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第8話 魂合形態(ソウル・フュージョン)

――リオスト領・湖畔


静かな風が、水面を撫でていた。

陽は高く、空は透き通っている。


湖のほとり。

丸太を並べただけの簡素なベンチに

柊真とサノは並んで座っていた。


二人の影が、水面にゆらりと重なる。


「……少し、不思議に思うんだ。」

柊真が言う。


「こうして並んで座ってるのに、

 まるで夢みたいで、現実感がない。」


サノは小さく笑って、頷いた。


「私も。……ねぇ、ひとつ、聞いてくれる?」


「ん?」


「私、サノって名前は頭の片隅にあって、

 それを自分の名前だと思ってた。

 でも、本当は――“沙音サノン”。

 白砂 沙音(しろすな さのん) と言う名前なの。」


柊真の表情がわずかに動いた。


「……沙音(さのん)……。」


「うん。そう呼ばれてた。

 柊真くん、たぶん覚えてないよね。

 小学生の時、別のクラスだったから。」


「……え。俺たち、同じ学校だったのか。」


驚く柊真。少し申し訳無さそうにする。


「私は……いつも遠くから君を見てた。 

 君は誰よりも走るのが速くて、

 “早さじゃ負けない、俺は、絶対いつか

 走りのプロになる”ってよく言ってた。」


柊真は照れくさそうに笑った。


「はは、そんなこと言ってたっけ。」


「忘れないよ。だって……あの時の君、

 私にはすごく輝いて見えたから。」


サノンの瞳が少し霞んだ。


「私ね、身体が弱くて……高学年の頃には

 外にも出られない日が多くなった。

 でも、柊真君がレースを始めてからは

 いつも頑張って観に行ってたの。

 アマチュアの頃からずっと。」


「そして――あなたのデビュー戦の日。

 あの日は特別調子が良い日だった。

 あの日、私は君を応援したくて

 張り切って最前列にいたの。」



「……。」

サノの言葉を、柊真は黙って聞く。



「……一瞬、柊真君が宙に浮いて……

 それが私の見た、最後の景色。」


風が止まる。二人の沈黙の間に、

湖の波音だけが響いていた。


柊真は、少し俯いて口を開いた。


「……俺の名前さ、少し珍しいだろ?

 父さんが、元F1レーサーでさ。

 大きな成績を残した訳じゃないけど、

 “走る”ってことを、心から愛してた。

 父さんが尊敬してたレーサー、

 ミハエル・シューマッハ。そこから、

 “柊真(しゅうま)”って名をつけたらしい。」


「……願いを込めたんだ、素敵な話だね。」


「父さんの影響か、血筋か。子供の頃から

 いつかサーキットで走ることばかり

 考えてたんだ。学校の事も、友達の事も、

 正直あまり覚えてないんだ。……ごめん。」


サノンはふっと笑った。


「ううん、柊真くんらしいね。君は、

 いつもそうやって前だけを見てたから。」


二人の間に、柔らかな沈黙が流れる。

陽が傾き、湖面の光が次第に金色に変わっていく。


サノンが、少し照れたように言った。


「この世界に来て……私にも良かったことがひとつだけあった。」



「……良かったこと?」



「この世界では私の身体が、弱くないの。

 風の匂いを感じて、思いっきり走って、

 戦えて――それができる自分がいる。

 記憶が戻っても、それは嬉しかった。」


サノンは頬を赤らめながら、微笑んだ。


「そして……もうひとつ、見つけたの。

 あなたと、こうして話せたこと。」


白砂沙音(しろすなさのん)では出来なかった。

 この世界で……サノンだから出来た事。」


柊真は言葉を失う。

その横顔に、沈みかけた夕陽が反射していた。


その時だった。


《――おぬしたち。そろそろ戻るぞ。》


二人の静寂を破ったのは、ソウリスから響くリスティの声だった。


「……もうそんな時間か。」


サノンが頷く。柊真は微笑み、

サノンに「乗って」と手を差し出した。


サノンは頬を赤らめながらその手を取る。

ソウリスが唸りを上げ、青白い風が

勢い良く大地を蹴った。


湖畔を離れ、村へ続く小道を走る。

その時――。


森の向こうから、低い咆哮が響いた。

地面が震え、木々が弾け飛ぶ。


「……なんだ!?」


現れたのは、全身を岩と木で覆われた

巨大な亀のような魔獣だった。

熊のような力強い腕に、二又の尾。

その目は白く発光し、その口からは

熱気を帯びた息が吹き荒れる。


《魔獣、“ガルドレオ”。古の獣じゃ……!》


「くそっ、昨日の魔獣よりデカいぞ!」


ソウリスの排気が唸り、柊真の背を押す。


《柊真よ、サノンの力を使え!》


「えっ?」


《今のソウリスならば、より強く

 砂を迎え入れられる。共に在れ!》


柊真がアクセルを開きながら叫ぶ。


「サノン、俺にしっかり掴まれ!」


サノンが柊真の背に腕を回す。

その瞬間、ソウリス全体が光り、

装甲が震えた。


黒と金の光が螺旋を描き、機体全体を包み込んでいく。


金の装飾が浮かび上がり、排気口からは

砂の粒子が空に舞い上がる。


魂合形態(ソウルフュージョン)――“ソウリス・サンドフォーム”。》


「なんだ、これ……!」


「……すごい……!私の魔力を感じる……!」


ソウリスの走行に合わせて、

砂嵐が周囲に巻き上がる。

地を蹴るたびに風と砂が混ざり合い、

やがて暴風となって魔獣を包み込んだ。


ガルドレオンが必死に抵抗し、

周囲を震わせる咆哮を上げる。


だが、ソウリスの砂嵐が

みるみるその巨体を巻き上げる。


「いけぇッ!」


柊真がアクセルを全開にする。

風が唸り、砂の刃が十字に交差した。


砂は岩の魔獣の隙間に入り込み、

光が弾け、爆風が起こる。

岩の身体の魔獣は崩れ落ち、

静かに沈んでいった。


ソウリスは停まる。やがて風が止み、

金色の砂が夕焼けに溶けていく。


《見事だ、我が走者たちよ。》


リスティの声が優しく響いた。


柊真は息を整え、サノンの方を見た。


「……大丈夫か?」


サノンは頷き、微笑む。


「うん。……すごかった。私の魔法が

 何倍にも力強く。これが柊真君、

 あなたの……走りなんだね。」


「いや、今のはサノンの魔法の力だよ。

 風だけではきっと砕けなかった。」


二人は顔を見合わせ、微笑んだ。


ソウリスが静かにエンジンを落とし、

再び青白い風を纏いながら、村の灯りへと帰っていく。


リスティが二人に聞こえないよう小さく呟く。


《……風と砂がひとつとなり始めたか。

 我としては、ちと妬けるの。》


夜風が流れ、二人の影が長く伸びていった。


――やがて、リオスト村の灯りが見える。

その帰路、風はやさしく歌っていた。

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