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第10話 女神の帰還

――リオスト王都・外門前。


昼の光が石畳を照らし、街全体が柔らかい風に包まれていた。


丘の上から伸びる街道を黒銀の機体――

ソウリスが静かに滑る。


「ずいぶん……賑やかなんだな。」


柊真が呟くと、後部座席のサノンが微笑みながら言う。


「王都ではいつも市場が開かれてるの。

 周辺の国の旅人や商人が集まって、

 みんなには穏やかな時間が流れるのよ。」


ソウリスが勝手に速度を緩める。

青白い排気が消え、車体が停まった。

柊真とサノンはソウリスから降りる。

光の粒子が舞い上がり、きらめいて――

ソウリスはリスティの姿へと変わった。


「ふぅ……やはり人の姿は軽いの。

 こっちの方が風を感じやすい。」


「……何度見ても不思議だな。リスティ、

 ソウリス変化時はどんな感覚なんだ?」


「……そうじゃな。ソウリスに帯同して、

 魂として上空からお主達を

 見下ろしておる感覚と言っていいかの。

 ……柊真よ。お主、我が四つん這いに

 なっていると思っておったか?」


柊真はそんな事はないと小さく笑い、

リスティを見上げた。

サノンが肩をすくめながら言う。


「まさか王都の門前で変身するなんて、

 誰かに見られたら大騒ぎになるわよ。

 リスティ。」


「よいではないか。この国の者はもう……

 我を知ってる者は、殆どおらぬよ。」


そう言いながら、リスティはゆるやかに

二人の前を歩き出した。

少し寂しそうな彼女の後髪が、

陽光を受けて銀色にに光る。




――王都リオスト。

風車が並び、通りでは果実酒や布等を

売る屋台が沿道に連なる。

子どもたちが風車に似た玩具を回し、

若者が陽気に笛を吹く。

そのすべてが穏やかな“風の都”の姿だ。


柊真「……これが、リオスト王都……。」


サノン

「ええ。平和でしょ?でも、外の国境では

 着々とグランレースの準備が始まるはず。

 ……そうなんでしょ?リスティ。」


リスティ

「……ああ。この平和な静けさの裏に、

 嵐は生まれるものじゃ。」


彼女の視線が、遠くの城壁に向く。





――王都城門前。


重厚な門扉の前に、槍を持つ二人の

屈強な衛兵が立っていた。


「止まれ。通行証を見せろ。」


リスティは衛兵たちに堂々と胸を張り、

ポーズを取って得意げに微笑む。


「下級兵士共よ。我を誰と心得る。

 この地を護りし風の――」


衛兵「何を言っている。通行証を。」


「……まさか、衛兵にも通じぬとはな。

 流石に直属の兵には我の偉業、信仰……

 語り継がれてると思っていたぞ。」


柊真「いや、ここも顔パスで通れると

   思ってたのかよ……」


苦笑いしながらサノンが一歩前に出た。

「下がりなさい。彼らは私の同行者、

 騎士団魔導師サノ・リオスト所属。

 彼らの通行を許可します。」


「…………!ハッ!、失礼致しました!」

紋章を見た衛兵たちは敬礼し、

城の門がゆっくりと開いていく。


「ふむ。顔パスはお主の方か、サノン。」


「……結果オーライってやつだ。……ふう。

 サノンがいて助かったよ。」


三人は城内へと足を踏み入れた。





――王城・騎士団詰所。


壁に掛けられた槍と盾。規律の

匂いが漂う空間に、重い声が響いた。


「……魔術師サノ。戻ったと聞いた。」


鋭い灰色の瞳。鎧の擦れる重厚な音と

ともに、一際屈強な男――

ロード・グランディスが現れる。


「南門での魔獣撃退、よくやった。

 だが……その連れの者達は何者だ。」


視線が、柊真とリスティに向く。


「……特にそちらの女。見た感じ

 貴族でも聖職者でもないな。

 その格好で王に会うつもりか?

 王に対し不敬にも程がある。」


リスティはにやりと笑った。

「……失礼な男じゃな。この我を包む衣は

 “女神の風”で錬成されておる。

 貴様如きの鉄鎧より神聖で、上等じゃ。

 この不届き者が。」


「なに……?」ロードの眉が跳ね上がる。

「口の利き方に気をつけろ、女。」


剣がわずかに抜かれた瞬間――。


「待ちなさい!」


場の空気を裂く声。

杖をついた老女が――足早に入ってきた。


「ま……まさか……その銀髪、その瞳……!」


リスティが視線を向ける。

老女の顔が震え、涙が浮かんだ。


「間違いない。風の女神様であられますか。

 皆の者!王様……っ! 王を呼んで……!」


その場の空気が一変する。この老女が

取り乱す姿はそれ程珍しかったのだろう―。

やがて、扉の奥から兵が駆け寄って来て、

伝令の声が響いた。


「王と王妃の御意により――通せ!

 この物達は、重要な客人である!」


ロードは驚きと困惑を隠せない。

リスティは勝ち誇ったように微笑み、

髪を払いながら彼に囁く。


「ほれ見ろ。不敬者がどちらか……、

 はっきりしたの。不敬者よ。」


「……失礼した。」

ロードは渋い顔で剣を収めた。

一見大人な対応だが、その眉は小刻みに

震えている。


それを見たリスティは悠々と歩いて行く。

柊真とサノンは申し訳なさそうに、

ロードに頭を下げながら後を追う。





――王城・謁見の間。


高い天井、ステンドグラスから差し込む光。

中央の玉座には王と王妃が並んでいた。


「……随分と久しい顔だな、50年ぶりか、

 リオストの女神……リスティアよ。」


落ち着いた声の王。

王妃レイナが柔らかく微笑みながら近づく。


「私がまだ子どもの頃……あなたを一度だけ

 見たわ。……その姿。変わらないのね。」


リスティは静かに頷いた。

「我は風の女神。時の流れは変わっても……

 その姿、形は変わらぬ。」


「――リスティア、おぬしがここに来た理由。

 私には心当たりがある。まさか……

 “ヴァルネア・グランレース”の件、

 ではあるまいな?」


その王の言葉に、家臣達の空気が一瞬で

張り詰める。レースの事は国家の機密と

言った雰囲気なのだろう。


リスティは、ゆっくりと口元を上げた。


「小僧よ――、いや。王よ。察しが早く

 助かるの。……そう、我は今日、

 “風の報せ”を伝えに来た。」


――張り詰めた空気の中、瞳を見開いた

彼女の銀髪が、光を受けて揺れた――。

国を巻き込んだ運命が、柊真やサノンをも

巻き込み、加速して行こうとしていた。

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