8─王都への道、再び燃ゆる決意
王都へと続く街道は、思いのほか静かだった。
かつて幾度も往来したこの道を、シエラは仲間たちと歩く。けれどその胸には、以前とはまるで違う覚悟が宿っていた。
ユルルは先を行き、シルは背後を守る。
そして、すぐ隣には、青銀髪の騎士――ヴァルトがいる。
「……ここを歩くのは、何年ぶりかしら」
「お前が王都を離れたあの日以来、だな」
そう口にしたヴァルトの声音には、悔いが滲んでいた。
「俺は、あの日……もっと、違う選択ができたかもしれない」
シエラは、静かに首を振った。
「いいの。あのときの私は、何もできなかった。だからこそ、今は違う。もう、誤魔化したり逃げたりはしないわ」
言葉に込めた想いが、風に溶けていく。
──その横顔を、ヴァルトはそっと見つめていた。
かつて守りたいと思った少女が、こんなにも強くなった。
けれど、時折見せる表情の奥に、まだ傷が残っていることにも、彼は気づいていた。
(……あの頃の君は、俺の中でただの「守るべき令嬢」だった。
けれど今は……)
彼の視線を感じたのか、シエラは小さく笑った。
「何?」
「いや。……少し、安心しただけだ。お前が戻ってきてくれて、本当に良かった」
その笑みは、どこか子どもの頃と同じだった。
ふと、幼い日々がよみがえる─。
剣を振るう姿に見惚れ、いつかああなりたいと思った。
けれど、それは憧れだけじゃなかった──ほんの少し、恋心に近いものもあったのだ。
(でもあの想いは、胸にしまっておくものだと思ってた。
身分も、立場も、すべてが違ったから)
だが今。
目の前の彼は、ただの“護る人”ではなく、同じ戦場を歩む仲間だった。
* * *
その夜、野営地にて。
ユルルは丸まって眠り、シルは月を見上げていた。
焚き火の前に並ぶのは、シエラとヴァルト。
火の粉が舞い上がる中、二人の間には心地よい沈黙が流れていた。
「……あの頃、君はよく泣いていた」
「えっ……ちょっと、それ、覚えてたの?」
「当たり前だろう。剣の稽古で指をすりむいて泣いて、でも、泣きながらも諦めなかった」
「……恥ずかしいわね」
そう言いながらも、シエラの頬はどこか嬉しそうに染まる。
「だけど、俺はその姿に心を打たれた。……だから、誰かが君が死んだと言っていたと聞いたときは……胸を裂かれるようだった」
静かな声だった。
けれど、その奥に宿る想いは、焚き火の熱よりも強く、優しかった。
「……私は、まだ全部は取り戻してない。
名誉も、立場も、信頼も。でも……信じてくれる仲間がいる。それだけで、今は充分」
「なら、俺もその一人になっていいか?」
「ふふ、いいわよ。……でも、あなたがついてきて後悔しないとは限らないわよ?」
「そのときは、また一緒に笑えばいいさ。お前が笑っていれば、それでいい」
焚き火が、優しく揺れる。
その灯りが、二人の距離をほんの少し近づけていた。
──それはまだ恋と呼べるほど確かなものではない。
けれど、かつて芽生えた想いが、再び息を吹き返すような、そんな夜だった。