い相手にしか強気に出られないなんて、弱い者イジメしか能がないみたいでダサいじゃない。どこの誰が相手だろうと悪さをしたなら平等に呪って殺す。それが祟り神の心意気ってものでしょう」
「お主、前々から思っていたが随分な堅物だなぁ。そう融通が利かぬから知名度がどんどん落ちて忘れられる一方なのではないか?」
「うっさい!」
とは言ったものの、心意気だけで勝てれば苦労はありません。
野を駆け山を越えるラジゴンの後を必死に追いかけながら、引き続き呪殺の念を「えいやっ」と送ってはみるものの、手応えらしい手応えはまるでなし。まるで大昔に古い神から話に聞いた八岐大蛇の再来を見るかのような心持ちです。
いつしかラジゴンは向きを変え、その後をついて歩いていたタタリちゃん達共々東京に。トナリ君がスマホから仕入れた情報によると、どうやら最初ラジゴンは東京湾から上陸したということですが、もしやこのまま海へ帰っていくのでしょうか。
「流石に深海まで追いかけるのは気が進まぬ。このあたりで引き返さんか?」
「戻るなら一柱で戻ればいいでしょ。私は地球の裏側までだって追いかけてやるんだから!」
ここまでの道中、同じように祠や神社から焼け出された他の神々とも幾度か出会いました。その中にはトナリ君達のようにラジゴンを追いかけて一矢報いようとした者もいたのですが、暖簾に腕押し。いくら神通力を使っても、まるで効いている素振りも見せない大怪獣相手に闘争心を燃やし続けられる神は決して多くありませんでした。
顔見知りの誼でここまで付き合ってはきたものの、スタート地点の山奥から一切挫ける様子もなくガッツを燃やし続けるタタリちゃんの執念深さにはトナリ君も感心するやら呆れるやら。単に今更引っ込みがつかず意地になっているだけにせよ、その意志の強さだけは実に大したものでしょう。
そんな一念が天に通じた……かどうかは定かではありません。
タタリちゃん達よりも遥か上位の神格がその存在を呼び寄せたのか。
あるいは、神仏も何も関係なくたまたまこのタイミングで舞い降りたのか。
「は? え……何アレ、神とか妖怪じゃないよね?」
「さ、さあ? 俺にも分からぬが……」
東京湾を目がけて突き進むラジゴンの前に、その巨大怪獣を互角を張るほどの体躯を誇る偉丈夫が天より舞い降りたのです。全身が神々しい白銀に輝いてはいるものの、しかしタタリちゃん達が見る限りでは神とは異なる何者か。空の彼方から飛んできた様子でしたが、まさか宇宙人だとでもいうのでしょうか。
「きゃあっ!?」
「もっと離れるぞ! 巻き込まれたら俺らとてタダでは済まぬかもしれん」
その後の怪獣と偉丈夫との戦いぶりは、まさに絵にも描けないような凄まじさ。
ラジゴンが炎を吐いたかと思えば偉丈夫は腕から放った怪光線で対抗し、高層ビルをも薙ぎ払う尻尾を掴み取ったと思いきや、豪快な投げ技を仕掛けて地面に叩きつける。
そんな想像を絶する規模の戦いがどれだけ続いたでしょうか。何時間も続いたような気もしますし、たったの三分間しか経っていないようにも思えます。巻き添えを喰わぬよう必死に逃げ隠れしていたタタリちゃん達には、途中の詳しい戦況までは分かりませんでしたが……、
「ああっ、見て!」
戦闘を始める前にあちこち移動しつつ大暴れしていたせいで、ラジゴンの体力が僅かなりとも消耗していたせいでしょうか。ほんの一瞬、怪獣の集中力が切れたと見るや白銀の偉丈夫は渾身の光線を放出。その直撃を受けた大怪獣は、哀れ木っ端微塵に吹き飛んだのでありました。
「いや、すごい奴がいるもんだな。あの銀色のアイツがどこの誰かは分からんが」
「え、ええ、まあ仕方ないから今回は獲物を譲ってあげたってことにしてあげるわ」
「お前なぁ……」
祟る対象が先に死んでしまったのだから仕方ない。
強情なタタリちゃんも、そんな理屈で自分を納得させた様子。
「おっ、あの銀色。来た時の逆でどっかに飛んでっちまったな」
「なんだったのかしら、アレ」
「さあな。まあ助けられたことに違いはないし、とりあえず拝んどくか?」
「そうね。ご利益あるかしら?」
怪獣にしろ銀色の偉丈夫にしろ、今もって何が何だったのかさっぱり分かりませんが、ひとまず事態は終息したということなのでしょう。地元から遥々怪獣を追いかけてきた二柱の神は、空の彼方へと消えた恩人に向け両手を合わせて感謝の念を送るのでした。




