第五話 正しい遊び方
今日は、街へ向かう。
ダンジョン周回も大事だが、それだけではダメだ。
オンとオフがないと楽しめない。
石畳の通りに出た瞬間、
ルナの歩幅が一つ大きくなる。
「おにい、はやく!」
「はいはい。走るなよ」
朝の露店街は、いつ来ても騒がしい。
布を打つ音。
木箱を引きずる音。
まだ眠そうな声と、やたら張り切った呼び込みの声が入り混じる。
人の流れは速く、
立ち止まる者と、押し合う者と、
迷う者が入り混じる。
通り全体が、
「これから一日が始まる」と言っているようだった。
「今日は何を見るんだ」
「ぜんぶ!」
即答かよ。
ルナは露店を見つけるたびに駆け寄り、
戻ってきては次へ行く。
アクセサリの店で目を輝かせ、
服の店で両手を広げ、
小物の店ではしゃぐ。
「かわいい!これも!あれも!」
実に楽しそうだ。
思わず、
店ごと買ってやりたい衝動が湧く。
……やめろ。
金銭感覚の壊れた大人になったら終わりだ。
ルナは俺の袖を引っ張り、
見せびらかすように髪飾りを当てる。
「にあう?」
「似合う。けど、今は見るだけだ」
むう、と唇を尖らせるが、
すぐに次の店に視線が飛ぶ。
ころころと忙しい。
ここに来るのは初めてじゃない。
なのに、毎回こうだ。
いつ来てもいい反応を見せる。
まぁ、定期的に店の入れ替えがあるからなんだが。
「飽きないな」
「だって、きらきら!」
その言い方が、
なんだか悔しいほど眩しい。
自分はつい品質のほうに目が行ってしまう。
目が利きすぎるのも考え物だ。
露店の間を、行ったり来たり。
また行ったり来たり。
ころころと気が向くままに回り続ける。
ルナは真剣に悩んで、
真剣に戻って、
真剣にまた悩む。
本気だ。
人生かけてる顔だ。
「……そんなに迷うなら——」
そう言いかけた瞬間、
ルナの鼻がひくっと動いた。
次の瞬間、
弾かれたように走り出す。
「おい!」
「ケーキだ!」
甘い。
焼きたての匂いだ。
「……花より団子か」
安堵が胸に落ちる。
反抗期は、まだ少し先らしい。
露店の端に、小さな屋台があった。
熱気の奥で、白い湯気が揺れる。
「ケーキ!ケーキ!」
「はいはい。落ち着け」
焼きたての小さなケーキ。
外は香ばしく、
中はふわりと甘い。
ルナは両手で持ち、
頬を膨らませて食べる。
「……ん!」
「うまいか」
「しあわせ!」
言い切ったあと、
また一口。
口の周りがクリームで白くなる。
「……顔がクリームまみれだぞ」
「あとで」
「あとでじゃない。ほら」
布で拭ってやると、
ルナは少しだけ照れた顔をした。
ケーキを食べ終える頃には、
足取りが目に見えて重くなる。
「腹いっぱいか」
「うん……でもまだ入るよ?」
この小さな体のどこに入るんだ。
アイテムボックスに収納してないよな。
それならそれでいいけど。
満足げな顔を見ると、
悪くない。
「そろそろ帰るぞ」
「はーい」
家路につく。
露店街の端。
路地へ折れたところで——
笑い声が聞こえた。
下品な笑い。
揃って同じ方向へ飛ぶ視線。
そちらへ目を向けると、
女商人が立ち尽くしていた。
荷車の前。
商品の籠を守るように、両腕で抱えている。
その周りを、
数人のプレイヤーが囲んでいた。
「ねえねえ、そんな顔すんなよ」
「ほら、転んだら危ないよ?あっ、押しちゃった」
肩を掠めるような接触。
わざと足元へ荷を落とす動き。
戦闘禁止エリア。
直接の攻撃はできない。
だからこそ、
“禁止行為に抵触しないぎりぎり”の嫌がらせ。
女商人が、小さく頭を下げる。
「お願いします……通して……」
「泣きそうじゃん。マジウケる」
「NPCってこういうとこ芸が細いよな」
腹の底が、ざわつく。
笑い声が、耳に刺さる。
俺の横で、ルナが立ち止まっていた。
何が起きているか、理解しきれていない顔。
