第12話 リオスト代表走者選定レース
――リオスト王城・謁見の間。
王族や家臣の間に緊張が続く空気の中、リスティの声が響いた。
「――では宣言しよう。我はこの者、
天城柊真をヴァルネア・グランレース、
リオスト代表走者に推薦する。」
その場にいた全員が息を呑む。
驚きと困惑で、暫くの沈黙が続いた――
沈黙を破ったのは、重い足音とともに
入ってきた男――。
騎士団長ロード・グランディスだった。
「……聞き捨てならんな。」
ロードの低い声が玉座に届く。
「女神の決めた契約者だか知らんが、
この国の命運を、どこの誰とも
素性の知れぬ小僧に託すなど――
私は断固反対だ。」
鋭い視線が、柊真を射抜く。
柊真は目を逸らさず黙って受け止める。
ロードは続けて言った。
「レースへの参加は強制ではないはず。
我らが危険を承知で挑む理由など、
どこにあると言うのだ。」
リスティはゆるりと歩み出る。
その瞳が、まっすぐロードを見据えた。
「確かに参加は自由。だが……
リオストのような小国が“選ばれた”
のは――温情であり、機会でもある。」
「……温情、だと?」
リスティの言葉に、眉をひそめるロード。
「もし姉様……シルファリアが本気なら、
リオストなど……、レースの開始前に
大陸地図から消してもおかしくはない。
それでも、二十国の一つとしてその名を
刻ませたのは、このレースが“和平の象徴”
としての存在ゆえじゃ。」
「どの国にも優勝するチャンスはある。
……そう、思わせる為にな。そして
侵略を行わず全ての国に聞かせる事で
周辺の中小国の参加を促す。」
ロードは厳しい表情を変えず、静かに
リスティの言葉を聞く。
リスティはさらに続けた。
「ここで戦わぬ国は今回のレースが
終わるまで生き永らえる事ができよう。
しかしレースを優勝し、大陸を統治した
大国の風に呑まれいずれ消える。」
「今がどれほど穏やかとしても、
凪は嵐に決して勝てぬ。――ゆえに
走れ。リオストを……救う為に。」
「…………!!」
目を見開くロード。その言葉に
王エルネスが静かに頷いた。
「……リスティの言は理である。
我らは既に、参加するしか道がない。
だが――ロードの言葉も真だ。
代表を一人の少年に任せるのは早計。」
柊真は黙って王を見つめる。
王が立ち上がる。
「ならば――リオストの代表を決める
“走者の選定”を行おう。」
リスティは笑みを浮かべた。
「ふむ、賢明な判断じゃ。グランレース
開幕までまだ三ヶ月は猶予がある。
ならば国中から走者候補を募り、
代表走者選定レースを開けば良い。」
エルネスは頷き、家臣へ命じる。
「告げよ。リオスト王国全土に布告する
――今日より10日後、
“リオスト代表走者選定レース”の開催を!」
王は高らかに宣言した。
家臣たちがざわめき、一斉に動き出す。
その場の空気が、激流のように変わる。
「コースは城下町から南のモルナ村まで。
各候補者は走者一名、補助士一名として
レースに登録せよ。
乗り物は生物、魔法機構、動力機構等
操れるならば全て不問とする。」
リスティが満足げに頷く。
「……よい決定じゃ。ではお主ら、
城を出るぞ。我らは
今日の寝床でも確保するとしよう。」
城を出る一行。門前で呼び止められ、
王の命により柊真とサノン、リスティは
城下の宿に案内された。
――リオスト王都・翌日
朝の光が街を包む。
風の都は穏やかに笑っていた。
「……サノン、今日は、城下町を
案内してくれるんだよな。」
「ええ。折角だから、王都の空気を
柊真君にも感じてほしいの。」
サノンが微笑む。
三人は石畳の街を歩いていた。
街は代表者選定レース開催を受け、
その様子は一層賑わっていた。
城までの道中も見たが、周りには
香ばしいパンの匂い、果実を並べた屋台。
走り回る子どもたちに、動物。
魔術を披露する旅芸人。
「ここは武具屋。魔獣の済むこの世界には
魔獣討伐を生業とした冒険者も多いから、
剣や防具が一通り揃ってるのよ。」
「……!すごい武器の数だな。こっちは……
魔法の小瓶だって?すげぇな。」
サノンの案内で街を回る柊真。
店の中では瓶に光る粉が詰められ、
風の粒子が揺れていた。
柊真はそれを興味深そうに見つめる。
「……風を自在に出せる小瓶か!
炎や、雷を出せる小瓶もある。
……この世界、やっぱりすごいな。」
「……ふふ、柊真君もこの世界に
少しは慣れてきたんじゃない?」
「まあ……まだ頭の整理はつかないけど。
俺が転生されて数日間で、あまりに
沢山の事が起こりすぎて。」
リスティはその後ろで、どこか誇らしげに微笑んでいた。
その夜――。
夜の闇に宿のランプがゆらりと灯り、
外では虫の声が響いていた。
「私、ちょっと湯あみに行ってくるね。」
そう言って、サノンがタオルを抱えて
部屋を出ていく。
部屋に残ったのは、柊真とリスティだけ。
柊真が窓の外を見ながら口を開いた。
「なあ……リスティ。異世界ってもっと、
俺の世界と全然違う場所だと思ってた。
でも案外、似てるんだな。
人が生活して、パンも作り、酒もある。
風呂にも入るし……。
明確に違うのは、魔獣がいることと
魔法があることくらいか。」
リスティは椅子に腰かけ脚を組み、柊真を淡く笑った。
「当たり前のことじゃ。
どの世界でも、人が進化の頂点に立つ。
物事を考え、火を使い、言葉を持つ――
我ら女神ですら真似できぬ叡智がある。」
柊真は少し驚いたように視線を向ける。
「……女神でも?」
「無論。魔法は確かに偉大な力を生むが、
便利すぎるゆえに“停滞”も生む。
この世界の文明は……、柊真、おぬしの
世界のようには進化しなかった。
争いも絶えぬしの。人が力を持ち、
それに頼る限り、風は乱れる。」
その瞳が、わずかに光を帯びる。
「――だが、ソウリスは違う。」
「……?」
「それはおぬしの世界の叡智が生んだ
“風の器”。我が加護と融合したことで
この世界に“嵐”を起こす存在となる。
言うなれば――ソウリスは人の文明が
神話へ挑むための牙と成り得るのじゃ。」
柊真は窓から差す夜風を受けながら、
ゆっくりと笑った。
「……じゃあ俺は、その牙を握った
最初の人間ってわけか。」
「ふふ……お主も少しは自覚が
出てきたようじゃな。」
リスティは微笑み、立ち上がる。
青白い光が彼女の輪郭を照らし、
柊真を真っ直ぐと見つめた。
「覚えておけ。おぬしの走りが
この世界を、変える。
この世界は走る者に従う。」
「……ああ、言われなくても、
そのつもりだよ。」
二人の視線が交差した時、
扉の向こうから足音が聞こえた。
「ただいま。いいお湯だったよ。」
サノンが頬を赤くして戻ってくる。
柊真は振り向きながら言った。
「そっか。……俺も行ってくるよ。」
扉が閉まる音が響き、
リスティがひとり、窓際で風を感じていた。
夜の王都、その煌びやかな景色を
見ながら呟く。
「……人の創る風も、悪くないの。」
夜の王都を、優しい風が包み込んでいた。




