プロローグ 魔王、封印される。
魔王「そんなものか、勇者よ。
このままでは……我が勝ってしまうぞ」
膝をつく勇者は、剣を握り締める。
その眼は鋭さを失わず、
眼前のラスボス、人類を脅かす山のような体躯
ーー魔王へと向けられている。
勇者「命に代えても……ここでお前を仕留める。
今までお前に喰われていった仲間の為にも……!」
魔王「ニンゲンの感情は理解できぬ!
最後の1人になっても、まだ戦うか……!
死ねば生き返らぬ体のくせに、
不死なる我に歯向かうなど……悲しき生き物よ!!」
勇者「お前のような邪悪が、
人間を語るなあーー!!」
勇者の瞳から溢れた光が
振り下ろされた剣から迸り、
光刃の奔流となって魔王を飲み込む。
魔王「必滅の一撃か……? 何度やっても効かぬよ。
……なあ、お前も我に喰われろ。
死ぬには惜しい勇者よ、
我の血肉となりて、永遠に生きようぞ!」
魔王の放つ炎が勇者の肩を抉る。
続けて飛来する岩塊は、避けられないほど大きい。
勇者「……亜空斬り……!」
勇者の剣は空間を切断する。
時空の裂け目に飛び込み、
離れた座標ーー魔王の眼前へと現れる。
勇者にのみ宿る、時空を操る力。
しかしそれはまだ不完全……
魔王「空間の裂け目に飛び込む技……そうか、
3年前にお前の仲間を葬ったとき、
その技で生き延びたのだな、お前だけが」
魔王は勇者を弾き飛ばし、
無限の魔力にて、
燃える岩塊を無数に放つ。
その1つ1つが山のように大きく、
勇者の亜空斬りによる回避は確実に
魔王から、勝機から、遠退いていた。
魔王「空間を操る技など、人の身では連発できまい。
転移の度に心臓を引き裂くような苦痛が走るはずだ」
避けた先で岩塊が地形を変えてクレーターとなる。
ーー物量が違いすぎる。
勇者「……くっ……魔力がもう底を尽きてしまう。
亜空斬りを撃てるのは後一撃……
最大出力の光刃もノーダメージだった……
俺はここで……死ぬのか……?
一矢報いることもできずに……」
魔王「憐れな勇者よ、まだ我を見据えるか!
賞賛に値する……!
せめて……あいつらを葬ったのと同じ技で、
仲間のところへ送ってやろう。深淵の黒炎よ……!!」
死の淵、
繋がれてきた仲間の想いが、勇者の前に現れる。
僧侶『あたなはまだ、こちらに来るべきではない』
魔導士『おめえには、まだできることがあるだろ?』
シーフ『その亜空斬りで送ってやるんだ。
あいつを……魔王を……異次元の狭間に!』
勇者「……っ!!」
魔王の黒炎が解き放たれたーー“全包囲に“。
勇者「この一撃に全ての魔力と、願いを込める!!
ーー真・亜空斬り!!」
魔王「無駄だ!!
この黒炎は数千キロ先まで焼き尽くせる!
地も空も、全てを!!
亜空斬りでも避けることは不可能!」
勇者「……避けないさ。
この亜空斬りで飛ばすのはーーお前だ! 魔王!!
永遠に続く暗黒で……朽ち果てろ……!!」
勇者を黒炎が包み込む。
その顔は穏やかだった。
剣から放たれた最後の一撃は、
次元の狭間となって、魔王を飲み込む。
そしてーー
世界から、魔王を消した。
勇者の剣に宿った真の力ーー異世界転移の力。
死した仲間の想いを受けて、
最後の一撃でその力が覚醒したのだ。
不死の魔王を異次元に投棄する、
神にも近しい力が。
物理防御、無限。
魔法防御、無限。
状態異常、無効。
しかし、亜空斬りは空間ごと魔王を引きずりこむ。
どのような耐性も能力も、防ぐことはできない。
完全封印の技である。
魔王「なんだと……勇者あああ!! 」
ーープツン。
亜空の扉が閉じられると、そこは暗闇だった。
魔王「勇者め……やりおる。
たしかに伝説の剣とて我が最強の盾は破れぬ。
故に、亜空斬りで我を亜空間に封印したというわけだな?」
魔王は無限の暗黒の中にあっても、笑っていた。
嬉しかったのだ。
魔族にとって戦闘とは、快楽。
勇者との戦いは最高の愉悦と興奮をもたらしていた。
魔王「ふはは! やりおる!
それでこそ勇者! 我が好敵手に相応しい!!
1000年振りだぞ、こんな昂りはーーーーッ!!」
興奮した魔王は次々に魔法を繰り出す。
いや、溢れてくる。
炎柱、氷塊、雷晶、岩塊、闇の腕……
あらゆる魔法が最大出力で放たれるも、
広大な宇宙では塵に等しい。
魔王「勇者よ! 次は何を見せてくれるのだ!?
もっと我を、楽しませてみせよーーーッ!!」
そして魔王は静寂に耳を傾ける。
魔王「ふはっ! ふはっ……ははは……ふむ……?
それで……我はこれからどうすれば良いのだ? 」
ーー答えはない。
魔王「勇者よ……? 勇者……?
ああ……そうか、もう、居ない……のか?
何だこの感覚は……何やら息苦しい気が……」
そこに空気はない。魔力さえも。生命さえも。
喉が絞まる、
全身が沸騰するように寒い。
脳が混乱している。
何が起きているのだ何が……何がッ!!
魔王「こんなことは有り得ん……!
魔力を酸素に変換せねば……!!
そんな……ここには空気すら無いだと!?」
魔王は宇宙を知らなかった。
初めて放り込まれた真空。
よもや、弱体化せざるを得ない。
魔王「なんだこれは……
我が寒さを感じているのか……?
何なのだここは、どうなっていいるのだ!
勇者め……このままではいずれ魔力が枯渇して、
我が肉体は活動を停止してしまう……!!」
手を伸ばす、藻掻く、
巨体は宙をぷかぷかと漂うばかり。
無限と呼ばれた魔力すら、
宇宙では一瞬の煌めきに等しい。
魔王「寒い……セバス! どこにいる!
早く……我を見つけるのだ、我が四天王よ!
我を見つけだせ! 我が親愛なる配下よ……!
誰か……はやく来るのだ……来てくれ……誰か……」
勇者に敗北した日、
無限なる宇宙の果てで
魔王は初めて孤独を知った。
数百年か、数千年か……
永き刻の腐敗により、
山のような体躯は剥がれ、朽ち、
魔力の鎧はついに滅びて、その皮膚を闇に晒す。
コントロールできなくなった魔力は
瞳から溢れて辺りを漂う。
やがて魔王の体は
子供のように縮小していく。
魔王「誰か……勇者……
……我を……我を見つけてくれ……」
後は無限の刻が魔王を滅ぼすだろう。
いくら魔王とて、
時間という緩やかな滅びには対抗できない。
魔王「我はただニンゲン……
貴様らを救いたかっただけなのだ……」
そう、これはエンドロールのはずだった。
魔王と勇者は共に滅び、
人類に平和が訪れるハッピーエンド。
だがそこに“あるもの“が現れることにより、
魔王の物語は続くことになるーー
魔王が考えるのをやめかけたとき、
暗闇に光が見える。
ーー青い惑星、地球である。
魔王「魔力だ……あそこには魔力が満ちている……
往くのだ……残りの魔力を使い果たしてでも、
あの青き大地へと……」
魔王は透き通るように蒼い魔力の岩と炎を纏い、
彼方の地球へと突き進む。
誰かに会いたい、その一心で。




