第3話 風と砂の邂逅
「くそっ……まだ動いてやがる!」
魔獣の胴体が、砂煙の中でわずかに蠢いた。
倒したと思ったその巨体が起き上がり、遠くからもう一度柊真を睨む。
それを見た柊真は一目散に少女に駆け寄る。
「立てるか!」
「っ、はい……!」
柊真は少女を抱き上げ、ソウリスの後部座席へ彼女を乗せた。
《背後より魔力反応確認。2。否、3体…近づいておる。》
リスティの声がソウリスを通じて響く。
「こんなのがまだ居るのかよ……!」
振り向くと、丘の向こうには無数の黒い影が蠢いていた。
「ちっ!ソウリス、行くぞ!」
エンジンを鳴らす。機体が低く唸り、
青白い排気を吹き上げた。
《柊真、全力で走れ。追いつかれれば、お主は死ぬぞ。》
「言われなくても走るよ!」
柊真はアクセルをひねる。
轟音が走り、草原が線になった。
「君、しっかり掴まってろ!」
背中に細い腕がしがみつく感触。
《柊真。南東に向かえば集落があるぞ。距離は…およそ五キロ。》
「了解!そこまで逃げ切る……!」
魔獣の咆哮が背後から迫る。
地面が砕け、土煙が追ってくる。
《恐れず踏め、柊真。風は主の味方じゃ。》
「ああ、この感覚…こいつの力を信じる!」
ソウリスが風を裂く。青白い光が
尾を引き、轍が光線のように残った。
やがて、木造の屋根が見え始める。
「……あれが村か!」
《リオストの領地じゃな。小国ゆえ防備は薄い。……構わず入れ。》
「了解ッ!」
ブレーキをかけ、後輪を滑らせる。
土煙が上がり、ソウリスが村の入り口を過ぎた所で停止した。
少女はよろめきながら地面に降り立ち、
村の門の前に立つ女性のもとへ駆け寄る。
「お母さんっ!」
二人が抱き合うのを見届けて、柊真は安堵の息を吐いた。
「……何とかなった、か……。」
だが、安堵の息はすぐに凍りついた。
騒ぎを聞きつけ、周囲に集まった村人の視線が剣のように突き刺さる。
「なんだあの機械……軍事国の魔道兵器か?」
「見ろ、青い煙を吐いてる!魔法だ!」
「違う!」柊真は叫んだ。
「こいつはソウリスって言って、俺の――」
だが誰も耳を貸さない。
村の物達から見ると、彼の黒いレーシングスーツと初めて目にした異様な機体は、彼らの不信感と恐怖を煽るだけだった。
「この男、魔導兵器を操ってる! みんな、この男を捕らえろ!」
「おい、待て、話を聞けって――!」
押し寄せる村人たち。
あっという間に腕を掴まれ、縄が締まる。
「やめて! この人は助けてくれたの!」
少女の叫びも虚しく、村の守衛たちは柊真を
捕らえて地面に押さえつけた。
ソウリスから声が聞こえる。
《落ち着け、柊真。今は抵抗するでない。無闇に動けば、村の者達を傷つけるぞ。》
「……っ!このまま捕まれって言うのか⁉」
その時、村の鐘が鳴った。
「リオスト守備隊、到着しました!周辺で魔獣反応を多数感知!各隊員、状況を確認せよ!」
砂煙を上げ、数台の馬車が村の広場に入って来た。続々と兵士が降りて行き、整列していく。それに遅れて1台の“豪華な馬車“が兵士達の前に停まる。
木製の扉が静かに開き、白を基調とした
軍装に身を包んだ少女が降り立った。
齢は同じ10代後半と言った所だろう。
緩やかなウェーブのかかった砂色の髪が
風にほどけ陽光を受けて淡く光る。
彼女の手元から砂が静かに舞い上がった。
《……砂の魔力反応。あの娘、魔術師じゃな。》
リスティの声が落ち着いた調子で響く。
「魔術師……?」
柊真は見惚れるようにその姿を見つめた。
どこかで――彼女を見たことがある気がした。
彼女は静かに村人たちへ指示を出す。
「彼の拘束を解かないで。
状況を確認します。」
透き通る声。彼女が通ると砂が舞い、
光を反射してきらめいた。
《……風と砂、何故か似た気を感じる。かの者はおそらく、おぬしの記憶に触れる波じゃ。》
リスティの言葉に、柊真の心臓が跳ねた。
「どういう意味だ、それ……」
《今はまだ確信はない。だが――》
リスティが言いかけたその時、
砂色の髪の少女が柊真を一瞥した。
その瞳は、まるで“何か”を探しているように、柊真には見えた。
——白いワンピースの少女。
——あの日、スタンドで見た光景。
記憶の奥で、柊真の鼓動が高鳴った。
「……まさか、な。」
兵士に起こされ、連行される柊真。
村の外では、まだ遠くで魔獣の怒りの咆哮が響いていた。
柊真の運命は静かに転がり始める。




