第4話 嵐の兆し
――リオスト領・モルナ村
「――サノ隊長、報告があります!」
砂の魔術師は振り返った。
どうやらサノと言う名前らしい。
村の南門前。静寂に包まれた空気の中、
守備兵が息を切らして駆けてくる。
「――どうしたの?」
「先程回収した魔導兵器の件で報告が。例の…黒銀の機構。村の整備班が解体を試みましたが、魔力の流れがまるで読めません。あれは……この国の造りではないのかと。」
彼女は短く目を閉じた。
「分かりました。後で私が確認します。今は防衛線を優先しなさい。」
「ですが――」
「魔獣が近づいているの。謎の人物や機械より、まずは今日、村を守る事。それが最優先よ。」
彼女のきっぱりとした口調に、兵士は頭を下げて引き返した。
不穏な風が村の周りに吹き荒れる。
空は怪しく曇り、激しくうなる。
彼女は村の中心に在る塔に視線を向けた。
祈りの塔。風を鎮めるための古い結界柱。
そこに張り巡らされた魔法陣が淡く光り、
空気中の砂がゆっくりと渦を描いていた。
「……この風、嫌な予感がする。」
砂の魔術師、サノは深く息を吐く。
その時。村の外壁の向こうでかすかに獣の咆哮が聞こえた。大地が震え、村の地面に小さな亀裂が走る。
「結界班、第一陣を展開!モルナ村の住民達は全員北側へ避難して!」
「了解!村の大人や若者達は老人、子供の誘導を!」
兵士たちが動き出す。その中心で
少女の砂色の髪が風に揺れた。
砂の粒が光を反射し、
彼女の周囲に淡い光輪を描く。
指先を掲げ、呟いた。
「……風の女神達よ。私達に護加護を。どうか、この地を、モルナを見捨てないで――。」
――モルナ村牢獄――
石壁の隙間から、夜風が流れ込む。
風の冷たさが肌に刺さる。
「……この扱い、どう見ても犯罪者だろ。」
柊真は静かに呟き、鎖を引く。しかし
古い鉄牢はびくともしなかった。
「あの砂色の髪の子……。白いワンピースの子に似てたけど……違う。雰囲気が全然……。」
再びため息を吐いた瞬間、空気が変わった。
壁の隙間から淡い光が漏れる。
空気が震え、銀の粒が舞い始めた。
光。
青白い粒子が牢の中に流れ込み、
その形を成していく。
「……これはソウリスの…光!?」
「違う。“我”じゃ。」
凛とした女の声が、胸の奥に響いた。
光の中心から、ひとりの女が現れる。
銀の髪がゆらりと揺れ、肌は褐黒に輝く。
光沢のある装束が肌に密着し、風を映す。
「……お前は……リスティ、なのか?」
「左様。我はソウリスに宿る風の女神。
こうして現れるのは初めてじゃの。」
「どうやってここに?」
「おぬしの乗っていた機構――ソウリスは、
ただのバイクではない。……我を宿す器。
ゆえに姿を変え、こうして会いに来た。」
「……つまり、今俺の目の前にいるお前…風の女神リスティが。ソウリスに自在に姿を変えれる……って、事か?……って言うか、なんだよその格好!」
「おぬしの記憶を覗いた。この格好はれーすくいーんと言うのじゃろ?“速さを競う場での娘たちの装束”とやら、走者を象徴しておって良いと思うた。」
リスティは銀色の派手な装束と黒のラインの入ったスカートをなびかし、自慢げに柊真の前で回ってみせた。
「……つまり俺は――」
「この妖艶な我に“乗っていた”というわけじゃな。お主、中々昼間は激しく乗ってくれたのぉ。」
挑発するリスティ。
「お前…言い方ぁ!」
少し照れながらも怒る柊真。
リスティは口元をゆるめた。
「ふふ、照れるな人の子よ。神と魂が繋がるとは、つまりはそういうことじゃ。」
「……うるさい。」
柊真は顔を逸らした。ニヤニヤと
笑うリスティ。少しだが、
重苦しい空気が軽くなった。
リスティが歩み寄り、
牢の鉄格子に手を触れる。
「柊真。おぬしに伝えることがある。
何故お主が我に選ばれたのか。
我の目的もな。」
柊真は少し、照れながら答える。
「……聞くよ。時間だけはありそうだ――。」
柊真の言葉とは裏腹に、村の南からおびただしい数の影が、村に迫ろうとしていた――。
――数時間後、モルナ村・南門前
「……来たか。」
門の向こう、黒い影が幾重にも揺れる。
魔獣――その数、二十。
低い唸りとともに、赤い光の眼が闇に並ぶ。
「こちらは十名。……数は向こうが上か。」
砂色の髪の少女――隊長は短く息を吐き、
手に宿る魔力を地へ流し込んだ。
「全員、散開!脇を抜ける個体は任せる。
正面の敵は……私が止める!」
「了解!」
魔獣たちが地を蹴る。
咆哮とともに、風が震えた。
「砂陣・崩風!」
前方の砂が巻き上がり、槍状に伸びる。
先頭の魔獣が貫かれ、黒い体液を撒き散らして倒れていった。
そのまま少女は両手を振るい、地面から砂の槍を次々と生み出していく。魔獣が二体、三体と次々倒れた。
「流石隊長だ!押してる!」
周辺の兵士の声が上がる。門の横では
砂の壁が敵の動きを封じ、
上からは兵士達の矢や魔法が降り注ぐ。
一見、形勢は優勢だった。
だが――。
砂煙の奥で、気配が変わる。
魔獣たちが連携するように散開し、
二体が結界の弱い場所を突いてきた。
「しまっ――!」
結界で強化していた防壁がひび割れ、
衝撃波で数名の兵士が飛ばされる。
「結界班、再展開! 魔術班、援護を!」
指示を叫びながら、砂の魔術師は地を蹴る。
砂の流れが彼女の足元に集まり、
大地が低く唸った。
「……いいわ。なら、出し惜しみはしない。」
両手を組み、地へ深く突き立てる。
「――砂よ、形を取れ!」
轟音。
大地が爆ぜ、砂塵が巻き上がる。
巨大な影が立ち上がった。
砂の巨人――ゴーレム。
兵士たちが息を呑む。
その腕が振り下ろされ、
魔獣の群れを一撃で薙ぎ払った。
「……やった!」
魔獣たちが砂煙の中で、崩れ落ちる。
風が止まり、静寂が訪れた。
その場には、砂の巨人だけが立ち尽くす。
胸のあたりに刻まれた紋章が淡く光り、
砂粒が風に溶けていく。
「どうやら……撃退できたようね。」
兵士達の歓声が沸き上がり、少女が息をついた。その時だった。
――地鳴り。
砂の向こうで、
森が裂けるような音が響いた。
「……何、これ……。」
闇の奥から現れたのは……
ゴーレムよりひと回り大きな影だ。
黒い鱗、赤く光る瞳。彼らの“王“だろう。
その後方には、先ほどよりもさらに
多くの魔獣――三十を超える群れ。
「うそ……そんな……!」
兵士たちが武器を握り直す。
「隊長!維持はもう無理です!」
「まだだ……下がるな!」
サノ隊長が兵士達に檄を飛ばす。
砂の巨人が腕を上げ、巨影に立ち向かう。
だがその瞬間、砂の壁を突き破る
重い衝撃音が響いた。
「ボゴオオォォォ!」
魔獣の親玉の拳が炸裂した。
砂の巨人の腕が砕け、砂煙が
虚しく夜空に舞い上がる。
風が、激しく変わった。
それはこれから巻き起こる、嵐の兆しだった――。




