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第7話 追憶の湖

――リオスト領・モルナ村/朝


まぶたを透かす光が世界を照らし、

外の風の音が静かに耳を撫でる。


「……ここは……」


見慣れない天井。

部屋の梁に吊られた、ハーブに似た

植物が微かに周囲に香る。


柊真は上体を起こそうとし――硬直した。


「……は?」


隣に、銀髪の女がすやすやと眠っていた。

白いシーツに透ける、褐色の肌。


女神はどこまでも神々しい……が、それは

あまりにも“現実的”な姿だった。


「お、おいっ……リスティ!?

 お前なんで裸なんだよ!」


「ん……ふぁ。おはよう、我が走者よ。」


リスティは目を細め、柔らかく微笑んだ。

その表情はあまりに“自然“だ。

柊真はさらに混乱する。


「お、おはようじゃねぇよっ!

 服っ!服を着ろ!」


「ふふ。照れるでない。我は女神ぞ?

 神にはそもそも布など不要じゃ。」


「不要でも今は必要だ!俺にはな!」


後ろを向き、ベッドの端で頭を抱える柊真。

リスティはくすくすと笑い、指を鳴らした。


青白い光が弾け、彼女の身体には

布がまとわれていく。

現れたのは――昨日と似た、

しかし微妙に違う装束だった。


銀と黒を基調にしたレースクイーン風の衣装。

昨日と違って肩と腰に羽飾りが追加され、

より“女神らしい“印象になっていた。


「……デザイン変えたな。」


「ふむ、少し飽きたでの。これは

 “リスティ・カジュアル・モード”じゃ。」


「それのどこがカジュアルだ……」


呆れ顔の柊真に、リスティは小さく笑う。


《――コン、コン。》


扉を叩く音。


「失礼します!」


扉を開けると、昨日助けた小さな少女が

皿を両手で抱えて立っていた。

温かいスープの香りが部屋に広がる。


「お兄ちゃん。これ、村のみんなから!」


「……お、おう、ありがとな。」


少女は嬉しそうに微笑み、困惑する柊真の顔を見上げた。

「村を守ってくれてありがとう!」


「……守ったのは俺だけじゃない、こいつもだ。」


柊真が隣を見やると、リスティが優しく頷く。

少女は彼女の派手な格好を見て、少し沈黙し……

「きれいなお姉ちゃんだね」と言い残し出ていった。


静寂。少しの気まずさが残る。

柊真はふと窓の外を見た。


家の脇には、昨日の戦いの痕跡が見えた。

積もった砂の輝きが朝陽を反射している。


「……なぁ、リスティ。これから、どうする?」


「うむ。まずはこの国の中心――

 リオストの王都へ向かうが良い。

 我は王族に顔が効くのでな。

 情報収集のついでに、謁見するぞ。」


「……女神様、そんなに顔広いのかよ。」


「……王族にはの。昔は知らぬ者はいない程

 皆に信仰されておったのに。」


リスティは少し悲しげに肩をすくめた。


柊真は頷きかけたが、ふと、真顔になる。


「……その前に、気になることがある。」


「ふむ?」


「昨日の……あの、砂を操ってた隊長。彼女、

 あの後どこに行ったか知ってるか?」


リスティは首を振る。

柊真は外に出て、近くの兵士を捕まえた。


「すまない、昨日の――隊長はどこへ?」


「サノ隊長殿ですか? ええと……、

 南の警戒が終わり、湖の方へ行かれました。

 最近はよくあそこで考え事をされてます。」


「サノって言うのか……分かった、湖だな。」


柊真はリスティを見やり、口を開く。


「行くぞ、リスティ。」


《ふむ。お主の思うままに行くがよい。

 我は風。お主を再び導こうぞ。》


リスティは輝き、ソウリスに変身した。

エンジンが唸り、青白い排気が吹き上がる。

村人たちの驚きと歓声を背に、柊真は湖に向かって走り出した。





――リオスト領・湖畔



陽光が水面に反射し、波紋が揺れる。

風は穏やかに吹き抜けていた。


柊真はソウリスを止め、歩き出す。

少し歩き、湖の前で足を止めた。


