第9話 王都リオストへ
――モルナ村・夜
「――うわあぁぁッ!?」
突然の叫び声が静かな夜を裂いた。
隣の部屋で寝ていたサナはランプを掴み
寝ぼけ眼のまま扉を開ける。
「ど、どうしたの――って、えっ…!?」
目の前の光景に、サノンは固まった。
柊真のベッドの上には、銀髪の女神――
リスティが、その褐色の肌をシーツに
滑らせながら軽く寝返りを打っていた。
寝間着というにはあまりに大胆な、
光沢のある薄布のルームウェア。
肩が露わで、裾は短い。
柊真は頭を抱え、真っ赤な顔で叫ぶ。
「だからなんで俺のベッドにいるんだよ!」
「ふぁ……何をそんなに騒ぐ。我はただ、
お主と共に眠りたくなっただけじゃ。」
サノン「と、共に、眠りたくなった
だけって……っ!?」
表情が固まったまま顔を赤らめるサナ。
リスティはまるで悪びれもせず、
胸元の布を整えながらゆるりと微笑んだ。
「厳密には神は寝る必要なんてない。
だが、外でソウリスとなって佇むのも
我には退屈じゃ。分かるじゃろ?
それでは我も息が詰まるというものよ。」
柊真
「いや、だとしても別の部屋があるだろ!」
「ふん、別にお主の隣でもよかろう?
お主の持つ魔力は我にはとても心地良い。
一緒に寝ると言う行為は本来、
“心と体温を共有する行為”じゃからの。」
サノン
「そ、それは違うと思います……!!」
柊真
「リスティ、頼むから勘弁してくれ……!」
リスティは不満気に頬を膨らませる。
「ふむ、しかし我は!我は誰かと共に
寝ねば、寂しくてろくに眠れぬ!」
サノン
「……じゃ、じゃあ、私と寝てください!」
柊真「え?」
リスティ「ふむ?」
サノンは顔を真っ赤にしながらも、
女神に向けて言い切った。
「あなたを一人にしておくと、その……!
しゅ、柊真くんがかわいそうだから!」
リスティは目を丸くして、何かを悟った
かのようにやがてクスッと笑った。
「なるほどの。砂の魔女の魔力も……
悪くない。悪くないぞ。サノンよ。
今日はお主と溶け合うとしよう。」
「……お前はまた……!言い方ぁ!」
柊真の突っ込みが夜に響く。
――そして、部屋の灯が落ちた。
夜風が窓を揺らし、静かな時間が流れる。
柊真は壁越しにサノンとリスティの小さな
話し声を夜な夜な聞きながら頭を抱えた。
(……なんだ、このモヤモヤする感じ……?)
やがて、二人の笑い声が消えた。
それとも柊真の意識が消えたのか――。
――モルナ村、朝
温かい香りに目を覚ます柊真。
テーブルには焼きたてのパンとスープがある。
奥を覗くとエプロンを着たサノンが居る。
「おはよう、柊真くん。パン、焼けたよ。」
「……うまそうだな。」
「ふむ、良い香りじゃな。我も頂こう。
食とは風の循環。命の営みそのものじゃ。」
「……睡眠の不要な女神様にも、
食は必要なのかよ。」
席に着いたサノンが微笑みながら言う。
「二人は今日、王都に行くんでしょ?
……私も行く。魔獣襲来の報告もあるし……
私が王都までの道を案内するわ。」
柊真「王都、か。」
リスティ
「うむ。我は王家には顔が利く。リオストは、
我の加護を受け信仰してる国じゃからの。」
柊真
「助かるよ、サノン。じゃ、食べたら行こう。」
――王都への街道/昼
ソウリスに跨る柊真。
サノンは後部座席に手を添え、
風を感じながら呟いた。
「……改めて思うの。バイクって、
こんなに気持ちの良い乗り物なんだね。」
「……そうだな。この世界でも……最高だ。
――それにしても、元の世界では身体が
弱かったのに、今じゃあんな風に勇敢に
魔獣と戦えるなんて、正直驚いたよ。
サノンも肝が据わってるな。」
サノンは少し照れ笑いしながらも言う。
「私はこれでも、最初は全てが怖くて何1つ
……出来なかったんだよ。
柊真くんこそ。転生されて直ぐに
あんな大きな魔獣を前にしたら
普通は怖くて動けないと思う。」
「……そうだな。俺はバイクに乗っていて、
死を感じた瞬間なんて今まで何度もあった。
……だからかな、怖い感覚は不思議と無かった。
それに――、もう一度、死んだ身だしな。」
サノンは静かに頷く。柊真がそのまま、尋ねる。
「でもさ、サノンが転生されて既に2年も
経ってるのは、一体どういうことなんだ?」
その質問に、リスティの声がソウリスから響く。
《時の流れが違うのじゃ。現世の数時間が
この世界では一年にもなる。サノンが死んで、
お主が死ぬまでの、その僅かな間に
この世界では、二年が流れたのじゃ。》
「だから私の方が……先にここで目覚めたのね。
多分、あの時は即死だったから……。」
「……そっか。サノン、……大変だったな。」
暫くの沈黙――、ソウリスの起動音だけが響く。
空が開け、山道を抜けた瞬間――王都が見えた。
眼下に広がるのは、ファンタジーの世界で
見るような、華やかな城下町だ。
王都リオストは――石畳の道、赤い屋根の
家々が並ぶ、小さな都だった。
遠くから聞こえる鐘の音が、風に流れる。
露店では焼きたてのパンと食べ物が並ぶ。
遠くには城壁と、風の紋章を掲げた城が
見えていた。
「……すげぇ……。」
《リオスト王都――20の国の最南にある
この国は、小国ではあるが美しい都じゃ。》
サノンが後ろで微笑みながら言う。
「私、この景色が好き。町や城の人達、
それに騎士団のみんな、王様や王妃様――。
この世界で何者かも分からない私を
受け入れてくれた、この町が大好きなの。」
柊真は穏やかに答える。
「……そうだな。空気も景色も……悪くない。」
リスティ
《ふむ、そこまで言われると、照れるの。》
「サノンも俺も、町に向かって言ったんだぞ、
リスティ。」
《ふふ、柊真よ、同じことじゃ。
王都に降りたら……きっと分かる。》
――関所の鐘が鳴り響く。サノンが加わり、
三人の旅が本格的に動き出そうとしていた。