——見せるわけにはいかない。
「ルナ」
「なに?」
「悪い。先に帰ってろ」
ルナが目を見開く。
「おにい?」
「すぐ戻る。……お土産も買う」
少し迷ってから、
ルナが小さく頷く。
「……すぐだよ?」
「ああ。約束だ」
帰還アイテムを使う。
発動に少し時間がかかるのが難点だが、
安価なのは助かる。
薄い光がルナを包む。
「おみやげ、よろしくね!」
遠ざかる声。
次の瞬間、ルナは消えた。
静かになる。
胸の奥のざわつきが、
抑えられない形を取って出てくる。
俺は、輪のほうへ歩いた。
「よう。楽しそうだな」
悪漢の一人が振り向く。
「は?誰だよ」
「混ぜてくれよ。遊んでるんだろ」
「はは。うぜぇ」
「どっか行けよ」
俺は笑ったまま、距離を詰める。
「……なあ」
声の温度だけが、落ちる。
「お前らは何やってんだ」
「は?遊びだよ、遊び」
女商人が、怯えた目を向けた。
「へえ。遊びか」
俺は頷く。
「じゃあ、俺も遊ぶ」
「は——」
言葉の途中で、
俺は一人の襟首を掴んだ。
軽い。
この世界の身体能力補正は、
こういう時に腹が立つほど役に立つ。
俺は、そのまま持ち上げた。
「っ、お、おい!」
「やめ——」
落とさない。
殴らない。
ただ、
“持ち上げて”
“投げる”。
「——飛んでけ」
空へ放った。
男の体が、
弧を描いて上へ上へと消えていく。
叫び声が遅れて細くなる。
周囲の笑い声が、止まった。
「……おい。お前、やりやがったな」
「戦闘禁止だぞ!衛兵来るぞ!」
俺は肩をすくめる。
「知ってるか?」
そして、にやりと笑う。
「ダメージ判定が戦闘禁止エリア外で発生するなら、
この場じゃ戦闘行為じゃない」
「は……?」
理解が追いつかない顔が並ぶ。
「ルールは守れよ。俺も守ってる」
二人目。
三人目。
同じように掴み、
同じように放る。
泣き叫ぶ暇すら、与えない。
最後の一人が後ずさる。
「ま、待て!お前……!」
「時間をかけなきゃ、迷惑行為にもならない」
一瞬で詰めて、
襟を掴む。
「楽しいだろ?さっきみたいに笑えよ」
顔が引きつる。
「……や、やめ——」
「遊びだよ、遊び」
俺は笑い、
空へ放った。
静かになった路地で、
女商人だけが立ち尽くしていた。
俺は息を吐く。
「ふぅ……」
ガキの相手は疲れる。
女商人が、おずおずと近づいてくる。
「あの……ありがとうございました……」
「別に。邪魔だっただけだ」
本音だ。
ルナへの土産を買う予定だった。
あんなのに邪魔されたくない。
女商人は目を丸くしたあと、
小さく頭を下げた。
「……お礼をさせてください。
どれでも持って行ってください」
俺は品を見回す。
棚の端に、
子供向けの麦わら帽子があった。
つばが広く、
飾りの小さなリボンが付いている。
「これ。……あいつに似合いそうだ」
値札を見る。
「……千エンか。安いな」
俺は財布を取り出し、
きっちり代金を払おうとした。
女商人が慌てて手を振る。
「い、いいえ!それは——」
「いいから」
俺は硬貨を握らせる。
「商人なら、対価は取れ」
女商人が、噛みしめるように頷いた。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ。また頼む」
帽子を持ち、路地を抜ける。
ホームへ向かう道。
街の喧騒が遠のいていく。
途中、空を見上げた。
胸の奥に、
まだ熱が残っている。
さっきの笑い声が、
耳から離れない。
だが、
それを抱えたままでも。
俺は歩く。
ホームに戻るころには、
このむかつきも収まっているはずだ。
ルナが待ってる。
あいつは多分、
「おそい!」と怒って、
次の瞬間に笑う。
そういう日常を、
俺は守る。
麦わら帽子を握り直す。
「……急ぐか」
俺は足を速めた。