「……周辺にはいない、か。」


水面を覗いたその瞬間――。


「きゃっ……!」


水の中から、砂色の髪が現れた。

どうやら水浴びをしてたようだ。

彼女もまた“現実的”な姿で、驚いたように柊真を見上げる。


「お、お前……!」


「えっ、あ、あなた……昨日の……!」


互いに赤面する。


サノは慌てて胸元を隠し、後ろを向いて水中に沈もうとした。


柊真は顔を逸らしながら必死に言葉を探す。


「わ、悪い! 覗くつもりじゃ――!」


「い、いえ、み、見てないならいいです……!」



静かな沈黙。二人とも顔が真っ赤だった。

鼓動が鳴り止まない中

柊真は思った。


「女性の裸なんて一度も見た事無いのに、

 何故今日は1日で二度も見るんだ……!」


17歳でプロデビューした男、柊真。

彼は学校が終われば直ぐサーキットに通う。

そんな日々を物心付いた時からずっと

送っていたのである。恋愛経験は、無い。


つまり、()()()()時は、頭が真っ白になるのだ。




少し経ち、サノがようやく岸に上がって

ゆったりとした服を羽織る。

濡れた髪を結びながら、柊真に微笑んだ。


「……こんなタイミングだけど、改めて

 礼を言うわ。昨日はありがとう。」


「い、いや……礼を言われる程の事は……

 してない。体が動いたんだ。」


先程のせいで目を合わせらない。

二人の間を風が通り抜ける。


「……不思議なんだ。君を見たとき、

 俺は……。 変な話に聞こえるかも

 しれないがどこかで君を見た、

 そんな気がしたんだ。」


サノの手がわずかに止まる。


「……私も。あなたを見た時、不思議と心が

 ざわついたの。

 何かを……でも、思い出せない。」


「思い出せないって、記憶が…ないのか?」


サノは静かに頷いた。同時に語りだす。


「およそ二年前、この村で目覚めて……

 それまでの事を何も覚えてないの。

 気づいたらこの世界にいて。

 言葉が分かり、魔法が使えた。

 自分の名前はサノと言う事を知っていた。

 それが、どうしてかも……分からない。」


悲しそうな表情をして語るサノ。

柊真が言葉を失ったその時――。


近くに停めたソウリスの場所で

青白い光が揺れた。

リスティが静かに姿を現す。


「……やはり、そうであったか。」


「リスティ?」


「この世に転生させる際、我は“受け皿”を

 広げたのじゃ。柊真、お主の魂が現世から

 迷わぬよう……導くためにな。

 だが、広げた分だけ隙間が生まれる。

 おぬしの直前や直後に命を落とした者も―

 同じ風に乗りこの世界へ来ておるようじゃ。」


柊真の目が見開かれる。


「……じゃあ、彼女は……」


「おそらく、主と同じ時に“風へ還った”者。

 だが、我が導きから外れておったゆえに、

 記憶の一部を失い、異界の人として

 再構成されたのじゃ。」


サノは震える唇で問いかける。


「たまに知らない映像が頭に流れるの……!

 昨日、君が乗ってたあの機械を観た時も……

 ……私、本当は、誰なの……!?」


リスティは静かに歩み寄り、震えるサナの肩にそっと触れた。


「――思い出すがよい。風が、おぬしを導く。」


淡い光がサノを包み、砂粒が空中に舞い上がる。

サノの瞳が揺れ、過去の記憶が流れ込む。


産まれた時から――()()()()()()

観客席、轟音、銀の機体、景色や匂い、

興奮が――そして、――少年の背中がー。


「……あ……!」


膝をつき、涙が頬を伝う。


「あなた……まさか、天城柊真、君…!」


柊真もまた、その名を口にした。


「……君はやっぱり、いつも観に来て

 くれていた、白いワンピースの子……!」


――瞬間、湖面がきらめき、風が吹いた。


リスティが微笑む。


「ふむ、ようやく。風が繋がったの。」


異世界での再会。

二人の影が、湖の風を揺らしていた――。

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