第6話 風と砂の共鳴
夜空を切り裂くような轟音。
青白い排気が砂を巻き上げ、ソウリスの車体が闇を裂いた。
再び魔獣の親玉に体当たりする。
「くそっ……こいつ、硬ぇな!」
巨大な魔獣はよろめきもしない。魚の様に見えるその顔が不気味に笑っている。
黒鱗の巨獣が咆哮を上げ、拳を振り下ろす。
柊真は瞬時にハンドルを切り、
タイヤを滑らせる。
風がうねり、衝撃はわずかに逸れた。
拳が地面を叩き割り、砂塵が弾け飛ぶ。
一瞬、視界を失った。
《左へ避けよ、柊真! 次が来る!》
リスティの声が胸を震わせる。
柊真に向けて再び拳が振り上げられる。
「くっ……!舐めんなよ……!」
ソウリスが地を蹴り、風を纏って
跳ねるように滑走する。
青白い軌跡が蛇のようにうねり、
魔獣の腕の間をすり抜けた。
《よいぞ、そのまま反転じゃ!》
柊真が体を倒し、ハンドルを切り返す。
タイヤが砂を抉り、円を描く。
スピンと同時に風が鋭く集束し、
弾丸のような斬風が走った。
「うおっ!なんか出た!?」
予想外の事だったので、斬風は巨獣を
逸れた。しかし、奥に居た魔獣の群れへ
向かい、風の刃が放たれる。
刃は瞬く間に三体を一閃で断つ。
砂が爆ぜ、血煙が夜を染めた。
《見えたか? お主の魔力が風として流れておる。ソウリスはそれを増幅し、外へと放つのじゃ。》
「……良くわかんねえけど…、つまり、俺の走りがそのまま武器になるってわけか。」
《然り。それが“魂走”――
風を……魂を操るソウリスの“秘技”じゃ。》
親玉の影が再び動く。
重い足音が地を揺らす。
「よし、まずは周りの奴らからだ!」
柊真はアクセルを捻るり、群れに向かう。
群れを縫うように周囲を高速で走行した。
ソウリスが共鳴し、砂の上に竜巻の残光を残す。
タイヤが空気を巻き込み、螺旋の風が生まれた。
小型の竜巻が次々と立ち上がり、魔獣を呑み込む。
群れは弾けるように刻まれ、飛ばされた。
《見事! お主の走りに風が共鳴しておる!》
周りからは村人達の歓声が湧き上がる。
だが、その歓声の直後。柊真を影が包む。
親玉の拳が容赦なく振り下ろされた。
「っ……!」
直撃。地面が陥没する程の衝撃が走る。
ソウリスごと柊真が吹き飛ばされた。
砂の中を転がりながら、
柊真は荒く息を吐いた。
「い……痛…!……いや、今のパンチが
直撃して、なんで生きてるんだ……?」
《我の風が、おぬしを包んだ。
“走者を護る風”――それがソウリスの
もう一つの機能じゃ。》
淡い光が彼の体を包んでいた。
風が傷をなぞるように流れ、
しだいに痛みが引いていく。
「……マジで、神のマシンだな、ソウリス。」
《ふふ、今頃気づいたか。ソウリスには……
Soul-Lysty。まさに
神の魂が入っておるからの。》
柊真は笑みを浮かべ、再びハンドルを握る。
ソウリスをゆっくり引き上げた。
「……だが、あいつをどうするか……全力の突進でビクともしない奴だからな。風が効くといいが――」
柊真はソウリスに跨り、周りを見渡す――。
視線の先、砂塵の中にまだ立つ“砂の隊長”がいた。
その瞳は、まだ折れていないように見えた。
リスティの声が鋭く響いた。
《柊真、あの娘の魔力を借りよ。ソウリスは器じゃ。風と他者の力を通わせられる。》
「どうやって?」
《ソウリスの後部座席にその娘の手を置かせろ。あとは我が導く。》
柊真はソウリスを走らせ、砂の魔術師の前で停まった。
「おい、隊長とやら!こいつに触れてくれ!」
「え……?」
「早く! 後ろに手を置け!」
少女は一瞬迷ったが、頷いて
ソウリスの後部にその手を置いた。
その瞬間、魔力の流れが変わった。
砂と風が溶け合うように渦を巻き、
光を放ち、夜空が震える。
《魔力同調、成功。》
「……これは……!」
サノの砂がソウリスの排気から流れ込み、
形を変える。黒と金の光が絡まり――
巨大な砂のゴーレムが再び現れた。
だが、さっきとは違う。その体は
風を纏い、青白い光が縁取っている。
《風と砂の融合じゃ――いけ、柊真!》
「おうっ!」
柊真の意志に従い、ゴーレムが拳を構える。
その風圧だけで砂が吹き飛び、夜が唸る。
振り降ろされた拳が親玉のガードを弾き飛ばし、その巨体がよろめいた。
「今だッ!」
ソウリスが加速。
ゴーレムの腕を足場に、駆け上がる。
夜空の下、黒銀の軌跡が弧を描いた。
そのヘッドには、砂の刃が出現した。
「これが――俺の走りだぁぁぁッ!!」
親玉の遥か頭上から、風が炸裂した。
青白い閃光が親玉の顔面を貫き、
巨体が爆風の中で崩れ落ちた。
静寂。
そして、遅れて歓声が響いた。
「おおおお!魔獣を!倒したぞ!」
「やった……やったぞ!」
兵士たちの声が夜空に広がる。
柊真はハンドルに手を置き、息を吐いた。
「……ふぅ。やれやれ……」
隣にサノが駆け寄り、口を開こうとした。
「あなた、一体……」
その言葉を聞く前に――
柊真の視界が揺らぎ、力が抜ける。
「……あれ?、なんだ……これ。」
膝が崩れ、少女の前に倒れ込む。
リスティの声が遠くで囁いた。
《よくやった、我が走者よ。今は……風の中で眠るがよい。》
夜風が、静かに二人を包み込んだ。




